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僕たちは歩かない
古川 日出男(著)
【角川書店】
定価1260円(税込)
2006年12月
ISBN-9784048737357
>> Amazon.co.jp
>> 本やタウン
小松 むつみ
評価:★★★
若い料理人たちが、夜な夜な集うあちらの世界。そして、あるとき彼らの誰もが、こちらの世界の店で出会う共通の客がいることを知る。その美食の画家も、あちらの世界に現れ、あちらの世界とこちらの世界が、一人の客の存在でつながる。
独特の詩的リズムで紡ぎだされる不可思議なファンタジー的世界に漂いながら、そこにはひた向きな情熱を持って生きる若者たちがしかと描かれる。ふわふわの綿菓子のような浮遊感と、ひたひたと心に響いてくる真摯な彼らの情熱。まるで夢の中を歩くようなこの種の物語は、その心地よさだけで終わりがちだが、本書は上質のお米でできた綿菓子のように、読者の心に感動という名の確かな栄養を与えてくれた。
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川畑 詩子
評価:★★★
ファンタジー的な世界や、会話を再現したような句読点の多い文章がとても独創的。それにちょっと面食らって、はじめは置いてきぼりな気分になったが、再読したら、緊張感溢れる世界を素直に楽しめた。
雪の日の、寒くて静かで、閉じたような特別な感じがありありと描かれている。挿し絵も美しく、想像をかきたてる。
視界の隅にいつもと違うものを見たり、電車の動きがなんだか変だと感じたら、そこはもう一つの世界の入り口かもしれない。
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神田 宏
評価:★★★
煩雑な都会の片隅に、ちらちらと揺れる、厨房の明かり。「26時間制の東京」で夢の料理造りに切磋琢磨する、若い料理人たち。現実の東京から少しずれた、位相の空間のキッチンは、山手線のほんのわずかの時間の余りから、姿を現す。
4駆に撥ねられた仲間に逢いに行くために、不思議な画家から教わった「冥界」への扉を開く若き料理人たち。雪降る「26時間制の東京」を歩かずにママチャリを漕いで、疾走する彼らは、仲間には逢えるのか?
「こちら」と「あちら」。現在と過去。存在と不在。錆ついた山手線の車両やすべてを多い尽くすかのような雪。終末を強く予感させながらも、清澄なそして凛とした文体が確かな希望を紡ぎだす一篇です。
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福井 雅子
評価:★★★
私たちが生活する「24時間制の東京」のとなりにある「26時間制の東京」。 そこで出会った若手料理人たちは「研究会」を結成し、集まるごとに料理のインスピレーションを磨き、メニューを試作する。やがて仲間の一人が事故で亡くなり、彼女に会うために「僕たち」は闇に挑む冒険へと出発する。
不思議な魅力を放つ挿絵まで含めて、この本全体でひとつのアートであると思う。大人向けの絵本のようなおしゃれなプレゼント本というイメージだろうか。だが、内容はただのおしゃれな本ではなく、他のどこでもない東京という都市特有の「非現実的感覚」が、透明感のある文章で描き出されているように思う。平和で、安全で、キレイで、おいしいレストランがたくさんあって、いい街だけれどどこか生きている実感に乏しい街。ふとした瞬間に「もしかしてこれは昨日までとは違う世界だったりして……」と思いたくなるような「非現実感」をうまくとらえたのがこの作品だと思う。
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小室 まどか
評価:★★★★
「僕たち」はみんな、野心あふれる、シェフをめざす青年たちだ。それぞれが「間違い」に気づいて“二時間多い”東京にたどりつき、厨房で互いのインスピレーションを衝突させて切磋琢磨する、<研究会>の仲間だ。
彼らのうち何人かは名前も出てくるし、それなりの個性も付与されているのだが、それでも終始徹底して個々を際立たせることなく、「僕たち」を総体として描いているのは、この不思議な「仲間たち」の絆の強さ・一体感を象徴するためだろうか。
この物語は、彼らが画家に提供したメニューのように、一皿一皿が驚きにあふれている。画家の「何を食べるかでわたしが変わるんだ……食べ物は内側に入るからね」という言葉が胸に深く染み込む。本を読む、ということもきっとおんなじだ、と思う。作者の用意したデザートは、ビターで爽やか、雪のように儚く切ない、ライムのシャーベットといったところか。イザナミやエウリディケも、こんな素敵な決断と説得ができていたら、ねぇ。
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磯部 智子
評価:★★★★
あっと言う間に読んだ。歩かないとはどういうことか解らないまま読み続けた。「僕たち」はシェフを目指すが「なればいいってものじゃないから」と研究会を結成し努力を惜しまない。東京には26時間あるもう一つの東京があって、彼らはその多い2時間を使い切磋琢磨し料理を作る。読みながらふとエンデの『モモ』が浮かんだ。時間泥棒モモに対して2時間見つけ出す彼ら。大人の御伽噺は厳しい現実を受け入れられない脆弱な精神の大人にもファンタジーとして心地よく進む。パリ、バスク、アヴィニヨン帰りの彼ら、認めてくれるのは高名な食通の画家、そのイメージのなか気分良くもし自分にとって2時間多かったら何をしようかなどと夢見ていると大きなしっぺ返しを食う。そこにある死すらメタファーの一つとしてしか捉えられないならこの物語の意味はない。行こうとする人間しか行けない26時間の東京の物語は作家が未来へと創り出した神話であり、今そこにもきっと在る。
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林 あゆ美
評価:★★★
時間と時間の狭間にひょんなことから到達する。ひとりがふたりに、さんにんに。それは仲間といっていいのだろうか。一日が24時間ではなく、26時間を共有した仲間の物語。シェフ未満の彼らは、贈り物のような2時間を熱く過ごす。料理をし、腕をみがき、とうとうゲストまで呼んで。
古川作品といえば、『ベルカ、吠えないのか?』の印象が強く、さらりと読めてしまう本作にあれ?とためらってしまった。でも、読みすすめていくと、幻想的でふわふわした空気がだんだん現実的な重みをもちはじめ、ラストのひと言で、物語のおしまいがパチリとはまる。
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