『聖域』

  • 聖域
  • 大倉崇裕 (著)
  • 東京創元社
  • 税込1,890円
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評価:星3つ

 登擧技術が完璧で優秀な親友安西が、滑落したという知らせに動揺する草庭。「安西は、なぜ落ちたのか」という疑問が湧く。親友の死の真実を知るために、ある事故で3年間山から離れていた草庭が、もう一度、山と向き合うことを覚悟する…。 
 草庭の、硬派な性格と、行動力が格好良い。山を愛し敵としていた親友のために、再び山に登り、そして真相を探ってゆく様子は、謎が解明されてゆくのと同時に、草庭と周りの人間模様が描かれているのが、硬質で熱い。どこか不器用な草庭と、男の友情がひしひしと染みわたっています。
 後半4分の1が特に、驚きの展開です。友情山岳ミステリと呼びたい作品。

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『乾杯屋』

  • 乾杯屋
  • 三田完 (著)
  • 文藝春秋
  • 税込 1,450円
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評価:星4つ

 なさそうで、ありそうな物語が6つ詰まった短編集。それとも、ありそうで、なさそうなのか。なんだか混乱するけれど、世の中のB面を見せてくれるストーリーがたまらなく魅力です。
 タイトルになっている「乾杯屋」が、特に好きです。先行きが明るくない芸能記者が、退職金をはたいて買った権利、乾杯屋。業界のパーティーで乾杯の音頭をとる仕事って…。えっ、えっ?! と思っているうちに、物語にのめりこんだと思ったら、物語がラストを迎えるという、短編の醍醐味を味わえます。
 登場人物は、元風俗嬢や芸能界の元有名人、人気歌手などですが、その設定に頼らずに、登場人物の人間自体を軸に描いているので、それがストーリーと共に流れ、拍手ものの短編物語りとなっています。

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『風花』

  • 風花
  • 川上弘美 (著)
  • 集英社
  • 税込1,470円
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評価:星3つ

 夫に好きな人ができたと知った妻、のゆり。自己主張が少なかったのゆりが、夫との関係を見直す過程で、変化してゆく。そして、夫婦は…。
 人間の決意の儚なさ、人間の強さが繊細に描かれています。のゆりが変わってゆく様子にはのゆり、頑張れ、と応援してしまう。のゆりのどこか薄いイメージが、だんだんと濃くなってゆくのを嬉しく感じるけれど、切なすぎる。突然の状況の変化にどう生きてゆくのかで、人としての強さが分かるのかな。のゆりと卓哉、のゆりの叔父の真人、卓哉の恋人のそれぞれの恋愛と結婚観の渦を見ると、どうしたら幸せか、という結論を欲してしまいます。けれど、そんな枠におさまる結論がないのがほんとだし、川上文学なのだなぁ。

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『山魔の如き嗤うもの』

  • 山魔の如き嗤うもの
  • 三津田信三 (著)
  • 原書房
  • 税込1,995円
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評価:星4つ

 洋製ホラーより、和製ホラーのほうが恐ろしい。そんな言葉を思い出す作品です。特に前半の「成人参り」の山中でのシーンは、内臓がざわつくような気味の悪さです。怖い…。その「成人参り」に出かけた郷木家の四男、靖美が遭遇してしまった数々の恐ろしい謎が軸となり、物語は進みます。奇妙な童謡、六地蔵にまつわる言い伝え、忌み山と呼ばれる恐ろしい山、連続殺人、狂気の人となってしまった人物など、恐ろしい種があちらこちらにまかれてあります。この事件に興味をもった作家、刀城言耶が解いてゆく殺人事件の行方が、これまた複雑怪奇。刀城言耶の冷静さが、唯一の救いと思えるほど。
 シリーズ3作目ということなので、未読のあと2作品を読まなきゃです。

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『享保のロンリー・エレファント』

  • 享保のロンリー・エレファント
  • 薄井ゆうじ(著)
  • 岩波書店
  • 税込1,575円
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評価:星4つ

 享保13年の長崎が舞台。長崎の湊に到着した象。象は、歩いて江戸城へと向かう…。
 象の糞を売る人、象を斬ろうとする娘、象を診る医師、象の錦絵を描く絵師など、それぞれから、人生のひとかけらが語られます。
 人間模様、それぞれの人生が描かれているのですが、それがドラマティック。印象的なシーンが多くあり、ところどころにアフォリズムが込められているようです。
 最初から終わりまで、そのリズムが保たれていて、特にラストがたまりません。著者の小説、もっと読みたいです。

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『壁抜け男の謎』

  • 壁抜け男の謎
  • 有栖川有栖(著)
  • 角川グループパブリッシング
  • 税込 1,575円
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評価:星3つ

 16のバラエティに富んだ短編集。犯人当てのミステリからオマージュ作品、官能的作品までが詰まってます。なんだかごちゃごちゃしたイメージですが、一貫したテーマがないというのが面白かったです。
 物語の途中に、作者からのメッセージ「凶器はどこに消えたのか? 犯人は誰なのか? ここで推理してみてください」があったりで、遊び心もぴちぴちしています。
 驚きの終末を迎えるミステリがあるかと思えば、露のしたたるような官能的な物語をひとりの作家から1冊で読めるのがよかったです。こういう形式の本がもっとでたらいいなぁと思います。

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『変愛小説集』

  • 変愛小説集
  • 岸本 佐知子(著)
  • 講談社
  • 税込1,995円
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評価:星5つ

 「恋」をテーマにした11の短編集。なのだけど、「普通の恋」とはひと味もふた味も違った変、じゃなかった、恋の物語。
 壁に恋をして、壁と結婚した(法律的には認められていないらしいですが)女性が、最近ニュースになりましたよね。この短編集は、そんな要素が満載です。一本の木を熱愛したり、皮膚がだんだん宇宙服になってしまう病気があったり…。特に度肝を抜かれたのが「まる呑み」。子供を欲しがっている夫婦の妻が、庭の手入れをしにきた男の子を、いきなり…。
 奇想天外な物語を、妙に真っ直ぐな気持ちで読めるのが不思議です。複雑なようで、シンプルに生きてる人たちを見ているようで、どこか羨ましいのかもしれません。

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望月香子

望月香子(もちづき きょうこ)

 1981年生まれ。一人前のライターを目指し、奮闘中です。静岡県出身、今は東京都豊島区在住です。好きな本のジャンルは、小説、書評、インタビュー、エッセイ。
 好きな作家は、山田詠美、小池真理子、花村萬月、桐野夏生、三島由紀夫、斉藤美奈子、本橋信宏など。忘れられない本はパール・バックの『大地』。チャレンジしたい本は九鬼周造の『「いき」の構造』。よく行く書店さんは、芳林堂高田馬場店、あおい書店高田馬場店、新宿紀伊國屋です。のめりこんでしまうような小説に出会い、それを読み途中の期間、その物語の主人公のような気分で生きてしまうという、ちょっと行き過ぎな没頭癖があります。

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