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きみのためのバラ
池澤 夏樹(著)
【新潮社】
定価1365円(税込)
2007年4月
ISBN-9784103753063
>> Amazon.co.jp
>> 本やタウン
小松 むつみ
評価:★★★★★
やはり池澤氏の作品は美しい。まさに読者一人ひとりに贈られた八輪のバラのような美しい短編集だ。 ヘルシンキ、ミュンヘン、メキシコ……世界の片隅での邂逅と別れが歌うような言葉で綴られていく。一編一編は、短いお話だが、そこに込められた背景として登場人物たちの生きてきた時間、人生、世界が見舞われた惨事への愛惜等、物語の奥は深い。それにしても、日本語はこんなにも美しいことばだったのか。詩人でもある池澤氏のつむぐ物語は、すらすらと読み進めるにはあまりにももったいなくて、次は大事にとっておきたい、そんな思いを抱えつつ読む、本読みには堪えられない珠玉の作品集である。
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川畑 詩子
評価:★★★
バリ、沖縄、パリ、ヘルシンキなど、どこか遠くを感じさせる土地を舞台にした短編集。全編透明感があって、泥臭くなくて説教めいてもいない。ここでは人びとがあくせくしたり、じたばたしていない。悲しみを秘めながらも感情はニュートラルに保たれている。
主人公たちが概ね名前を持たず容貌にも触れられていないせいか、顔が浮かんでこない。それに加えて舞台設定も洗練されているため、無機質でとっつきにくい雰囲気がある。それで結局私は作品の世界になじめなかったのだが、それでも静かに心がふれあう瞬間を美しく思えた。
つかの間すれ違っただけなのに、ずっと忘れられない人や光景。その瞬間が静かに鮮やかに描かれているのが際だっていた。
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神田 宏
評価:★★
東京のレストランで、バリで、パリで、沖縄の病院で。偶然出逢った、人々が紡ぎだすひそやかな物語。そんな掌編を綴った連作短編集。一人レストランで牡蠣を食べたり、バリで休暇を過ごしたり、やや選民的なリッチぶりを匂わすところが、鼻につくのではあるが、父親から暴力を受けて、自分の書庫を外に放りだされた記憶が、床に落ちたコーヒー豆を拾うことによって甦ってくる『20マイル四方で唯一のコーヒー豆』など、静止画のように美しい場面が数箇所見られたのが救いである。訪れて、去ってゆく旅の中での儚い出会いの無責任さに哀しみを感じた読後であった。
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福井 雅子
評価:★★★★★
メキシコの駅のホームでトランクに腰掛けてたたずむ混血の美少女との出会いを描いた表題作をはじめ、世界中の旅先で遭遇する8つの小さな出来事を切り取った短編集。
旅に出て日常生活から離れたところで出会う人や物や物語が、時として鮮烈な印象を残すことがある。あるいは雲間に差し込む一筋の光のように、旅の途中で突然「大切なものは何か」が見える瞬間がある。本書はそんな出来事を切り取った短編集である。一見ありふれたエピソードのようだが、旅人の心に残るように読者の心にも鮮やかな印象を残す。そして、旅先の風景を描写する、池澤夏樹ならではの哲学的とも言える視点が、物語に重厚で深みのある味わいを加え、かけがえのない邂逅を美しく描き出している。旅先で撮影したスナップ写真をもとにエッセイを綴った、フォトエッセイ集のような印象を残す本である。
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小室 まどか
評価:★★★
不思議な「出会い」がテーマの短篇集。といっても、この本のために書き下ろされたわけではなく、いろいろな媒体に発表したものを集めてきたようで、そういう意味では一篇ごとにいささか趣きが異なるところもおもしろい。
一番気に入ったのが、「都市生活」。飛行機に乗り遅れて疲弊した男が、散々な一日の終わりに、ふと立ち寄ったビストロで出会った、おいしい料理と美しい女の吐露する「辛い話」。偶然の出会いが心にあたたかい火を灯す瞬間が、あくまでさりげなく、その実、選び尽くされた言葉で語られる。
いずれのお話も、少し物足りないくらいのさらっとした終わりかたなのだが、不思議と癒され、ここまででいい、と思えてしまう感じがある。空港、沖縄、バリ、アマゾン、アラスカ、ヘルシンキ、ミュンヘン、メキシコと舞台もさまざまで、夏休み、旅の空のお供におすすめしたい一冊。
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磯部 智子
評価:★★★★
旅先が舞台の小説。「軽い手荷物」の旅に憧れるが、なかなかそういう訳にもいかない。そうかと思うと、日本のある地方では転入者を「旅の人」と呼び、それは単に旅人という意味合いより「通り過ぎていく人」であり、根を下ろさず、言外に上っ面だけを知る人間という意味に使われた。しかしその上澄みには、何もないとは言い切れないような気がする小説集。舞台は空港、バリ、沖縄、ブラジルなどなど。『連夜』は平凡な男の思い出。沖縄で、病院内の運搬のアルバイトをしていた時の不思議な10日間の恋。そののち相手の女性から届く手紙が深く余韻を残す。『ヘルシンキ』は、ホテルの食堂でふと耳にした日本語。子供がいる二人の男は言葉をかわし、妻がロシア人で別れてしまったことなどを聞く。「国際結婚は大変ですよ」という男に、相手の言うことを聞かないなら、どんな結婚も国際結婚のようなものだと「私」はこの数日を苦い思いで振りかえる。旅人は行く先々で、不動の人々をいっとき解放し、彼らは様々な真実や嘘を語りだす。一方、旅人は言葉の重みを一緒に持ち去りながらも、そのくびきに囚われることはない。そうか、旅から得るものがあるのは、旅人だけではないかもしれないと、旅の持つ意味を見直すような清らかさがあった。
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林 あゆ美
評価:★★★★
八つの短編がおさめられている。土地さまざまに、人との出会いがエレガントに物語られ、いい話を読んだなと充足感をもたらせてくれた。
その中のひとつ、「ヘルシンキ」での季節は冬。暑い季節に寒い空気を読むのは心地よかった。――寒さが空気の中にぎしぎしとひしめき合っている。鋭い棘を発砲に突き出したウニのような微粒子が空中をぶんぶん飛び回っている。――こうしてはじまる話では、ヘルシンキのホテルで出会った父と娘が登場する。少女の父は日本人で母はロシア人。結婚した時は日本で住んでいたが、しだいにうまくいかなくなり、いま娘と母親はサンクトペテルブルグに暮らし、父親が年に2回会いにきているという。最初は日本語で生活していた彼女だったが、娘が生まれ、赤ん坊に話しかける言葉はロシア語でないと気持ちが伝わらないといいはじめた。“言葉に帰郷”した彼女は心もロシアに戻り、日本にはいられなくなる。互いの母語が交わらずにどんどん広がる距離感がさざなみのように生活にふりかかってくる様が伝わってきて、深い穴をのぞくようだった。
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