WEB本の雑誌>今月の新刊採点>【単行本班】2008年6月の課題図書 >望月香子の書評
評価:
登擧技術が完璧で優秀な親友安西が、滑落したという知らせに動揺する草庭。「安西は、なぜ落ちたのか」という疑問が湧く。親友の死の真実を知るために、ある事故で3年間山から離れていた草庭が、もう一度、山と向き合うことを覚悟する…。
草庭の、硬派な性格と、行動力が格好良い。山を愛し敵としていた親友のために、再び山に登り、そして真相を探ってゆく様子は、謎が解明されてゆくのと同時に、草庭と周りの人間模様が描かれているのが、硬質で熱い。どこか不器用な草庭と、男の友情がひしひしと染みわたっています。
後半4分の1が特に、驚きの展開です。友情山岳ミステリと呼びたい作品。
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なさそうで、ありそうな物語が6つ詰まった短編集。それとも、ありそうで、なさそうなのか。なんだか混乱するけれど、世の中のB面を見せてくれるストーリーがたまらなく魅力です。
タイトルになっている「乾杯屋」が、特に好きです。先行きが明るくない芸能記者が、退職金をはたいて買った権利、乾杯屋。業界のパーティーで乾杯の音頭をとる仕事って…。えっ、えっ?! と思っているうちに、物語にのめりこんだと思ったら、物語がラストを迎えるという、短編の醍醐味を味わえます。
登場人物は、元風俗嬢や芸能界の元有名人、人気歌手などですが、その設定に頼らずに、登場人物の人間自体を軸に描いているので、それがストーリーと共に流れ、拍手ものの短編物語りとなっています。
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夫に好きな人ができたと知った妻、のゆり。自己主張が少なかったのゆりが、夫との関係を見直す過程で、変化してゆく。そして、夫婦は…。
人間の決意の儚なさ、人間の強さが繊細に描かれています。のゆりが変わってゆく様子にはのゆり、頑張れ、と応援してしまう。のゆりのどこか薄いイメージが、だんだんと濃くなってゆくのを嬉しく感じるけれど、切なすぎる。突然の状況の変化にどう生きてゆくのかで、人としての強さが分かるのかな。のゆりと卓哉、のゆりの叔父の真人、卓哉の恋人のそれぞれの恋愛と結婚観の渦を見ると、どうしたら幸せか、という結論を欲してしまいます。けれど、そんな枠におさまる結論がないのがほんとだし、川上文学なのだなぁ。
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洋製ホラーより、和製ホラーのほうが恐ろしい。そんな言葉を思い出す作品です。特に前半の「成人参り」の山中でのシーンは、内臓がざわつくような気味の悪さです。怖い…。その「成人参り」に出かけた郷木家の四男、靖美が遭遇してしまった数々の恐ろしい謎が軸となり、物語は進みます。奇妙な童謡、六地蔵にまつわる言い伝え、忌み山と呼ばれる恐ろしい山、連続殺人、狂気の人となってしまった人物など、恐ろしい種があちらこちらにまかれてあります。この事件に興味をもった作家、刀城言耶が解いてゆく殺人事件の行方が、これまた複雑怪奇。刀城言耶の冷静さが、唯一の救いと思えるほど。
シリーズ3作目ということなので、未読のあと2作品を読まなきゃです。
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享保13年の長崎が舞台。長崎の湊に到着した象。象は、歩いて江戸城へと向かう…。
象の糞を売る人、象を斬ろうとする娘、象を診る医師、象の錦絵を描く絵師など、それぞれから、人生のひとかけらが語られます。
人間模様、それぞれの人生が描かれているのですが、それがドラマティック。印象的なシーンが多くあり、ところどころにアフォリズムが込められているようです。
最初から終わりまで、そのリズムが保たれていて、特にラストがたまりません。著者の小説、もっと読みたいです。
評価:
16のバラエティに富んだ短編集。犯人当てのミステリからオマージュ作品、官能的作品までが詰まってます。なんだかごちゃごちゃしたイメージですが、一貫したテーマがないというのが面白かったです。
物語の途中に、作者からのメッセージ「凶器はどこに消えたのか? 犯人は誰なのか? ここで推理してみてください」があったりで、遊び心もぴちぴちしています。
驚きの終末を迎えるミステリがあるかと思えば、露のしたたるような官能的な物語をひとりの作家から1冊で読めるのがよかったです。こういう形式の本がもっとでたらいいなぁと思います。
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「恋」をテーマにした11の短編集。なのだけど、「普通の恋」とはひと味もふた味も違った変、じゃなかった、恋の物語。
壁に恋をして、壁と結婚した(法律的には認められていないらしいですが)女性が、最近ニュースになりましたよね。この短編集は、そんな要素が満載です。一本の木を熱愛したり、皮膚がだんだん宇宙服になってしまう病気があったり…。特に度肝を抜かれたのが「まる呑み」。子供を欲しがっている夫婦の妻が、庭の手入れをしにきた男の子を、いきなり…。
奇想天外な物語を、妙に真っ直ぐな気持ちで読めるのが不思議です。複雑なようで、シンプルに生きてる人たちを見ているようで、どこか羨ましいのかもしれません。
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