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WEB本の雑誌今月の新刊採点【単行本班】2007年9月の課題図書ランキング

滝山コミューン一九七四
滝山コミューン一九七四
原 武史(著)
【講談社】 
定価1785円(税込)
2007年5月
ISBN-9784062139397

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  小松 むつみ
 
評価:★★★★☆
 1970年代半ば 滝山団地に新設された小学校を取り上げたノンフィクション。著者自身、そこの在校生であり、自己の体験や記憶、思い出が織り込まれて、それが作品にふくらみを持たせている。
 東京郊外の創立間もない小学校で、著者自身が体験し、目撃したことは、年齢の近いワタシ自身にも、思い当たることはいくつかあった。現在の時点で客観視すると、違和感や、気味の悪さすら感じる「学級集団づくり」の実践も、その渦中にあった子どもたちにとっては、猜疑心のかけらもなく、受け止められているに違いない。著者はそこに、疑問を感じ、反発の意思があったと書いているが、そこまでの感覚を持つ小学生は少ないだろう。
 教育って恐ろしいとしみじみ思う。担任の先生が違うだけで、同じ学校でも、同じ学年でも、まったく異なった思想の下で、異なった方針の指導が行われる……可能性がある。子どもを持つ母親として、子どもの置かれている環境をどこまで把握できているのだろうかと、非常に懐疑的にならざるを得ない。そして、果たしてその環境が子どもたちにとって好ましいものなのか、否か、判断を下し、対処していくことは、現実問題としてほとんどの親には、その機会も与えられていないし、自ら果敢に現場に乗り込まない限り難しい。いろいろと考えさせられる一冊だった。

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  川畑 詩子
 
評価:★★★☆☆
 政治思想史の学者が七十年代前半に過ごした自分の小学生時代を回想し、時代のうねりをあぶりだそうとした力作。
 通称「七小」は、団地建設によって急激に児童数が増加した東京近郊の小学校。学校の雰囲気になじめなかった著者は、さぞや居心地が悪かっただろう。とても聡明な少年で、集会で鋭い質問を投じたりする。ちょっと自慢と感じないでもないが、何か言わずにはいられないくらい、子どもを追いつめる空気があったといえよう。盛り上がりの輪に入れなかったからこそ、他の人より余計に記憶が鮮明で、ノスタルジーに流されがちな子ども時代に潜む、時代からの影響を分析することができたのだろう。
 なんとなく伸びやかなものとイメージしていたこの時代の小学校教育と、当時の資料から見えてくる現実のギャップに驚く。小学生なのに大人の政治活動さながらに、自他の批判・追求をし、演説をぶち、教育的にも奨励されていたこと。また、個人的なるものはマイナス視され、集団のまとまりを称揚すること。隔世の感がある。しかし、たしかに自分の小中学時代(七十年代後半から八十年代前半)にも残骸は残っていたことを確信した。自分の受けた小中学教育が、どんな経緯とバックボーンを持っていたのか、新たな視点を与えられた。

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  神田 宏
 
評価:★★★☆☆
 1974年、「戦後民主主義」の名のもとに勃興した大衆運動が瓦解し、個別のテロリズムへと変質を遂げてゆくなか、東京近郊の中産階級が住まう大規模団地は団塊の世代の子供たちの歓声が響き、彼らが通う「滝山七小」では、父兄や教師たちにより独自で自主的な教育方針へと舵を切るクラスがあった。国や教育委員会の押し付けを拒否し、生徒の自主性を重んじ、生徒が主体的にクラスの運営に参加してゆくという、夢のようなひと時が訪れた。それを著者は「滝山コミューン」と呼ぶ。大衆の革命の夢が破れ、多くの学生、知識人が家庭に戻る中、革命家を自称する活動家は山にこもり、そのあまりに私的な理念はその残虐性の牙をより鋭利に磨いていた時代に呼応するかのごとく、団地という集団の中から子供の教育というより私的な関心を高める親や教師たちによって、それは始められた。その自主的運動がやがてイデオロギーをまとい(いや、その発生そのものがイデオロギーを秘めていたのだから、それが顕在化したというべきか)、先の大衆運動の後を追うように瓦解してゆく様を、当の「七小」の生徒として体験した著者が、私的ドキュメンタリータッチで描く回顧録。確かに、輝かしい一面もあったコミューンはやがて人々がより私性(その私性の過度の拡大の産物が教育現場でのいじめ問題だと私は思っている)を強めるにあたり団地の近隣同士のつながりが希薄になるにつれ、崩壊していったのだ。しかし、公立の小学校にあって「慶応」を目指す、エリートであった著者の筆に、自らが指摘するように選民的思想はなかったろうか? その高い位置からの俯瞰の視座にやや違和感を覚えながらも、「戦後民主主義」が輝きを失っていなかった時代の息吹はしっかりと伝わってくるのであった。

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  福井 雅子
 
評価:★★☆☆☆
 東京郊外に開発されたマンモス団地の小学校を舞台に行われた、自由と民主主義を理想としたはずの革新的な教育を、30年の時を経て再検証するドキュメンタリー。
 自分が小学校時代に受けた教育にも、ここまで強烈にではなかったが、似たようなことはあった。班ごとの競争と連帯責任、忘れ物などの減点棒グラフ、個人糾弾になりかねない「反省会」など、当時の私はそれを説明する言葉こそ持っていなかったが、かなりの違和感と不満を抱いていた。大人になった今、この国の教育者たちは「自由」「自主性」「個性」といった言葉の意味を、実は間違って理解していたのではないだろうかと思えてならない。だから今、自由とか個性の名の元に無責任で自分勝手な行動をする人達や、真の勇気や自主性を持てない人達でいっぱいの、思いやりといたわりの心に欠ける社会になってしまっているのではないか、と。そんなことを考えながら鬱々とした気分で読むことになってしまったが、作品自体は冷静な学者の視点で分析がなされたドキュメンタリーの秀作である。ただ、社会学的なこのテーマに興味を持てないと、社会学の論文をいやいや読まされているような気分になりかねないため、読む人を選ぶ作品ではあると思う。

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  小室 まどか
 
評価:★★★★☆
 60年安保闘争以後、全共闘運動などを機に再燃した「政治の季節」が終わりを迎える頃、「私生活主義」とされていた団地住民の母親と児童、そして全共闘世代の教師を中心に、「民主的な」学園の確立を目指した「滝山コミューン」は生まれた――。
 筆者は、後の運命を決定付けたとも言える当時を、小学生時代の作文や日記、同級生や母親、教師らの証言から、徹底的に再構成する。社会主義の理想が未だ有効であった頃に生まれたコミューンが、しかし集団主義のイデオロギーに毒され、知らず知らずのうちに教育という名の権力に支配されていくさまが、他愛ない日常のなかにしっかりと刻まれていた。軍隊まがいの厳しい逸脱の取り締まり、“ボロ班”の存在、異端者への痛烈な批判や選挙活動……1980年代後半に小学校生活を送った私にとっては、目を瞠るような出来事の連続である。共同体を運営していたはずの側にも、筆者をはじめ馴染まなかった側にも深い傷を遺した戦後思想の思わぬ影。子どもらの声にならない叫びを聞け。

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  磯部 智子
 
評価:★★★★★
 課題にならなければ恐らく読むことが無かった本だが、読んで本当に良かった。かつて小学生だった大人たちの中で、ずっと胸のつかえを下ろせないでいるのは多数派なのか少数派なのかは知らないが、私にとっては忘れられないあの頃が、この本の中にぎっしり詰まっていた。冒頭に引用されたのは「民主主義の本質をなすものは、第一に、同質性ということであり、第二に、必要な場合には、異質なものの排除ないし絶滅ということである」。個VS集団、自由VS平等、民主主義の理念を実践(実験)することが最もたやすい場所は小学校だった。その中で「自分の考え」だと植えつけられた錯覚のもと、駒のように動かされることに反発した小学校時代の記憶が甦る。この本を読み、過去に明確な輪郭を与えられたことで、やっと精算できたと思ったし、中学生の子供がいる私は未だ渦中にいるとも思った。何も変わっていない、立場を取り替えて連鎖は続いている。集団が個人を押しつぶしていたあの時代、地方によっては今だ同じ時を刻み、そして新たな個人偏重も形を変えた「大勢の意見」ではないかと考えてしまう。今そこにも問題はある。過去を振り返る意味は、これからも考え続けることにあるのだという思いが一層強まる必読の書。

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  林 あゆ美
 
評価:★★☆☆☆
 本書で引用されている、「社会という集合的な出来事は、いつでも個々人の具体的な生を通じて現れる。個々人の具体的な生の軌跡は、その人が生きる社会のなかでの社会的な出来事としかありえない。そうである以上、『私』をめぐる思考は、社会学的な論理に支えられる限りつねに、『社会をめぐる思考なのだ』」(『郊外の社会学』ちくま新書/若林幹夫)この文章に深く共感せずにはいられないと著者は書く。なるほど、最初に読んだ時に、この『私』中心に考察された学校教育やPTAの在り方に感じるところがなかった。すばらしい記憶力を元に、ごく一部の学校関係者の取材が浮き彫りにされているものは、やはりごく一部でしかないのではと思えたのだ。親の立場では当時をどう見ていたのだろう。著者がこれほどまでに身のおきどころを感じられなかった小学校生活は、家庭から、親の目からはどう見えていたのだろうか。

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