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WEB本の雑誌今月の新刊採点【文庫本班】2007年9月の課題図書 文庫本班

鉄塔家族(上・下)
鉄塔家族(上・下)
佐伯一麦 (著)
【朝日文庫】
税込 各840円
2007年7月
ISBN-9784022644046
ISBN-9784022644053

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  荒又 望
 
評価:★★★★☆
 建設が進むテレビ塔のすぐそばに住む夫婦、斎木と奈穂を中心に、東北地方の100万人都市で暮らす人々を描いた長編小説。
 舞台となった都市に長年住んでいたので、非常に親しみをもって読んだ。野草園、山の上に建つ3本の鉄塔、緑色の車体に青い線が入った市営バス。懐かしい。この街で単身赴任中の男性が新幹線の窓から見える鉄塔の姿に「ああ帰ってきた」と思う場面など、「そうそう。そうなのよ」と心から共感した。固有名詞が書かれていない駅や川、大学なども、「あ、あの駅ね」と具体的に思い描ける。よく知っている場所が小説になるのは嬉しいものだ。
 さて物語は、はじめはごく淡々と進んでいく。木々や草花を愛で、鳥の声に耳を澄ませる穏やかな毎日が、静かに整然と綴られる。なんと潤いのある生活だろうと思っているうちに、それぞれが抱える痛みが次第に明らかになってくる。それでも、彼らは明日を迎える。誰にでも強い部分と弱い部分があって、良いときがあれば悪いときもある。そんなことが丁寧に上品に書かれている。もうすこし涼しくなって、気持ちの良い秋の夜に読むのにぴったりの作品。

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  鈴木 直枝
 
評価:★★★★★
 生まれも育ちも東北であるのに、東北出身の作家に独特の暗さを感じて忌み嫌っていた時期がある。だがしかし、こうして月に10冊以上読んでみて(私的に十分多読)、見慣れた風景や聞きなれた言葉が並ぶ本を前にすると「ただいま」を言いたくなる。
 本書の住民達も東北に住む。彼らの「ただいま」の矛先は3本の放送用鉄塔。それを見上げそこにあることを確認することで1日が始まり終わる。デジタル放送開始に向けて鉄塔工事が始まった。出入りする工事関係者、古くから地域に住み続ける人間と縁あって転居してきた人間との間で、関係が築かれて行く様を描いている。新幹線「はやて」に乗れば通過駅になりそうな街の一角で、親と衝突し、染色を教え、アスベストによる喘息に悩み、クリーニングの御用聞きに歩くそれぞれがいる。違う過去を生き、ともすればすれ違うだけだった各人を、探鳥や携帯電話禁止の喫茶店や通院先の病院といった偶然の共通事項がそれぞれをつないでいく。そこに激しさはない。優しさがある。
 「ただいま」「こんにちは」「どう?」…誰かとのそんな会話が、1日を豊かにし明日を想う礎になる。しみじみとした気持ちになる。ありのままに此処で生きることの大切さを思う本だ。

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  藤田 佐緒里
 
評価:★★★★☆
 同じ場所にずっと住んでいたり通いつめていたりするとき、変わらないその場所で目に見えるものは毎日同じかというと、それは違う。確かにしばらくは同じに見えるのだけれど、五年も見ていると、人やものがだんだん少しずつ入れ替わっていく。それは私が生きてきた22年という歳月の中でも感じられてしまうことで、たとえば50年同じ場所に住んでいるおじいちゃんなんかが見ている変わらない場所では、もっともっといろんなものが入れ替わっていったはずだ。
 街のシンボルだったある鉄塔が、時代の変化にともなって解体され、その後新しく建設しなおされることになる。鉄塔は言ってみればその町の自然や人々そのもので、この小説の場合のずっと変わらない場所なのです。だから、その鉄塔が新しくなるということをむしろその町の象徴として描いている作品なのだろうと思います。
 その鉄塔のまわりにはたくさんの人が生きている。たとえば小説家、たとえば染色家。それぞれ特にとびぬけていいこともないけれど、日々を確実に生きている。そして、それぞれの場所を入れ替わったり、足したり引いたりしながら、変わらない鉄塔の周囲に生きているのだ。
 人々の営みが緻密に描かれている、とても繊細な物語です。今回の課題図書の『雪沼とその周辺』にちょっと通じているところがあるように思いました。どちらも素晴らしい小説です。

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  松岡 恒太郎
 
評価:★★★☆☆
 水彩画のような街に暮らす人々の営みを、四季の自然を織り込みながら、とても繊細に描いている作品。
物語の中心にはいつもテレビ塔がそびえ立つっている。そんな鉄塔のある山の懐に抱かれ、人々は緩やかに日々を送っている。都会よりも気持ちゆっくりと時間が過ぎる東北地方の都市の郊外で、人間同士が正しく向き合いながら物語は進む。
 ハマナス、タラの芽、蝦蟇蛙にキビタキ。四季の草木、鳥や動物達の姿が物語に彩りを添える。そして彼らは、当たり前のように人々の生活に係わっている。
 登場人物達の背景描写も、素晴らしく丁寧に肉付けされており驚かされたが、コチラは巻末の解説で本作品が著者の私小説であったと知り、なるほどと納得。
 季節は巡り、人々は少しずつ成長し、鉄塔だけが時代とともに建て替えられてゆく。
慌ただしい現代を生きる人たちには、一服の清涼剤のような爽やかな読了感が残る、はず。

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  三浦 英崇
 
評価:★★★☆☆
 昭和50年代に、少年チャンピオンで連載された『750ライダー』というコミックがありまして。バイク好きの高校生と、彼をとりまく友人知人たちとの、ハートフルで、波風もあまり立たない青春の日常を、毎週毎週描き続け、かなり長い期間連載していた記憶があります。この作品を読んでいると、かの作品が醸し出していた「平穏な日々が積み重なっていくことの尊さ」が思い出されてなりません。

 日本全国どこのローカル都市と置き換えても成り立つ、普遍的な舞台設定。新設されるテレビ塔の下で繰り広げられる、劇的ではなくても、後になって振り返ると「ああ、あの頃は良かったねえ」と思えるエピソードの数々。

 植物の色や形、鳥の声といった自然の描写もまた、丹念な筆致で背景の草木を描き込む、上記の作品を彷彿とさせます。

 派手な事件が起こる訳でもなく、知的好奇心をかきたてるでもないですが、週に一回くらいは、ほっとできる時間が欲しい方に。

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  横山 直子
 
評価:★★★☆☆
夕方、娘と二人で蝉取りに行った。
その時、大きな黒い鳥の羽を見つけて、娘に「これ何の羽かな?」と尋ねると「カラスでしょ」と即答された。
言われてみれば、まさしくカラスだ。しかし私はもっと見たことないような鳥を想像していたので、なんだか笑えた。

東北のある都市、鉄塔の周辺に暮らし合わせた人々の日々を丹念に綴った長編小説だ。
小説家の夫と草木染作家の妻、この二人を中心に物語は進んでいく。
「これだ」「間違いない」
この二人、妻が拾ってきた鳥の羽を一緒に図鑑のページをめくりながら捜す夫婦なのだ。
住まい周辺をさえずっている鳥の声にも敏感だ。
傍目には幸せを絵に描いたようなこの夫婦にも、読み進めていくうちに、取り巻く環境や過去の出来事について霧が晴れるように判りはじめ、時に胸が締め付けられた。
それは自身の病気のことだったり、別れて暮らす家族の心配ごとだったり、消えない過去の辛い出来事だったり…。
だからこそ目に映る自然の美しさ、馴染みの喫茶店で過ごす時間、出入りの洗濯屋さんのまじめな仕事ぶりに救われる。

映画のタイトルのようだが、「喜びもあり、哀しみもあり」そして鉄塔家族の日々は続く。
しかし、上下二巻が私には少し長すぎた。

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