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WEB本の雑誌今月の新刊採点【文庫本班】2007年6月のランキング 文庫本班

三浦 英崇

三浦 英崇の<<書評>>

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FUTON 6ステイン イニシエーション・ラブ 歳三 往きてまた Q&A ロンリー・ハーツ・キラー グアルディア(上・下) 神を見た犬 連城訣(上・下) タイタニック号の殺人

FUTON
FUTON
中島京子 (著)
【講談社文庫】
税込680円
2007年4月
ISBN-9784062757188

 
評価:★★★☆☆
 田山花袋『蒲団』。文学史のテストだと、それこそ二葉亭四迷『浮雲』や、尾崎紅葉『金色夜叉』とかと並び、年表の穴を埋めるための単語の一つであり、せいぜい国語便覧に載ってたあらすじを思い出し「あー。あの変態さんの話かー」って程度の知識があれば十分です。まさか二十年の時を経て、こんな再会を果たすとは思いもよらず……
 若い女弟子の言動に振り回されつつ「自分は若者の理解者だ」と主張し続けるため、現実から目をそむけ続ける先生。そんな先生を時には冷静に、時には熱く見守る妻。
 原作には書き込まれていない描写を「布団の打ち直し」として挟み込みつつ、『蒲団』を研究している外国人文学者を中心に、男達の回想と現実を重ね合わせ、「男ってばいつの時代でも女性に振り回されっぱなしだねえ」としみじみ思わせる。うまいなあ、この構成。
 なお蛇足ですが、『蒲団』の先生って、俺より年下なのに愕然としたことを追加しとこう。あうう。

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6ステイン
6ステイン
福井晴敏 (著)
【講談社文庫】
税込820円
2007年4月
ISBN-9784062757089

 
評価:★★★★☆
 人を人たらしめる最後の拠り所は「誇り」。その誇りを生み出す源泉は、自分の能力への「信頼」。言葉にして確認するまでもなく、自分自身常々思っていて、そうありたいと願っている理想像であります。
 この本に所収された6つの作品は、そんな誇りに満ち溢れたその道のプロフェッショナルたちが、極限状況の中で生き延びるために自分の真価を発揮するお話です。1作品が結末に至るたびに、姿勢を正して、自らを顧みてしまいたくなります。
 心の中についてしまった「ステイン」(染み)を拭い去るための戦い。プロに徹しきれず、自分自身を汚してしまった過去を引きずってきた彼らの戦いは、例えば田舎のローカル線での死闘だったり、機密の記された電子手帳を掏り取ったり、といった、戦い方こそさまざまであっても、自分の一番得意とする領域でのリベンジという形をとっています。
 勝負は下駄を履くまで分からない。諦めの悪い連中って、かっこいいよね。

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イニシエーション・ラブ
イニシエーション・ラブ
乾くるみ (著)
【文春文庫】
税込600円
2007年4月
ISBN-9784167732011


 
評価:★★★★★
 帯に書かれた「必ず二度読みたくなる小説」という惹句は、正確には「必ず二度読み返さないと気が済まない小説」だと思うのです。
 俺自身は、作者がどういう作品を書いてきたかを承知していたので、警戒しつつ読み進めていたこともあり、2部構成の「side B」に入るあたりから「あーなるほどねー」と思い、最後に至ってほくそえんだ訳ですが……さらっと普通に読んだら、甘酸っぱさと懐かしさに満ち溢れた、恋愛小説だと思う人が山ほどいそうです。うーん。奥歯に物の詰まった紹介しかできないー。
 恋愛小説として読むと、俺の現実と引き比べて、いろいろ身につまされる部分が多かったのですが、核心に言及しようとすれば、この小説にごくさりげなく、かつ周到にばらまかれた数々のピースが、組み合わさってどんな絵を描き出すのか、というところに触れざるを得ないし。
 とにかく読め。たぶん二度読むはめになるので、時間的余裕のある時に、ゆっくりと。

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歳三 往きてまた
歳三 往きてまた
秋山香乃 (著)
【文春文庫】
税込840円
2007年4月
ISBN-9784167717278

 
評価:★★★★☆
 司馬遼太郎先生の数々の名作の中でも、一番好きなのは、やっぱり今でも『燃えよ剣』。幕末維新の激動の時代に、敗者側にいることを自覚しながら、最後まで明治政府と戦い続けた新撰組副長・土方歳三の鮮烈な生涯に、初めて読んだ中三の夏から魅了され続けています。そして彼の享年を越え、いまだ何事もなせていない自分を顧みて、しばしば慄然とします。
 とまあ、これだけ思い入れが深いため、なかなか他作品で満足のいく土方に出会えないのですが……この作品では、全盛期の新撰組については回想シーンのみで、鳥羽伏見の戦いから敗走し続け、仲間たちと生別、死別を重ねる中で、どんどん「漢」としての境地を高めていく。そんな土方の描き方に大満足。
 ええ、歴史的な事実を知ってますので、新撰組については、綺麗事だけでは済まないというのは重々承知です。でも。それでも俺は、こういう新撰組、こういう土方に出会える幸せを、今後も享受したいです。

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Q&A
Q&A
恩田陸 (著)
【幻冬舎文庫】
税込630円
2007年4月
ISBN-9784344409361


 
評価:★★★★☆
 俺は演劇を観るのが大好きなのですが、この作品が採っている、「各シーンごとに登場人物が入れ替わりつつ、二人で会話しながら、起きている事件を徐々に浮かび上がらせる」という手法は、極めて演劇的なイメージを喚起します。舞台装置は全く置かず、ただ座る椅子だけが用意された、シンプルであるが故にごまかしの効かない二人劇。
 芸達者な役者を用意し、シナリオもよほど周到に計算されていないと、奇をてらっただけだと思われそうな、こんな冒険を活字でよくやってのけるよなあ。 語られる事件も、シーンごとに、その様相ががらっと変化していき、別に何も設置されていないのに、ごそっと舞台装置が移動しているかのようです。
 頭の中で「この場面はこの役者で、こういう照明と音響」みたいなのが、どんどん浮かんできて……どこかの劇団で、舞台化してくれないかなあ。実現したら絶対観に行って、俺の頭の中のイメージと答え合わせしたいと思います。

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ロンリー・ハーツ・キラー
ロンリー・ハーツ・キラー
星野智幸 (著)
【中公文庫】
税込840円
2007年4月
ISBN-9784122048515

 
評価:★★★☆☆
 何かを媒介しなければ「現実」を得られない、そんな時代に俺たちは生きてます。じかに会って話をする相手よりも、ネットを介して付き合う相手の方が、自分にとって、はるかに身近で、現実味があったりします。現実なんてのは、しばしば虚構に過ぎず、逆に虚構の世界の方に現実感がある、そんな瞬間がしばしばあります。
 「リアル」ってのは、何を根拠に「リアル」なのか。そういう問いを、この作品を読んでて突きつけられたような気がします。それはやっぱり、現実に現実味を感じる必要もないまま、与えられる情報で現実を構築していくことに、何の疑問も感じていないからですか?
 「うつし世は夢、夜の夢こそまこと」と言い放った江戸川乱歩の描く世界のように、この作品では、大陸からの黄砂が視界を遮り、心中が流行し、心の拠り所を失った者達が、無限に続く鏡像の悪夢にうっとりしています。そんな世界に共感するのは、ちょっと疲れているからかなあ。

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グアルディア(上・下)
グアルディア(上・下)
仁木稔 (著)
【ハヤカワ文庫JA】
税込各735円
2007年4月
ISBN-9784150308865

 
評価:★★★★★
 衛星軌道に浮かぶ巨大コンピュータにアクセスするための生体端末に、細胞レベルでの進化を促進することで、生身を兵器と化す生体甲冑……めまいがするくらい素敵なSFガジェットが溢れかえる、この作品の舞台となるのは、行き過ぎた科学が人類をいったん破滅寸前まで追いやった、今から千年以上未来のラテンアメリカ諸邦。
 こんな世界になっても、人間の心は一向に進化せず、報われない片想いに身を焼き焦がし、滅びを自ら望んだり、斜に構えて歪んでいったり、愛すべき相手を試して傷つけることに淫したり、といったことを繰り返しているところが、なかなか絶望的な感じでいい。そして、それぞれの感情が、前述のSFガジェット達と絡んだ時に、大量破壊と大量殺戮を生み出していくあたり、人類ってば救いようがないなー、と。
 まあ、偉そうに書いてはいますが、登場人物たちの抱える思いは、俺にも覚えのあるものばかりで、正直ちょっと凹み気味でした。

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神を見た犬
神を見た犬
ディーノ・ブッツァーティ (著)
【光文社古典新訳文庫】
税込720円
2007年4月
ISBN-9784334751272

 
評価:★★★☆☆
 理不尽で不条理な状況というのは、フィクションとして読んでいる分には、その滑稽さに、くつくつと笑ってしまう訳ですが、ふと「自分がこんな状況に巻き込まれたら」と思い始めると、途端に背筋が寒くなる、というものだったりします。この、一種不思議な印象のある短編集は、まさにその「おかしさ」と「戦慄」を幾度と無く体感させてくれる佳品揃いです。
 例えば、ごく軽い病気だったはずの入院患者が、重病者のいる階へと降りていくにつれ、次第にその階にふさわしい病状へと進んでいく『七階』。どう考えても予想通りの結末になるだろうなあ、と、あらかじめ分かっちゃったにもかかわらず、読み進めて「ああやっぱりー。いやん」と確認する。
 分かってるなら読まなくてもいいじゃん、と自分に突っ込みつつ、つい全部読んじゃう自分にあきれながら、作者の「読ませる力」の凄さを感じるのが、この本に対する正しいお作法なのではないか、と思うのですが。

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連城訣(上・下)
連城訣(上・下)
金庸 (著)
【徳間文庫】
税込各800円
2007年4月
ISBN-9784198925833


 
評価:★☆☆☆☆
 初めてシナリオ書いたゲームは、原作が中国古典でして、当然、元ネタに沿った形で作るのですが、その時思ったのは「どうしてこう、中国の小説って、キャラや設定いろいろ作っておきながら、生かしきれずに燃え尽きちゃうんだろう……」ということでした。 古典と現代の武侠小説を同列に論じるのは、いささか乱暴かもしれませんが、この作品でも、同じような気分を味わったので、ついつい回顧モードに。
 ツッコミどころは多々ありますが、やはり一番は「狄雲(主人公)、どこまで頭悪いんだよ……」ってところでしょうか。はっきり言って、こいつがもっとちゃんとしていれば、この作品の中で起こる数々の悲劇的なトラブルは未然に回避できたと思うし。中盤、雪山での死闘が繰り広げられるのですが、主に事態をややこしくするためだけに存在してるし。
 もしゲームにするなら、原作は原型とどめないと思います。このまま作ったらユーザーに怒られそうですし。

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タイタニック号の殺人
タイタニック号の殺人
マックス・A・コリンズ (著)
【扶桑社ミステリー】
税込880円
2007年4月
ISBN-9784594053581

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評価:★☆☆☆☆
 『思考機械』シリーズが提供してくれる、論理的で美しい謎の数々に、中高生の頃浸りきっていた俺にとっては、「ジャック・フットレルを探偵役にして、タイタニック号で起きた連続殺人事件の謎を解く」というあらすじを読んだだけで、山ほど夢が見られた訳ですが……実際の作品は、正直なところ、夢とのあまりの落差に凹みそうでした。
 いや、過剰な期待をしちゃった俺も悪いにゃ悪いですけど。でも、本格推理小説の偉大なる先達が、自ら乗り出して解くには、あまりに謎のレベルが低すぎやしないかと思うのです。たとえて言うなら、スーパーコンピューターを使って、小学1年生の計算ドリルを解かせるようなものかと。
 かろうじて点数を献上できる点は、ジャックの妻のメイが、非常に魅力的な女性に描かれていて、こんな素敵な妻に支えられていたからこそ、あの数々の珠玉のミステリが生み出されたんだなあ、と思えたことくらいでしょうか。非常に残念です。

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