WEB本の雑誌>今月の新刊採点>【単行本班】2008年6月の課題図書 >『風花』 川上弘美 (著)
評価:
川上作品特有の安定感、安心感は相変わらず。なにゆえ、これほどほんわりと染みてくるのかしらんと考えてみたのですが、思うに川上さんが描く人物には大きなドラマはあるものの、彼・彼女たちは飄々としながら、それに押し潰されない強さを持っているからかな、と。
本作は四季折々の言葉を通じての連作集。主人公・のゆりさんに降りかかる夫の不倫騒動、若い男・瑛二とのビミョーな関係、繰り返される無言電話など、どうなるのだろうと読み手はヤキモキすることしきり。のゆりさんのポツポツとした心のうつろいに、いつの間に寄り添っている自分がおりました。「どうするんですか、のゆりさん、あなたはそれでいいんですか」と。
閉じきっていない展開に、彼女の葛藤を感じるのですが、やっぱり強い人なんですね。そんな彼女を見守るように淡々と綴る川上文体が、もう気持ちよくて、気持ちよくて。
ぜひ映画化して欲しいなあと。(のゆり役は麻生久美子かな、石田ゆり子もいいな)
評価:
職場の女性と不倫している夫を持つ妻の話。
正直言ってこの主人公嫌い。まず自分がどうしたいのかがわからないし、ウジウジクヨクヨしてて頼りない。ある種の男性から見れば守ってあげたいとか思われるんだろうけど、そばに居られるとイライラしてくると思う。不倫しちゃうダンナも最初は守ってあげる感から一緒になったんだろうけど、だんだん自己主張しない奥さんに飽きて正反対のハキハキした女性に恋をしてしまったのでしょう。浮気はいかんが気持ちはわかる。
本書の中盤までは夫は不倫を続け、妻は別れるか別れないか揺れ動くというところで話がなかなか動かずにウーンと思ってしまうけど、そこからもう少し頑張ってください。別れない、と決めてからは少しずつ強くなり、自分が何をしたいのかがわかってくるあたりから話が動き始めます。夫の転勤や転勤前から続く無言電話の正体がわかってから夫婦の間の空気が変わり始め、妻の心もまたそれまでとは違う方向に動き始めます。
これらを描く川上弘美の少し無機質で人物を突き放したような文章は好きなんだけどやっぱりこの主人公嫌い。
評価:
日下のゆり33歳。システムエンジニアの夫と結婚して7年。匿名の電話で夫の浮気を知らされ、更に夫に離婚をほのめかされる。わたし、離婚した方がいいのかな。
約4年間に渡り、文芸誌に少しずつ掲載されてきたこの作品は、その執筆ペースにあわせて、ゆっくり、ゆっくり読むといいんじゃないかと思う。
のゆりの、ひとつひとつの思いや感情の揺れ動きに、ぐっとくる。悩んだり考えたりするのって大事なことだと思うけれど、ちょっと面倒な作業でもある。そんなことを意識する。
のゆりは何気ないもの、少し時間が経ったらすぐに忘れてしまうものを、ちゃんと見ている。それは風呂場の落書きだったり、靴下の形や色だったり、一緒に食事をとっている人の食べ方や食べる速度だったり。そういうディテール部分をしっかり描いているからこそ、世界に厚みがある。
ずっと本棚に入れておこう、と思った。
評価:
率直に言って、川上弘美さんの描く登場人物に対して時に苛立ちを感じることがある。本書の主人公のゆりにしても優柔不断過ぎやしないか?と思うし、夫の卓哉もはっきりしないし、卓哉の不倫相手は感じが悪いし、と今回は特に読み始めてしばらく「なんだかなあ」感が強かった。
しかしながら、原因はわかっている。自分にものゆり的要素が多分に含まれているからなのだ。私はのゆりと同じく専業主婦で、世間的にはまあ気楽な身分とみなされているのだと思うが、それでも日常生活においてさまざまな選択を強いられる場面に遭遇することはある。母から任された亡父の法事の手配、加入するべき保険の決定、息子たちの衣類の購入などなど…。そんなときふと、「ああ、こういうの全部先送りしちゃえたらな」と思う。後になってたいへんになるのはわかっているにもかかわらず。
卓哉みたいな夫とはさっさと手を切るべき。できるだけ早く自活の道を考えなければだめ。と、言うだけならたやすい。でももし自分が同じ立場だったらやはり知らないふりをしてしまうかも。のゆりに感じる不満は、結局のところ近親憎悪なのだろう。
評価:
夫に好きな人ができたと知った妻、のゆり。自己主張が少なかったのゆりが、夫との関係を見直す過程で、変化してゆく。そして、夫婦は…。
人間の決意の儚なさ、人間の強さが繊細に描かれています。のゆりが変わってゆく様子にはのゆり、頑張れ、と応援してしまう。のゆりのどこか薄いイメージが、だんだんと濃くなってゆくのを嬉しく感じるけれど、切なすぎる。突然の状況の変化にどう生きてゆくのかで、人としての強さが分かるのかな。のゆりと卓哉、のゆりの叔父の真人、卓哉の恋人のそれぞれの恋愛と結婚観の渦を見ると、どうしたら幸せか、という結論を欲してしまいます。けれど、そんな枠におさまる結論がないのがほんとだし、川上文学なのだなぁ。
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