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WEB本の雑誌今月の新刊採点【文庫本班】2007年9月の課題図書 文庫本班

恥辱
恥辱
J・M・クッツェー (著)
【ハヤカワepi文庫】
税込798円
2007年7月
ISBN-9784151200427

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  荒又 望
 
評価:★★★☆☆
 ケープタウンに住む大学准教授デヴィッドが、ほんの弾みで教え子と関係をもったことを機に、転落の一途をたどってゆく。
 告発され、失職し、娘の住む田舎に身を寄せる。しかし、そこも安息の地ではない。自業自得とはいえ、思ってもみなかった方向へと転がっていくデヴィッドの人生。
 著者は主人公デヴィッドを「彼」と呼ぶが、この突き放したような三人称が効果絶大。窮地に陥り、もがき苦しみ時に開き直る様子を、どこか高いところから見下ろしているかのよう。これがもし普通に「デヴィッド」と呼ばれていたら、ここまでの冷ややかさは醸し出されなかったに違いない。
 デヴィッドと娘ルーシーとの乾いた親子関係が興味深い。娘が父親をファーストネームで呼ぶのも珍しいが、器量に恵まれない娘を見て「女は若くて美しくてこそ」という主義主張をより強固にする父親というのはどうなのだ。価値観を異にする父娘だが、まったく違う人生を送るというのも、裏を返せば強く影響を受けているということなのだろうか。
 すべてを超越してどこか違う次元へ行ってしまったかのような最後の場面。なんと遠くへ来たことか、と呆然となる。

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  鈴木 直枝
 
評価:★★★☆☆
 私は、結婚し二人目の出産を終えた時「人生の上がり」を感じた。それほど達成感があったのだ。後日、人生の大先輩に当たる妙齢の女性にそのことを告げたら高笑いされてしまった。その理由がこの本にはある。
 妻とは8年前に別れた。大学教授であったが、教え子と関係を持ってしまったことを発端に失職せざるをえなくなる。その男52歳、ひとり娘がいる。最近まで電気すら引いていないような、農園とは名ばかりの痩せた土地で暮らしている。独り身となった父に思い出されるのは、バレエ教室やスケート場に送迎した幼い頃の記憶。だが、父が次々と女性を変えることで欲望を充たしている間、娘は独り生きていた。
 他によすがのない父との共同生活に予期せぬ大事件が起きる。絶対絶命。そんな中でも思う。「今日という日はまだ死なずに生きているのか」と。あんなに屈強と思われた娘が打ちひしがれる様子が痛々しい。あれほどの屈辱を受けてそこから何を見出すか。「風と共に去りぬ」のスカーレットに共通する強さが後半を盛り上げる。
 「こんなはずじゃなかった」人生の躓きなんて蹴飛ばしたくなる、元気になる1冊。

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  藤田 佐緒里
 
評価:★★★★☆
 52歳の男の転落していく人生を描ききった小説です。この男、もう本当にどうしようもない男なんですよ。大学教授のくせに、そのへんの手頃な女で欲望を片付けるような毎日を送っていて、その上あるとき、自分の生徒にまで手を出す。あぁ最低、最低、最低。それで、ざまーみやがれなのですが、ここから何もかもうまくいかないばかりか、悪いことばかりが身にふりかかってくるようになる。そうです、神様は見ているのですよ。(これは本書にはあまり関係のない思想ですが)
 結局大学は辞めざるをえなくなり、当然のごとくまわりの人々からは罵声がとんでくる。それで田舎に引っ込むわけですが、こっちはこっちで、人生を揺るがすような大事件が待っていて、この事件は最後の最後までこの主人公を引きずりまわし叩きのめす。と、大筋はこんなストーリー展開です。
 しかしこの作品の何がこんなに私を引きずり込んだかというと、やっぱり時代背景なのだと思います。この小説の舞台は、アパルトヘイト撤廃後の南アフリカです。土地が混乱していて、レイプも強盗も、人種差別も殺人も、まぎれもない日常だった。この小説の行間からは、ただ単に落ちぶれて転落していくこの男の人生だけではなくて、その時代に生きなくてはならなかった人々の営みと心情が、嫌というほど浮き上がってきます。
 読むのに時間を要する小説ですが、読み、考える価値の非常にある作品だと思います。

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  松岡 恒太郎
 
評価:★★★☆☆
 信頼も名声も、積み上げるのには時間がかかるのに、崩れると言ったらあっという間に跡形もなくなってしまう。
 五十二年間の人生を見事に崩壊させてしまった男、デヴィット・ラウリー。そりゃまあ見事にたった今目の前で、頂上から山裾まで転がり落ちていった。
 それではなぜ、二度の離婚は経験しているものの、愛する娘もおり自身も大学教授という名誉ある地位にあった彼が転落の人生を歩むこととなったのか。
 確かに年甲斐もなく、教え子メラニーと関係を持ったのはまずかった。しかしそれもきっかけの一枚のドミノにすぎず、まだまだ残りのドミノの連鎖を防ぐ方法はいくらでもあったはずなのだ。結局彼の失敗の原因は、自分以外を愛せない男だったからに他ならない。
 かくして、この小説を読んで解った真理が一つ、屁理屈をこねる奴は寂しい老後を過ごすこととなる。

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  三浦 英崇
 
評価:★★★☆☆
 ノーベル文学賞作家ってのは、やっぱ凄いもんですねー。盆休みの週刊誌で、ワイド特集にずらずら並ぶような、安っぽいネタで一冊小説書いて、しかもブッカー賞獲っちゃったりする訳ですし。「セクハラ大学教授の転落の構図――都落ちのその後」みたいな感じでしょうか、見出しを打つなら。

 もっとも、御題こそ下賤ではあるものの、中身はさすがに週刊誌よりは志も高く、文章にも格調ってものがあります。無意味に高いプライドだとか、何かと出てくるみっともない言い訳だとか、端々に現れる周りを見下した態度だとか、誰とも噛み合わないディスコミュニケーションぶりだとか……これだけイライラさせられる主人公を生み出せるのは、才能以外の何物でもありません。

 どんなに知識と教養があっても、魂が腐ってると、堕ちたところから這い上がるにはえらい苦労が必要、というお話。ゴシップ好きな方なら、あるいは楽しいのかもしれません。俺にはちょっと……

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  横山 直子
 
評価:★★★☆☆
「夏のなんと短いことよ。」
主人公である52歳の大学教授のラウリーがしみじみ嘆く。
ここでは強く共感した。

しかしである。この物語は酷すぎる。ほかにはとても共感できるところなどなかった。
彼の人生の転落のきっかけは、軽い気持ちから教え子と関係を持ってしまったことから始まる。
大して抗うことなく辞任を受け入れた彼は、一人娘の住むケープタウンにひとまず身を寄せた。
娘は農園経営者として足場を固めるべく努力している最中なのだが、彼女に次々に降りかかる不幸な出来事は読み進められなくなるほど衝撃的だ。
ラウリーはひたすら娘を心配し、この地から離れるようにと説得するのだが、「わたしの人生で決断するのはわたしよ」と娘に言い切られる。

これでもかと親子して転落していく中、ラウリーがふと垣間見た畑仕事をする娘のシーンが、私には忘れらない。
まるで風景画に溶け込んだように、おだやかで美しく、そして力強い感動的なシーンだった。
これは一体なんだろう。
「女には順応性がありますから」と作中のどこかのセリフを思い出しはしたが、それにしても…。

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