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楽園
宮部 みゆき(著)
【文藝春秋】
定価1700円(税込)
2007年8月
ISBN-9784163262406
ISBN-9784163263601
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>> Amazon.co.jp
>> 本やタウン
小松 むつみ
評価:★★★★★
「クロスファイア」や「魔術はささやく」同様、、特殊能力とミステリーを巧みに絡めた宮部氏本領発揮の会心作。しかし、前出2作とは特殊能力の置き所は違うし、物語の性質も大きく異なる。けして単純に並べるべきではないだろう。
なぜか(?)私は「模倣犯」を読んでいないので、9年を経て再登場の「前畑滋子」に特に思い入れはないのだが、彼女の過去が行く先々で引き合いに出され、今でも彼女自身の心に深く影を落としている。そういった点もふくめ、宮部作品には実に抜かりなく人々が描かれている。毎回、話の転がしかた、人と人とのつなぎかたが、本当に巧みだ。単なるミステリーに終わることなく、奥行きのある人間模様が丹念に描かれ、しっかりと読み応えがあることが、やはり宮部氏人気の理由だと、改めておもう。
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川畑 詩子
評価:★★★★★
書き出しからもう、密度の濃さにぞくぞくした。そこに事件が起きるわけではない。淡々とした記述なのに、緊張感がある。小さな手掛かりや伏線が、絡み合った複数の事件をきちんと結びあわせる点も鮮やかだ。ただ、時効事件が中心なので、事件解決のカタルシスよりも、被害者加害者を含めた関係者たちが背負うものの重さが強く漂う結末だった。主軸は両親による娘の殺害事件で、被害者の妹は真実を知ることを強く希望する。彼女は強さや聡明さに輝いているのに、最後の最後で、苦渋や孤独がどれだけ大きいかを思い知らされて息苦しくなった。それでも、時間がかかっても、きっと彼女は立ち直ると予感させるし、そうあってほしいという願いを感じる。人間の弱さや、誰でもアクシデントに遭遇しうることを緻密に描きながらも、人間の強さを信じている。だから、むごい事件の連続に麻痺することも、目を背けることもなく最後まで読み通すことができたのだと思う。
もう一人の主要人物である萩谷敏子ができすぎた人のようにも思えるし、ラストだって甘いのかもしれない。それでも鼻の奥がツーンとしてしまった。
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神田 宏
評価:★★★★☆
まずは改めて宮部みゆきの圧倒的筆力に感服。上下800ページ近い大著のさまざまな登場人物がまるで目の前を行き交うかのような筆は、読者をまったく飽きさせることなく、ぐいぐいと読ませる。物語は、9年前の大量殺人事件の中で自らも事件に巻き込まれたフリーライター「前畑滋子」のもとに、自分の息子について調べてほしいと、おっとりした「萩谷敏子」という中年女性が尋ねてくることから始まる。敏子の息子、「等」には千里眼といったような不思議な力があり、描いた絵画に「等」には知りえない「事件」が描かれていたのだ。東京近郊で隣家の火災の延焼を受けた「土井崎」家の地下からは16年前に失踪されたと思われた「土井崎茜」の死体が発見され、その火災より前に描いた「等」の絵にはそのことがはっきりと描かれていたのだ。それにとどまらず、「滋子」が悩み苦しんだあの9年前の事件まで……「土井崎茜」をめぐる事件、「等」の不思議な力を巡っての謎解き。この2つが物語の主軸となって進んでゆく。惜しむらくはこの2つのプロットが有機的に結びつく力が弱く、やや恣意的に感じられるところだが、登場人物の息遣い、緊張が匂い立つような描写によって一級のエンターテインメント作品になっていることは、間違いない。
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福井 雅子
評価:★★★★★
『摸倣犯』で活躍したフリーライター・前畑滋子が9年ぶりに帰ってきた。交通事故で亡くなった少年が描いた絵をきっかけに、滋子は、すでに時効を迎えたある殺人事件の謎を追う。
今回の作品は次々と事件が起きるスリリングな展開のストーリーとは少し趣を異にしているにもかかわらず、冒頭から少しも退屈させることなくあっという間に読者の心をつかんで物語に引きずり込み、そのまま最後までひっぱってゆく。ストーリーを肉付けするために登場人物たちの生活や人生が描かれているという事実を感じさせず、もともと彼らの人生がそこにあり、たまたまそこに事件が起きたのだと思いたくなるほど登場人物に存在感がある。人物像や物語の背景となるできごとがさりげなく描かれているが、この、深いけれども決して書き過ぎることのない計算された描き方こそ、まさに名人芸だ。アイデア、構成力、人物描写、ストーリーテリング、すべてに脱帽である。
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小室 まどか
評価:★★★★☆
亡き息子を偲ぶ母親からの依頼を受け、両親が姉娘を殺害するという時効事件の調査を開始した滋子の前に、執拗に影を落とす9年前の「模倣犯事件」と、次第に明らかになる悲しい真相とは――。
説明はつかないが確かに存在する異能、親子・姉妹間の葛藤、教育をはじめとする様々な現代社会の問題……。宮部みゆきお得意のテーマがふんだんに盛り込まれているが、新聞連載をまとめた上下巻にわたる大作のためか、前作『名もなき毒』のような詰め込みすぎの感はなく、枝分かれしていくストーリーが到達点に向けて見事に収斂する手腕には、毎度の事ながら舌を巻く。“真相”が見えても解決はされない悲しみを抱える切なさが胸に染みる。宮部作品を読みつけている方には斬新さはないだろうが、安定した質の高さを味わえる作品。なんとなく読み逃してきてしまっていた『模倣犯』だが、先に読んでおけば、より物語の世界に入り込めたことだろう。
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磯部 智子
評価:★★★★☆
いつもながら上手いなあと感心する。作家には人間のあやふやな思考にハッキリと道筋をつける抜群の整理能力があって、物事が一々腑に落ちる痛快さがある。それが現実の割り切れなさから遠く切り離されないのは、苦味の配合が絶妙であるためで、この小説の中でも、主人公の前畑滋子を初め登場人物たちが生身の傷だらけの姿をしながら、希望に向って一歩一歩自分の足で歩んでいく。物語は前畑が事故死した超能力少年(!?)の母から不思議な依頼を受けることから始まり、一斉に複数の伏線が勢いよく流れ出し、どこに本流があるのか見当がつかぬまま夢中で読み進む。いくらなんでも超能力とは? まさか『模倣犯』のあの事件までかかわるのか? 両親に殺害され16年間自宅の床下に埋められた少女は? 新たな事件も起こり、ストーリーを追う面白さと、複雑な人間の葛藤を知る切実さが負けず劣らず屹立する。時代劇の方がしっくりくるという評価もある「感情過多」な面も、絶対悪に対抗しうる人間の善への信頼だと私は捉えている。ミステリとしてはいささか未消化の部分や超自然鳩マメ的展開に幾分疑問が残るが、あくまで★4は宮部作品中の比であり、他の作家なら文句なく★5をつけたい佳作である。
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林 あゆ美
評価:★★★★★
『模倣犯』の続編ではないけれど、前作の事件がたびたび回想され、主人公となる前畑滋子を知る上でも大事なので、できれば『模倣犯』を読んでから『楽園』を手にすることをおすすめしたい。
かくいう私も未読だったので『模倣犯』から『楽園』と時間をおかずに続けて読んだ。この続けてというところがミソ。9年ぶりに読むと、細部が曖昧になっていたりで『楽園』の構成がゆるく感じるかもしれない。しかし、連続して読むことで、前畑滋子の変化がとても人間的に思えた。今回の話は、自宅の床下で16年間おかれていた少女の遺体をめぐるもの。犯人も最初からわかっているが発見されたのは時効になってから。なぜ、そんな事件が起きたのか。真実を知りたい人間と前畑滋子が交差する。そしてもうひとり、第三の眼をもつ少年と母がキーパーソンとして。少年の眼は本当に未来を見ていたのか、しつこい程に裏を取りながら、次第に『模倣犯』での事件とも向き合わざるを得なくなる。
宮部作品の好きな所は、中心となる人物はもちろん脇にひっそり登場する人たちの生活にもまなざしが注がれること。つらい事件ではなおのことだ。生きている者とあの世の者や、いつまでもとぎれない親子関係について考えることは、いまの自分の生活、社会をみることにもつながる。犯人の告白は身につまされた。
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