WEB本の雑誌>今月の新刊採点>【単行本班】2008年6月の課題図書 >『乾杯屋』 三田完 (著)
評価:
お初の作家さんだったので、作風を掴もうと6つの短編を読み進めるのだが、統べて「こんな小説」とは言えないかなあと。表題作の「乾杯屋」は芸能界ウラ話的な奇想(かな?)であり、その他は「ちょっとイイ話」系だったり。個人的には永倉萬治なんかを連想した次第。人の情念をネットリと描いた感じは、好きな人は好きなはず。自分も好きです。
短い物語の中に散りばめられた主役達の人生は、かなり濃密で、官能的で、何気に退廃感がムンムンと漲っております。その「独特の毒」のようなものを湛えながら、一人称で物語が綴られた作品も、どことなく人物を突き放したような感覚で描かれている気がするから、余計に場面場面がくっきりと浮かび上がって……嗚呼、クセになりそう。でもこれ、自分が男だから感じてしまうのかも。女性が読めば違うのだろうな。
とまれ、新たな作家さんに出会えて、また楽しみが増えました。
評価:
「乾杯屋」って本当に存在するのか?でも芸能界ならありそうだと思いながら読んだ表題作をはじめ、なんだかありそうだけど現実ではないのかなと思わせる話が6編入った短編集。面白いと思ったのは「乾杯屋」「女王の食卓」「メイクアップ」の3編。
「乾杯屋」はパーティで乾杯の音頭を取る役目を退職金をはたいて買った窓際芸能記者の男が芸能界の裏側を見ることになり、自身もまた徐々に変わっていく話。ウエー、芸能界って怖いなあ、と思いながらその芸能界でたくましく生きる人間の姿が滑稽であり、また哀しくも思える。「女王の食卓」はポップソングの女王とその夫を付き人の目から見た話。モデルはあの人か?と下世話なことを想像してしまう。「メイクアップ」は元風俗嬢が縁あって葬儀場で湯灌の仕事をするようになるこの短編集では一風変わってハートウォーミングな話。しかし、芸能界ではないにしろ性と死という人間の最も裏側の部分に触れていると言う点では同じ。
どの話もその底辺に人間の持つグロテスクさのようなものが見え隠れしており、それが時に読者の心に触れるとゾゾッとさせている。そこがこの短編集がただの奇譚にならないところなのかもしれない。
評価:
青春小説って私は好きだし、よく読むけれど「今だから面白いんだよなあ」って思ってしまうことがしょっちゅうある。30年後に、その時代の新作現代青春小説を楽しんで読める自信はない。そんときに何を読めば良いんだろうって思って、出した結論の一つが歴史小説で、だから今、意図的に歴史小説はあんまり読んでない。北方水滸伝とか超読みたいけれども「これは多分30年後に読んでも面白いから」とか思って取っておきたくなる。
でも、本書みたいな小説が、いまも、30年後にもあるのなら、別に無理して歴史小説を取っておかなくても良いかな、という気分になった。
というわけで、本書は50~60代の方たちが、メインの登場人物として出てくる短編集っす。著者自身が、その世代のためか、若手作家の描く壮年期の人物より「本当らしさ」が出ていて、そーなのかー、と。作品は粒ぞろいで、気持ち良いばかりでなく苦味も混じる感じ。いいね!
ただ、一つ。17歳の女の子を一人称語り手に採用した「匂鳥」はちょっと……。話の筋は好きなんだけど、文章(文体)やディテールに違和感。無理がある感じがしてしまいました。
評価:
著者の名前を初めて知ったのは第137回直木賞候補にあがったとき。そのときの候補作の題名から時代小説家なのかと勝手に思いこんでいたら、ずいぶんと下世話な(中傷して言っているのではないが)現代ものだったのでちょっと驚いた。
本書には6つの短編が収められており、そのほとんどの主人公が多かれ少なかれいずれも、ギラギラしていて人生まだまだあきらめはせんぞと息巻いている中高年男性だ(若者が主人公の場合も、野心的なタイプ)。本書を読んで「俺だって」と意気込む同年代諸氏は多いのかもしれないが、個人的には(自分も十分中年なわけだが)ちょっと食傷気味。もちろん年配の人々がエネルギッシュであることに対して文句を言うつもりはまったくないのだが、「好みのタイプ=笠智衆&山本学」である身には少々刺激が強かったな~。
評価:
なさそうで、ありそうな物語が6つ詰まった短編集。それとも、ありそうで、なさそうなのか。なんだか混乱するけれど、世の中のB面を見せてくれるストーリーがたまらなく魅力です。
タイトルになっている「乾杯屋」が、特に好きです。先行きが明るくない芸能記者が、退職金をはたいて買った権利、乾杯屋。業界のパーティーで乾杯の音頭をとる仕事って…。えっ、えっ?! と思っているうちに、物語にのめりこんだと思ったら、物語がラストを迎えるという、短編の醍醐味を味わえます。
登場人物は、元風俗嬢や芸能界の元有名人、人気歌手などですが、その設定に頼らずに、登場人物の人間自体を軸に描いているので、それがストーリーと共に流れ、拍手ものの短編物語りとなっています。
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