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WEB本の雑誌今月の新刊採点【文庫本班】2007年6月の課題図書 文庫本班

6ステイン
6ステイン
福井晴敏 (著)
【講談社文庫】
税込820円
2007年4月
ISBN-9784062757089
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  荒又 望
 
評価:★★★★★
 己を消して任務を遂行する防衛庁情報局所属の工作員たちを主人公とする短編6篇。
 国益の名のもと、時には誰かの命を奪うことも正当化される。この日本でそんなことが?! と激しく驚いたが、防衛庁情報局とは架空の組織。とはいえ、あたかも実在する組織に綿密な取材を重ねたかのように、緻密に詳細に書き込まれている。
 国のため、組織のために「駒」となって闘ってきた主人公たちが、誰かのため、そして「個」としての自分のために闘う。無感情、無表情を装って生きてきた彼らが、熱い気持ちに突き動かされ、危険を冒す。見方によっては、彼らにはプロフェッショナルに徹しきれなかった弱さがあるのかもしれない。彼らを愚かだということもできるかもしれない。でも、そうだとしたら、その弱さや愚かさは、なんと魅力的なことか。そして、「弱肉強食の論理は、動物に実践させておけばいい」―忘れがたいこの言葉。
 短編といえども、中身がぎゅっと詰まっていて、物足りなさは感じない。辞書並みの分厚さを誇る他の作品と比べると手にとりやすいので、「福井晴敏は長すぎて……」と敬遠していた方も、ぜひどうぞ。

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  鈴木 直枝
 
評価:★★★★★
 感化されやすい人は要注意だ。辺りの誰かれが疑わしく思えてくる。「この人スパイ?」
 6つの物語すべてに背後を狙う拳銃があり、死がある。組織、桜田門、市ヶ谷、CIA、けして身近ではなく嬉しくもない単語も露出する。職業選択の自由とは縁遠い、選ばれて働く、仕事としての殺しの物語だ。文体は冷静且つ無感情。会話でさえ短文だ。無駄がない。うだうだする間に狙われる。そんな世界。しかし、読書のツボは戦闘の出来不出来にはない。冷たい銃を握る、手のあたたかみある人間心理にぐぐっと心を掴まれる。「運がなかった」と死んでいった同僚、「うわっ、ここで泣かせるか」という場面に登場する看護師の母からの置手紙、「うかうかしていると人生損なことがいっぱいだ」と妻に先立たれ、息子夫婦と同居するスリの前科のある老人の憂い。どれか1篇を挙げてそのツボを列挙したいのだが、無理。どれもが秀作過ぎるのだ。
 人生、さんざんなんかじゃない。投げ出すことさえしなければ、どんな奴の背中もそっと抱えてあげたくなる。「いいんだよ。そのままで」。

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  藤田 佐緒里
 
評価:★★★★☆
 あんなに話題になったというのに、なんだか時期を逃してイージスもローレライも読んでいなかったアタシ。本好きとしてあるまじき行為だというのはわかっています。ちゃんと購入はしたのだけれど、でも、でも、あんまり話題になったから、絶対面白いのだろう、もういいかと思っちゃったんだもん…。でも今回それを大いに大いに反省しました。いやー『6ステイン』面白かったです。今更だけど、他作もちゃんと読み直そうっと、思います。
 俗に"市ヶ谷"と呼ばれる防衛庁情報局の工作員たちを描く6篇の短篇からなる作品です。工作員たちと言っても普段は普通の生活をしている人々。たとえばタクシー運転手、たとえば主婦。そういう人たちの日常の生活が、急に工作員の世界という非日常に引きずり込まれるストーリー展開は、こういう世界にまったく興味のない私も一緒に引きずり込まれる強引さを持っていて、すごくおもしろかったです。
 なんかこう、『神を見た犬』とはまったく別の意味で、というかほとんど正反対の意味で、非常に励まされ勇気付けられた作品でした。今回の文庫本のおかげで、なんだかだんだん元気になってきました。

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  藤田 万弓
 
評価:★★★★☆
 もしかしたら、本書の大筋からは外れた感想なのかもしれない。でも、一番印象として残っている部分がある。本当に物語の導入に過ぎない場所なのだが、傲慢で人を蹴落とすことで生き残りをかける生き方を選んだ中里が、車中で出会った小学生の男の子を連れて逃げたシーンだ。勿論、逃げている最中も何度か少年を見捨てようとするのだけれど、心境が少しずつ変化していくところが面白いと思ったのだ。
 「(省略)まったく、どこまで苦労をかければ気が済むんだと罵りながらも、首筋に当たる少年の柔らかい頬の感触は、これまでに感じたことのない、不思議に生理に馴染むぬくもりだった。」と、数十分前まで、仕事の邪魔をする忌々しい存在でしかなかった全くの他人が何故か「守ってやらねばいけない」存在に変化していくのだ。
 価値観が反転する際、その裏側にある登場人物(中里)のそれまでに見せなかった弱気な面を自然に見せている福井さんの人間の描き方に、「のめりこんで読める小説」たる理由があるのだろうな、と読み終えて思いました。

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  松岡 恒太郎
 
評価:★★★★★
 非情であることを放棄すれば、存在意義を失ってしまう人達が、それでも非情になりきれない事態に直面した時、そこに人間ドラマが生まれる。
 珠玉の作品集。読みながらもんどりを打ちそうになることいくたび。落涙しそうになって代わりに鼻水をすすることいくたび。小説に入り込みすぎて嫁に返事ができず罵られることいくたび。
 引き込まれる小説ってのはこういう作品のことを言うのだよと、見本として紹介したくなるようなでき映えです。一つ目の物語一ページ目ですでに、僕はこの物語から抜け出せなくなっていた。
 心に落ちた小さな染みは、いつのまにかジワリジワリと広がってゆく。見過ごすことはできない。ここで目をつぶるワケにはいかない。
 社会の暗部に生きてきた男達が、そして女達が、誇りをかけて最後の戦いに挑む。

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  三浦 英崇
 
評価:★★★★☆
 人を人たらしめる最後の拠り所は「誇り」。その誇りを生み出す源泉は、自分の能力への「信頼」。言葉にして確認するまでもなく、自分自身常々思っていて、そうありたいと願っている理想像であります。
 この本に所収された6つの作品は、そんな誇りに満ち溢れたその道のプロフェッショナルたちが、極限状況の中で生き延びるために自分の真価を発揮するお話です。1作品が結末に至るたびに、姿勢を正して、自らを顧みてしまいたくなります。
 心の中についてしまった「ステイン」(染み)を拭い去るための戦い。プロに徹しきれず、自分自身を汚してしまった過去を引きずってきた彼らの戦いは、例えば田舎のローカル線での死闘だったり、機密の記された電子手帳を掏り取ったり、といった、戦い方こそさまざまであっても、自分の一番得意とする領域でのリベンジという形をとっています。
 勝負は下駄を履くまで分からない。諦めの悪い連中って、かっこいいよね。

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  横山 直子
 
評価:★★★★★
解説はあさのあつこさんだった。
数年前に私は彼女の小説に虜になった。そう「バッテリー」。
ぐいぐいと心をつかまれたあの「バッテリー」の日々には、これまですれ違っていてもノーマークだった野球少年が驚くほど目に飛び込んできた。
なので、私にとっては初対面の福井晴敏さんには目次のところで軽く挨拶をして、いきなり解説から読んだ。
そうしてまた数ページのあさの節に圧倒された。
彼女をこれほどまでに感動させた小説とは…。
はたして、私も福井さんの世界にどっぷりとはまってしまった。

六つの短編の中で一番心に響いたのは「畳算」。身分を隠して生活しなければならない男を愛してしまった女性が、ひたすら彼の帰りを待ち続ける。
人の強さとか生きる姿勢の良さとか、しみじみと考えさせられた。

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