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WEB本の雑誌今月の新刊採点【文庫本班】2007年9月の課題図書 文庫本班

下山事件 最後の証言
下山事件 最後の証言
柴田哲孝 (著)
【祥伝社】
税込900円
2007年7月
ISBN-9784396333669
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  鈴木 直枝
 
評価:★★★☆☆
 猛暑が続くお盆中にじっくりと読ませてもらった602ページ。日米にわたる登場人物の多さと人間関係の複雑さと戦争直後の史実の認識とに苦慮し、ページ数以上の長さを感じた。爽やかな読了感は微塵もないが、記憶に残る本であった。あっぱれである。
 下山事件。昭和24年に当時の国鉄総裁が失踪轢死した事件をどれほどの人が知っているだろう。いや、本書で私が感じたのは「知る」「知っている」ことの怖さである。著者は、自身の祖父が「事件の実行犯ではないか」という疑問から取材を開始した。国鉄の人員整理、GHQの介入、吉田内閣発足、若き日の佐藤栄作も白州次郎も児玉誉士夫も思いを新たにする仕事の現場で登場する。政治って国際関係って国鉄って社会って、こんなにも複雑怪奇なものかと思う。当時どれだけ社会を震撼させた事件かは、引用・参考文献の多さからも伺える。自殺か他殺か。在り得ないはずなのに、真理が沢山ある。既刊本に現れていた証言を追求していったことで浮上した食い違い、供述書や宿直簿の紛失、推論のいい加減さも目立っている。柴田氏が「最後の」と謳って著述しただけあって、それら全てに目を通し、状況証拠を確認し、当時を知る生存者に取材を重ねた。その量の膨大さは想像の域を超えているだろう。同じように知ることに奔走した新聞記者たちの姿も印象的。柴田氏の競走馬を扱ったノンフィクションにも手を伸ばしたくなる。

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  藤田 佐緒里
 
評価:★★★★☆
 下山事件といえば、言わずと知れた、国鉄初代総裁・下山定則死亡事件のこと。三越本店で失踪した下山が翌日、常磐線上で轢死体となって発見された、事件発生の1949年7月から60年近くたった現在でも人々の興味をかきたてる謎を残した事件である。
「あの事件をやったのはね、もしかしたら兄さんかもしれない…」という柴田寿恵子(柴田哲孝の祖父の妹)からの衝撃の一言。下山事件のこと自体をほとんど知らなかった少年は、否が応でもその瞬間から、祖父がかかわったかもしれないその事件に引きずり込まれていく。
 なぜ下山定則は殺されたのか、GHQのせいだったのだろうか、本当に祖父は事件にかかわっていたのか、そして祖父が在籍していた「亜細亜産業」とは一体何なのか。
 戦後すぐの混沌とした日本で起きた、この事件の真相は一体どこにあったのか。誰にもわからないような膨大な情報がこの一冊の本のなかにはつまっています。類書はたくさんありますが、柴田氏だから書けた、柴田氏でなければ書くことは絶対にできなかったことが凝縮された一冊。この先残しておくべき圧倒的なドキュメント作品です。

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  藤田 万弓
 
評価:★★★★☆
 昭和24年、JR常磐線の線路で見つかった轢死体は、当時の国鉄総裁下山定則だった。
 労働争議の多発など、不穏な空気で包まれた当時の社会に衝撃を与えた「下山事件」。松本清張がGHQ策謀説を唱えるなど、戦後史最大の謎と呼ばれたこの事件に斬新な解釈を加えたドキュメント。
 「私の祖父がこの事件に関わっていたかもしれない」GHQの特務機関員だった作者の祖父にスポットをあて、展開されるこの作品。森達也著『下山事件(シモヤマ・ケース)』など、近年立て続けに出版された下山関連の書籍と同様、最終的には、矢板機関謀殺説(本書では吉田茂策謀説)に帰結させている。終盤、「下山氏が殺されるために国鉄総裁に選ばれたのだ」というくだりからは、前半、丹念に積み上げられた証言も相まって、心底ゾッとさせられる。ミステリや策謀史観好きにはたまらない作品だが、一人の人間が何故殺されなければならなかったのか、をくどい位になぞり続けられていく作品だということも注記したい。論旨はやや強引、性急さが感じさせられるが、身内の関わりを追っている分、類書に比べ俄然リアルに仕上がっている。真実など知る由もない個人としては、下山の立場と心情に沿った自殺説の方が支持できるのだが。

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  松岡 恒太郎
 
評価:★★★★☆
 いくら思い返してみても、日本の戦後史を、僕は学校の授業で習った記憶がない。
したがって『下山事件』と急に言われても、僕の引出しからはなかなかその単語が出てはこなかった。
同じ事件でもロッキード事件なら知っているし、二・二六事件や盧溝橋事件なら穴埋め程度の知識はある。
しか不思議と戦後から経済成長を遂げるまでの凝縮された数十年間の自国の歴史だけは、悲しいほどに欠落している僕がいる、いや僕だけじゃないはずだ。
 そんなわけで下山事件である。
初代国鉄総裁下山定則が命を絶った謎の事件、自殺として処理されたものの、その背後には戦後の闇が蠢いていた。政界財界GHQが暗躍する闇。著者は祖父の記憶から遡って事件の真相に迫ろうとする。真実はどこにあるのか、興奮のドキュメント作品。
 ただ一つ残念だったのは、記録的な猛暑の中ではなく、この本は秋の夜長にしみじみ読んでみたかった。

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  三浦 英崇
 
評価:★★★★☆
 以前、単行本班で森達也氏の『下山事件』の書評をしたことがありまして。確かその中に「下山病」という言葉が載っていたのが印象に残っています。曰く、この事件に魅せられた者は、さながら熱病にかかったかの如く「真実」を追い求めてしまう、と。

 この作品の著者も、また「下山病」の重篤な患者であることは言うまでもありません。彼の場合、「自分の敬愛する祖父が、実は下山事件に関わっていたのではないか?」という疑念からスタートしているので、その病の辛さは更に酷いものなのではないかと。森氏に対する、短いけど辛辣な評価もあり、ノンフィクションならではの緊張が感じられました。

 親族への深い情と、真理を突き止めたいという強い想いが相まって、この作品は、他の下山事件本とは一線を画した、凄みのある作品になっていると思います。

 それにつけても「下山病」。たぶん、根絶される日は、これから先もないんだろうな、という気がします。

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  横山 直子
 
評価:★★★☆☆
完全版とある。
戦後史最大の謎の一つと言われる「下山事件」についてジャーナリストの柴田哲孝氏が渾身の取材の末、まとめあげた一冊だ。
印象深いシーンがあった。
「貴様、何者だ」
この事件に関して重要な発言の期待ができるある人物に、少し話を聞くために電話を本人に取り次いでもらったところ、いきなり、こう言われた。
 さらに面会がかなった直後、日本刀を突きつけられた。
そのときの柴田氏の対応がなんともあっぱれで「いい刀ですね…」だった。
読んでいてまさに手に汗握る一瞬、はたしてその相手から「お前、面白い奴だな。近頃の若い奴にしちゃ珍しい」と言われ、それから核心にせまる取材が数時間にわたり行われた。
「とてもつない人物だ。真の大物は、けっして歴史の表舞台には登場しない。」
そう柴田氏が語るこの人物とは、かつて柴田氏の祖父と関係が深かった。
すなわち彼の祖父も下山事件に深く関わっていたのである。
さまざまな角度から調べ上げられた下山事件の真相がここに明かされる。
事件当時に写真や地図、資料も見ごたえがある、衝撃の一冊だった。

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