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WEB本の雑誌今月の新刊採点【単行本班】2007年2月のランキング>磯部 智子

磯部 智子の<<書評>>
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赤朽葉家の伝説 僕たちは歩かない 中庭の出来事 どれくらいの愛情 階段途中のビッグ・ノイズ 獣の奏者(1・2) 均ちゃんの失踪 血涙(上・下) 異人館 アララテのアプルビイ


赤朽葉家の伝説
赤朽葉家の伝説
桜庭 一樹(著)
【東京創元社】
定価1785円(税込)
2006年12月
ISBN-9784488023935

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評価:★★★★★
  夢中になって読んだ。とにかく面白いので是非読んで欲しいと誰彼構わず薦めたくなる。鳥取の旧家女三代の物語は、昭和から平成への激動の時代を背景に、それは濃密でありながら極めて瑞々しい感性に溢れた「ビューティフルワールド」 構成は重厚で奇妙な味わいのマジックリアリズム的展開もあるのだが、一方で日本の昭和平成の人々がその風土の中で生き生きと確かに息づく群像劇でもある。作家独特のオフビートな笑いもふんだんに盛り込まれ、人生の深みをすくい上げながら、どこか飄々とした軽妙な視点も忘れない。製鉄一族に望まれ後に「千里眼奥様」と呼ばれる祖母・万葉、暴走族から売れっ子漫画家になった美貌の母・毛毬(凄絶で笑える、ツボ)そしてわたし瞳子。其々の少女時代から詳細に描かれ、その個性がバブルを頂点とした時代に共鳴しそして激しく反発する。少女であること女として生きることの切なさと喜びを猛々しく鮮烈に描き切ったこの女三代記に、同時代を生きる者として心かき乱され、これからも「ほんとうに、なにひとつ、ない」時代を生きていく瞳子には、我が子の姿を重ねあわせ、その未来へと希望を繋いだ。

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僕たちは歩かない
僕たちは歩かない
古川 日出男(著)
【角川書店】
定価1260円(税込)
2006年12月
ISBN-9784048737357
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評価:★★★★
  あっと言う間に読んだ。歩かないとはどういうことか解らないまま読み続けた。「僕たち」はシェフを目指すが「なればいいってものじゃないから」と研究会を結成し努力を惜しまない。東京には26時間あるもう一つの東京があって、彼らはその多い2時間を使い切磋琢磨し料理を作る。読みながらふとエンデの『モモ』が浮かんだ。時間泥棒モモに対して2時間見つけ出す彼ら。大人の御伽噺は厳しい現実を受け入れられない脆弱な精神の大人にもファンタジーとして心地よく進む。パリ、バスク、アヴィニヨン帰りの彼ら、認めてくれるのは高名な食通の画家、そのイメージのなか気分良くもし自分にとって2時間多かったら何をしようかなどと夢見ていると大きなしっぺ返しを食う。そこにある死すらメタファーの一つとしてしか捉えられないならこの物語の意味はない。行こうとする人間しか行けない26時間の東京の物語は作家が未来へと創り出した神話であり、今そこにもきっと在る。

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中庭の出来事
中庭の出来事
恩田 陸 (著)
【新潮社】 
定価1785円(税込)
2006年11月
ISBN-9784103971078
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評価:★★★
  読みながら混乱した。物語が反芻している。中庭での脚本家の不可解な死、劇中劇かミステリか…虚(劇中劇、小説)と現実の3点の境界が曖昧に歪む。確かに日々の中にも演技が溢れている。相手が期待する人物像を演じたり、相手がそう思われたいと願う人物として扱ったり。しかもそれぞれが自分の脚本家を兼ね相手の役割まで書き込んでいるから厄介だ。それなら「真実」はどこにあるのか?事実と判断の一致を真実と考えた場合、事実は一つでも判断は無数にある訳だから真実は…そんな感覚が塗りこめられたこの小説は、迷宮の中に取り残されたように出口がなかなか見つからない。日々仮面を次々取り替えながら生きる人間やその判断、記憶に対するパロディとしてそのまま読み進むと、ある結末にたどり着く。ええっ閉じない作家が閉じた…どう考えればよいのか?この読み手の「判断」を映し出す鏡のような罠が2重の余韻として残る。ただ惜しむらくは小説世界の構築において幾分再考の余地があるのではないかと、小説酔いした頭でそう「判断」した。

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どれくらいの愛情
どれくらいの愛情
白石 一文(著)
【文藝春秋】
定価1800円(税込)
2006年11月
ISBN-9784163254609
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評価:★
  4編のうち3編が作家の出身地福岡が舞台。福岡にはしばらく住んだことがあり、行間から溢れるその空気その風土が記憶にカチッと当てはまる。考えの全てを詳細に描き切る作家が発信する強いメッセージがびんびんと伝わり(本が説教を始める)それを受け入れられない私は頭を抱え込む。例えば作中離婚をした女性が、亡き父に「そんな娘の失態を見せずに済んだのがせめてもの救い」だと思い、また保育士の女性はゼロ歳児を「平気で赤の他人に預けて働く親たち」は「“生みっぱなしの責任放棄”と謗られてもやむを得ないのではないか」と思う…らしい。またそれらには「現実に体験してみて」など自分の意見には実践的な裏打ちがあるのだと強調し、最後には「自分とは何か?」を問うため(その答に導くため)「目には見えないもの」まで動員するから更に困惑する。人間の所業に作家が考える制裁視点を持ち込みながら、一方で行き惑う現代人にスピリチュアルな啓示をもたらし、ある読者層を確実に獲得しているのかもしれないとふと思う吃驚仰天の小説集。

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階段途中のビッグ・ノイズ
階段途中のビッグ・ノイズ
越谷 オサム(著)
【幻冬舎】
定価1575円(税込)
2006年10月
ISBN-9784344012462
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評価:★★
  爽やかな良い話に違いないのだが、この適度さが過剰な私の感情に合致しない為、これもまた「青春、かもしれない」で止まってしまう。しかしツボにはまればはまるだろうなと総花的にも考える。ストーリーはいたってシンプル、啓人は自分には関係の無い上級生の不祥事で廃部寸前に追い込まれた軽音楽部の部員。幽霊部員の伸太郎に引っ張られ校長に直談判するが…事なかれ主義の担任や女性体育教師の描き方がステレオタイプだが案外現実もこういうとことに留まっていると結構納得する。部の存続と文化祭への出場を目標にする啓人たちも個性があるのか無いのか、常識的な範囲内で描かれ強い共感も無い代わり反発も無い。なにかモタモタしたようなあの頃を懐かしく思い出させる空気を感じるのだが、どうしてもこの緩さが素通りして行き、何処までも等身大のこの物語が、たまたま私のサイズでは無かったと言うことで、沸点に達することなく読み終えた。

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獣の奏者(1・2)
獣の奏者(1・2)
上橋 菜穂子(著)
【講談社】 
定価1575円(税込)/上
定価1680円(税込)/下
2006年11月
ISBN-9784062137003
ISBN-9784062137010

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評価:★★★★
  もし子供が読むなら★5個だとことわりを入れたい。闘蛇編、王獣編と分かれ、それぞれ架空の動物なのだがそれはリアルな存在感がありファンタジーに現実的な質感、説得力をもたらす。もちろん母を処刑され孤児となり生きていく主人公・エリンや彼女を取り巻く人々の生き様、それぞれ強い意志をもった人物造形も素晴らしい。またエリンと同じ孤独な境遇にある王獣の子リランとの触れ合いなども私のような動物好きの胸を熱くし、同時にこの孤高の獣が「人に馴れず、馴らしてもいけない」理由が、後々王国の成り立ちに深く関わる構成の力強さにはぐいぐい引っ張られていく。心踊る物語として気持ちをガッチリ掴まれたし、底に流れる作家の意志と言うものにも共感したのだが、ただこの物語は児童文学である為か、大人が読むには考える余地が残らないほど書き込まれ過ぎの感がある。

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均ちゃんの失踪
均ちゃんの失踪
中島 京子(著)
【講談社】
定価1575円(税込)
2006年11月
ISBN-9784062136150
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評価:★★★
  初めて読んだ中島作品は、くすくす笑える軽妙な小説。ろくでもない男「均ちゃん」が失踪中に空き巣が入る。3人の女が関係者として呼ばれ、お互いの存在を知る。非日常的な出来事が日常に波紋を投げかけ、「私はいったい均ちゃんの何?」から連作短編が始まるのだが、年代、立場が異なる為その全く違う視点が面白い。3人は一緒に温泉旅行に出かけたり、かなりゆる〜く展開するのだが、これもありかなと思える。一つには均ちゃんの造形(いるいるこういう男)女性達もステレオタイプに陥る手前でかなり身につまされるエピソードが披露される。また「D&Gのスーツにマノロ・ブラニクの靴」といった具合に羨望混じりの揶揄は具体的に、誹謗が入る場合は「受け入れがたい妙なセンス」とイメージに止める女性心理をつかむ上手さもある。読者を味方につける書き手中島さん、その巧みさに感心し続いて『TOUR1989』を読み、その他も積読中。それにしても女性は変るが、均ちゃんは…どこまでも均ちゃんのまま、これは男と女の変わらぬテーマの一つなのか。

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血涙(上・下)
血涙(上・下)
北方 謙三(著)
【PHP研究所】 
定価1680円(税込)
2006年12月
ISBN-9784569658131
ISBN-9784569658148
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評価:★★★
 前作『楊家将』から4冊一気に読んで全く緊張感が途切れなかった。吉川栄治文学賞を受賞した前作では、10世紀末の中国・宋で楊業を家長とする楊家の男達の戦うことの美学に溢れた姿が描かれ、戦場を舞台におびただしい数の死者の山を前に感情が鈍化するどころか、その一つ一つに哀しみが宿っていることにひたすら感心した。さて本作では先の戦いで楊業を失い、7人の息子も僅かしか生き残らなかった楊家の新たな戦いが始まるのだが、軍閥としての誇りと共に詳細に描かれた前作の人物造形が見事に生き、それぞれの人間としての苦悩が、この特殊な設定時代を超えて現代に生きる読み手にも迫り、中国人がこれほど日本的刹那的感性なのか、と言う点に疑問もあるが、無知が幸いしてツッコミが入れられない。群れの生き物である男にとっての縦社会のしがらみに、権力に対する個という構図をからめ兄弟対決が大きな波紋を投げかける。しかし北方謙三氏どこまでも男、非常に天晴れと思えど、この男北方の世界観に女性として今一歩乗りきれなかった。

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異人館
異人館
レジナルド・ヒル(著)
【早川書房】
定価1890円(税込)
2007年1月
ISBN-9784150017958
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評価:★★★★★
  何故1作読んだぐらいでダルジール警視シリーズを苦手だと思い、レジナルド・ヒルを敬遠していたか…この小説を読んだら理由が全然思い出せなくなってしまった。強烈に面白い。様々な要素をたっぷり詰め込みながら、作家の頭の中で見事に整理された結果として、物語を楽しみただ読み続けるだけで、複雑さが複雑な姿を失わないまま明確になる事実に呆然とする。数学者としての将来を嘱望されるケンブリッジ大学院生で鼻っ柱の強いサマンサと、子供の頃から幽霊が見える生真面目な歴史学者のミゲル、この対照的でそれぞれ強い意志を持った二人の運命がそれは可笑しく交じり合い、推理小説?歴史小説?幽霊譚?まだまだ自由にジャンル横断をやってのける。英国的ユーモアも妙味を添え、閉塞感があるようでどこか人を喰ったような小村の人々の造形も抜群に上手い。サムの祖母の生い立ち調べと、ミグの4百年遡る迫害カソリック教徒の調査は、イングランドと家族の歴史に結びつき思わぬところに着地する…と思ったら最後の最後でまさに驚天動地!こんな都合の良い偶然ならいくらでも受け入れたい驚きに満ちた物語。

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アララテのアプルビイ
アララテのアプルビイ
マイクル・イネス(著)
【河出書房新社】
定価1995円(税込)
2006年12月
ISBN-9784309801025
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評価:★★★
  漂着した無人島で起こる殺人事件。この閉じた設定の中で『そして誰もいなくなった』のような本格ミステリが始動する…なんてことはイネスに限ってはあり得ず、意表をつくユーモアとウィットに富んだなんともいえない展開になる。先ず「クジラ」だと思ったUボートの攻撃を受けて6人だけが生き残る始まり自体が人を喰っている。一癖二癖ある6人の個性が際立ち、奇妙な無人島生活が始まるのだが、そこはストーリーを追うことが無意味に感じられるイネスのオフビートな世界そのもの。私はイネスファン、アプルビイ警部ファンなのだが、彼らしい凝りに凝った衒学趣味の炸裂具合が今回少々物足りなかった。そう言いつつも、やはり翻訳され読むことが出来て非常に嬉しかったと思うのも事実。

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WEB本の雑誌今月の新刊採点【単行本班】2007年2月のランキング>磯部 智子

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