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WEB本の雑誌今月の新刊採点【文庫本班】2007年6月のランキング 文庫本班

鈴木 直枝

鈴木 直枝の<<書評>>

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FUTON 6ステイン イニシエーション・ラブ 歳三 往きてまた Q&A ロンリー・ハーツ・キラー グアルディア(上・下) 神を見た犬 連城訣(上・下) タイタニック号の殺人

FUTON
FUTON
中島京子 (著)
【講談社文庫】
税込680円
2007年4月
ISBN-9784062757188

 
評価:★★★★☆
 正直、期待していなかった。著者のアメリカ留学時代のエッセイを通読できなったことがトラウマになり「また単調な文章を読ませられるのだろうか」危惧があった。ところがドッコイ!382ページが瞬く間だった。田山花袋が「蒲団」を書いた100年前と現代の恋事情がリンクしながら進行する物語は、トイレに立つ時間すら憚られた女泣かせの三角関係小説だ。「タヤマカタイのフトン」を文学史の人という記憶に留めていたことが悔やまれる。
 ベースに田山の「蒲団」がある。1964年生まれの著者により「今どきの言葉」に訳された(!?)筋書きの面白さは、近頃の昼ドラ以上にメロメロぐちょぐちょ。明治の女は言う。「私は女…女です…貴方さえ成功して下されば私は田舎へ埋もれても構やしません」“男がすべて”の時代が伺われる。反して平成の女子は言う。「お願い。私にチャンスをつかまえさせて。つかまえなかったら、なくなっちゃう。それがチャンスっていうものじゃない?」私、私、私自身の生き方がダイジなのだ。
 100年が繋がり、著者が物語を紡ぐきっかけとなった事を思わせる箇所に、少し寂しくて、やがて元気になり、感謝したくなる。

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6ステイン
6ステイン
福井晴敏 (著)
【講談社文庫】
税込820円
2007年4月
ISBN-9784062757089

 
評価:★★★★★
 感化されやすい人は要注意だ。辺りの誰かれが疑わしく思えてくる。「この人スパイ?」
 6つの物語すべてに背後を狙う拳銃があり、死がある。組織、桜田門、市ヶ谷、CIA、けして身近ではなく嬉しくもない単語も露出する。職業選択の自由とは縁遠い、選ばれて働く、仕事としての殺しの物語だ。文体は冷静且つ無感情。会話でさえ短文だ。無駄がない。うだうだする間に狙われる。そんな世界。しかし、読書のツボは戦闘の出来不出来にはない。冷たい銃を握る、手のあたたかみある人間心理にぐぐっと心を掴まれる。「運がなかった」と死んでいった同僚、「うわっ、ここで泣かせるか」という場面に登場する看護師の母からの置手紙、「うかうかしていると人生損なことがいっぱいだ」と妻に先立たれ、息子夫婦と同居するスリの前科のある老人の憂い。どれか1篇を挙げてそのツボを列挙したいのだが、無理。どれもが秀作過ぎるのだ。
 人生、さんざんなんかじゃない。投げ出すことさえしなければ、どんな奴の背中もそっと抱えてあげたくなる。「いいんだよ。そのままで」。

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イニシエーション・ラブ
イニシエーション・ラブ
乾くるみ (著)
【文春文庫】
税込600円
2007年4月
ISBN-9784167732011


 
評価:★★★☆☆
 文庫が好きだ。本文と解説と1冊で2度「読み応え」を体感できる。本書の解説は読書相談室でお馴染み大矢博子さん。本好きだけど生活者としての視点も感じるその書評は、まさに生きている言葉として伝わってくる。時代小説でもミステリーでも難解な小説でもあっちの世界と思っていたことが、すっと自分の側に引き寄せて読める大矢マジックがある。今回は80年代がそのマジックにかかった。巻末に寄せられた「再読のお供に」という解説は、感涙苦笑ものの名文だ。その大矢さんに「評判どおりの仰天作」と言わせた。根拠は最後から2行目にあるらしい。その先入観が不味かった。きっとどこかにある「落とし穴」を詮索しながら読んでしまったのだ。「ここかな?もうすぐかな?」すり足で落ちてしまった穴にさほどの痛さはない。「なーんだ。やっぱり」事前に結果を知っている試合を録画視聴している気分になった。
 「君は1000%」「SHOW ME」…各章の見出しが80年代のヒット曲。肩パット入りのジャケットでテレカの残数を気にしながら遠距離恋愛をしていた現在40代女子の面々にはお懐かし場面の連続だろう。騙される。物語のエンディングにその覚悟を決めても、読んでみる価値のある本だ。あんなにも誰かを好きになったこと「お母さん」にもあったのよ。

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歳三 往きてまた
歳三 往きてまた
秋山香乃 (著)
【文春文庫】
税込840円
2007年4月
ISBN-9784167717278

 
評価:★★★☆☆
 NHK大河ドラマ「新選組!」に胸を焦がした人は懐かしさがこみ上げるだろう1冊。ノベライズを読んでいるかのように史実を人物中心に描いている。本書は鳥羽、伏見の戦以後、戦っては敗れ北へ逃れ、箱館五稜郭・戊辰戦争まで、土方歳三の最期に向かう物語だ。新選組と言えば思い出す池田屋事件についてもわずか10行、近藤も200ページ辺りで慙死してしまう。武器が戦法が服装が時代が変わっていく時勢に土方の変容とて例外ではない。「進め進め怯むな続け続け」鼻息の荒く、勝ちの理由にこだわった上り調子の時代から、勝利のために少年の命を犠牲にしたり、もう逢えない女性への気持ちを花に託してみたり。これを弱さととるか人間らしさととるか。
 教科書のアンダーラインが、「人」となる。命にはみな後景がある。無駄にしてよい命などひとつもない。会話を多用した演出はドラマで得た残像も手伝って、生き生きと読めるので550ページの大作も気にならない。これから受験勉強を始める人たちなら、前哨戦として楽しんで学べるだろう。土方のように「悪くない人生だった」と言うために。

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Q&A
Q&A
恩田陸 (著)
【幻冬舎文庫】
税込630円
2007年4月
ISBN-9784344409361


 
評価:★★★★☆
 物語は「不安」から始まる。これって私のこと?そう言えば新聞に似たような記事を見た気がする。場所は、家族連れでごった返す週末の郊外型ショッピングセンター。ここで何かが起こった、はず。でなければ多数の死傷者が出たりはしない。でも何が?死因は?犯人は?わからないことだらけの事件。物語は、事件の現場にいた人と真相を追究しようとする人の「Q&A」のが繰り返しだけだ。それは現場近くに居合せた新聞記者、無傷で現場から生還したがため事故後神聖化されてしまう子ども、レスキュー隊員、原因追求までの時間が長い。喪失感に苛まれていた人間が、問答を繰り返す中で見失っていた心の置き所を見つけ再生していく様子も伺える。時間や交換した言葉の数や風景の変化が人心も変えていく。そして著者恩田陸も手を変え品を変えジャンルを変え読者を酔わせ読ませる。その何れの書にもハズレはない。「縮小再生産に陥らないよう自分のハードルを上げ続けて新しいことに挑戦したい」という著者のインタビューを新聞で目にしたのはつい先日のこと。これで私と同じ年というのだから、やはり恩田陸恐るべし。っていうか私何やってんだろ。

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ロンリー・ハーツ・キラー
ロンリー・ハーツ・キラー
星野智幸 (著)
【中公文庫】
税込840円
2007年4月
ISBN-9784122048515

 
評価:★★★☆☆
 難解な小説だった。するするとストーリーを追ってはいるのだが、本題がすとんと腑に落ちない。ある地点から気になった会話を書き写していた。「カメラで見るなよ。汚ねえよ。見たけりゃ肉眼で見ろよ」。「オカミ」と呼ばれ崇められる人物が夭折してから、人々から会話が消え、メールが止まり、放心したかのような人が目立つようになった。何かを変えてくれるかもと期待していた存在が消えてしまったのだ。若者たちは迷走する。模索する。紛糾する。画策する。飛び立つ。
 言われたくないことを何度も突かれた。「わかるわかる」と安易に同調してしまう自分。「とりあえず」という今日をつぶす人間はいるが、明日を語ることのできる人間が不在なことの恐怖。「それでいいじゃん」と楽観する自分と「それでいいのか」と憤る自分。彼らの言葉一つから幾層もの想像が生まれる。読み終えたその後に、引きずられるタイプの本だ。
 「映画で何を言いたいか、と聞かれ一言で答えられるなら映画にしない」とは北野武映画監督の弁。な〜んだ、一言で言えないことを苦にする必要はないんだ。って逃げ?

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神を見た犬
神を見た犬
ディーノ・ブッツァーティ (著)
【光文社古典新訳文庫】
税込720円
2007年4月
ISBN-9784334751272

 
評価:★★★★☆
 いしいしんじの短編集を読んでいるかのようだった。さらさら読めてずしりと考えさせる。
 翻訳が巧い。それも魅力のひとつだ。全く翻訳であること意識させないどころか、言葉に優しさ慈愛を感じる。残酷な場面はない。恐怖は凶器も悲鳴もない場所からじわじわと押し寄せる。中でも「七階」は、入院病棟という誰でも想像に難しくない設定下での恐怖。病気というネガティブな心理状態も相まって「おいおい待てよ」と迫りくるものに「待った」を入れたくなる。又、表題作「神を見た犬」にもこれまでにない読後感を得た。これは恐怖というより信じることの可能性を詠った作品。疑ってびくびく生きるより騙されてもいいから信じることで得た心の平安。あたたかさ。人生の小さな選択の場面で思い起こすことが多い1冊かもしれない。
 古典と呼ばれ長らく読まれることのなかった文学作品が、光文社と若き翻訳者の言葉によって日の目を見始めている。年齢を重ねるにつれ、翻訳小説への不得手感を拭えなかったが、どうやら翻訳者の腕によるところも大きいかもしれない。今度書店で関口英子の訳書を見たら即買いだ。

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連城訣(上・下)
連城訣(上・下)
金庸 (著)
【徳間文庫】
税込各800円
2007年4月
ISBN-9784198925833


 
評価:★★★★☆
 武侠とは武勇と侠気。侠気とは弱い者を助けようとする気性。正に字体どおりの男気ぷんぷんのアツイ小説。中国南部の原野で剣のぶつかる音が聞こえるようだ。
「俺じゃないしー!」という濡れ衣から始まる物語。「運、悪すぎっ!」と思う場面が幾度もある。師匠も恋人もいなくなってしまった。「そんな気ないのに」敵は常に命がけでやってきて「こんな思いをしてまでどうして生きるんだろう」と嘆きつつ、誰かに助けられ教わりながら生き続けていく。「嗚呼あの時の」武芸が修練が身を助ける。
 当初は漢字だらけの名前、地名、技の多用に面食らったが、逆転劇の応酬がそれを忘れさせた。読むだけで痛そうなシーンに、必死とか諦めないとかの若い言葉が何度も脳裏を横切った。「なんでだよ!」と途中までは憤り半分で読み進めてしまうが、ラストには人としてのぬくもりを期待してもらっていい。それでも思う。私は誰かのために死ねるだろうか、と。

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タイタニック号の殺人
タイタニック号の殺人
マックス・A・コリンズ (著)
【扶桑社ミステリー】
税込880円
2007年4月
ISBN-9784594053581

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評価:★★★☆☆
 冒頭著者は言う。「歴史の中にミステリーを見つけるのが好きだ」と。誰もが知るタイタニック号の出航から氷山接触、そして沈没するまでの5日間に起きていたのは身分違いの恋物語だけではなかった。殺人事件もあったのだ。だがしかし、まず目を奪われるのは、船上社交界の華やかさだ。バルコニーや図書室などの船内装飾、手紙を書くことくらいしか思い浮かばない時間の流れ、食事、ステッキや帽子に見られる当時の衣装、客室の階級の違い、そこに集う人々の多様性。ミステリーに付随するあれこれを読み込んでいるうちに、犯人探しをすることになった推理作家は、犯人であって欲しくないと密かに祈っていた人間を言い当ててしまう。願っていたのは小さな幸せだったはず。イブニングや大理石の階段ではなく普通の生活…沈没というゴールを知っているがために、せっかくの本人の悔い改めの決意から残されている時間の少なさが余計残忍に思える。

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