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WEB本の雑誌今月の新刊採点【文庫本班】2007年2月の課題図書 文庫本班

哀愁的東京
哀愁的東京
重松清 (著)
【角川文庫】
税込660円
2006年12月
ISBN-9784043646043
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  荒又 望
 
評価:★★★☆☆
もう何年もスランプが続き、フリーライターの仕事で生計を立てている絵本作家の進藤を主人公とする連作短編集。
哀愁的、というタイトルからして淋しげ。前へ上へと突き進むようなアグレッシブな人物は、ほとんど出てこない。進藤も、進藤が出会う人々も、自分の人生がすでにピークを過ぎてしまったことを十分に自覚している。そのせいか、世の中すべてを斜めに見ている人ばかり。それも無理はないものの、読んでいて、なんとなく塞いだ気持ちになってきてしまう。これまでに読んだ重松作品のような、直球勝負の家族モノとは、かなり趣が異なる。
進藤に新作を書くよう発破をかける、担当編集者のシマちゃんが唯一の陽性キャラクター。このシマちゃん、暑苦しいといえば暑苦しいし、青臭いといえば青臭い。どうにもこうにも前を向けないときに、シマちゃんのようにキャンキャン吠えて正論を突きつけられたら、ますます自己嫌悪に陥るに違いない。それでも、進藤にとって、そしてこの作品にとって、シマちゃんの存在は大きな救いだ。
全体的にもの悲しいけれど、ほんのすこし希望が見えてくる物語もある。本当にささやかな希望だけど、このくらいが現実なのかもしれない、とも思う。

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  鈴木 直枝
 
評価:★★☆☆☆
 日曜の夜にひといきに読んでしまいたい一冊だ。
 スポットライトに当たる人と当てる人。世を二分するとしたら、この本は、1970年代後半、前者の快感に囚われてしまった人たちの物語だ。受賞した処女作品それきりが代表作の絵本作家、カリスマと呼ばれた企業家、覗き部屋で働く女。みんな「見られてなんぼ」で生きてきた。
 短編が9つ。それのどれもが連なってあの頃を振り返りこれからを見つめようとしている。やや予定調和な感もあるが逆にそれでいいのかとも思う。日曜の夜ならそれを許されてもいいと。
 上手く運ばない仕事を嘆くもいい。さっぱり勉強しないわが子を案ずるもいい。滞った片付けの山にため息をつくのもいい。しかしそれも日曜の夜までのこと。明日は月曜だ。
 絵本作家は次の1歩を見つけた。

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  藤田 佐緒里
 
評価:★★★★☆
ちょうど東京という都市についてぐずぐずと考えていた時に読んだので、とてもよかった。新作が描けなくなった中年の絵本作家と、彼が出会うさまざまな人々との間の物語が短編のように少しずつ綴られている一連の小説である。
 その多くの出会いは、主人公が最後に書いた『パパといっしょに』という絵本によっていて、出会ったそれぞれの人はその絵本に対して何らかの強い思い入れを持っているのだけれど、その人々はみんなひどく孤独でそして、何らかの形で“病んで”いる。でもこれは重松作品だから、その“病”を治癒するストーリーではもちろんない。どの作品もそうだけど、少しの救いと倍以上の苦しさを残して、あいたたたたた、というところで終わってしまう。重松清が誰よりも東京と現代をわかってくれている、と私が思う所以です。
 東京は、他のどの街よりも病みやすい街だと思う。だからたぶん“哀愁的”。本当に、わかってくれてありがとう、とか思ってしまいました。
 『パパといっしょに』という絵本は実際にもあって(たぶん関係はないと思うけど)、その絵本も本当に素晴らしい作品です。

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  藤田 万弓
 
評価:★★★☆☆
 なんとも身につまされる小説だ。
9つの連動した短篇からなるこの作品は、それぞれに登場する人物が「終わり」と出会う。それは「転換」とも言い換えられるかもしれない。
主人公である進藤宏はかつて栄誉ある賞を受賞した絵本作家だ。だが新作を描けないためフリーライターが本職になっている。
取材を通じて知り合った登場人物は、それぞれが「終わり」と出会う。進藤も「終わり」に近づこうとしている。そのたび私には疑問が生まれ、次の瞬間には哀しい気分にひきこまれる。「必死に守ろうとしているものこそ、つまずきの元なのではないか?」と。
進藤は絵本で人を救いたいと願った。思いを貫いた作品が元で描けなくなる。週刊誌の元編集長は、仕事のこだわりが時代と合わずにその座を退く。
それぞれが「終わり」を迎え、それまでの人生が無に返る。でも、進藤の客観的な目でスケッチされた人々は、そこに匂いを残している。それぞれが守ろうとした生き様が映し出されているのだ。この作品は哀しい。だけど、空しくはない。

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  松岡 恒太郎
 
評価:★★★★☆
 だってわかっちゃうんだもん、その気持ちがさ。
主人公は絵本が描けなくなった絵本作家の四十男で、作者が同年代の重松清さん、読んでいる僕もここんとこチョット壁にぶち当たっている四十歳とくりゃ、ある意味卑怯ですよこの小説は!
小道具がまた上手い。アパートの壁に貼られているのは、薬師丸ひろ子がなみだを流すポスター。僕達の世代って、もうそれだけですっかりノスタルジックになっちまう。
 物語は、主人公が本来副業であるフリーのライターの仕事を通じて、さらに輪をかけて人生に疲れた人々と毎回からんでゆくというもの。
気がつけばもう、ただただ頑張れ!と何処かへ向かってエールを送っている僕がいた。それが絵本作家へのエールなのか、編集のシマちゃんに向けられているのか、はたまた毎回登場する不器用な人たちへの応援なのか、それともへこんでる自分自身へのものなのかは定かでないのだけれど。
そして、少しだけ元気をもらった。

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  三浦 英崇
 
評価:★★★★☆
 置いていかれること、忘れ去られること、相手にされなくなること……俺自身、こういう事態を何よりも恐れています。だから、この連作短編集を読んでいて、身を切られるような想いを幾度と無く味わうこととなりました。自分がこんな状況に追い込まれたら、耐えられないだろうなあ、と。

 絵本作家としては鳴かず飛ばず。副業だったはずのライター稼業が、気が付くと生計を支えている。自分の作品にいまだ期待してくれる編集者には、すまない、と思いつつも、賞を獲った作品の抱えた「事情」ゆえに、過去を克服しきれない……各短編の中で、幾度か「救い」を見い出しかけるのに、そのたびに自罰的な性格が顔を出して、また壊れていってしまう進藤の姿は、他人事とは思えませんでした。

 哀愁には事欠かない街・東京で、日々仕事をしている俺ですが、進藤と同年輩になるまであと数年。忘却の彼方に追いやられるのは真っ平なので、何とかじたばたしてみるか、と思っております。

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  横山 直子
 
評価:★★★★★
 「最も深く僕自身が投影された作品なんじゃないか」と重松さんがあとがきで言う。
主人公は新作が描けなくなった絵本作家の進藤宏、40歳。妻子はいるものの別居中で「寂しい中年男なのだ、要するに」。
彼は生計を立てるためにフリーライターを続けている。そして起業家、遊園地のピエロ、アイドル歌手、作曲家、エリート社員などなど、良かった時代を背負って今を生きている人たちと仕事先で出会う。そんな彼のさまざまな出会いを綴った連作長編。読み始めてすぐになんとも懐かしい気持ちとなった。
哀愁と聞けば、「よろしく哀愁」(郷ひろみ)と口に出る…、私が重松さんと同世代だからだろう。40歳代は自分の歩みをそっと振り返りたくなる年齢、そして多くの人が集まる東京はたくさんのドラマを黙って見つめながらそれを飲み込み大きくなる街。そんなことを思いながらページをめくった。
絵本作家の進藤宏担当として登場する入社二年目の女の子、シマちゃんの存在が光っていて、彼女にずいぶん救われた。

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