『聖域』

聖域
  1. 聖域
  2. 乾杯屋
  3. 風花
  4. 山魔の如き嗤うもの
  5. 享保のロンリー・エレファント
  6. 壁抜け男の謎
  7. 変愛小説集
佐々木克雄

評価:星3つ

 あれ、この作家さんって山岳モノを書く人だったかな、と「?」気味にページをめくる。すると待っていたのは、それはそれは熱い山男たちのドラマ。雪山を行く彼らの真白な息まで見えてきそうな臨場感に、読み手も思わず空想のザイルを握りしめる。
 とはいえ、話の芯はミステリです。遭難死した仲間の原因をつきとめるべく、山を久しく離れた男が戻ってくる。彼が探り当てた真実とは!?──てな宣伝文になると思うのですが、中盤まではミステリとして淡泊すぎやしないかと不服だったのです。でもね、終盤でガツンとかましてくれますよ、ガツンと。(それを読めてしまった自分は、ヒネクレ者ですが)
 ジャンルに特化した小説は、その世界観を味わえるだけで十二分に読み応えアリと思います。昨年は近藤史恵『サクリファイス』が然り。本作はとにかく山男がカッコイイ! 遭難救助隊員の台詞「山と判り合おうなんてしないことです」なんて、シビレますがな。

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下久保玉美

評価:星4つ

 大倉崇裕といえば「落語」というイメージがあります。実際、デビュー作は落語ミステリで私が初めて読んだ著作もこのデビュー作『三人目の幽霊』です。面白いのに地味なのよねえ、早く文庫化して書店員さんに仕掛けてもらって売れてくれないかなあ…(てか自分が仕掛けろよという話だけど)とずっと思っていたら、辞めた後に文庫になってしまいましたよ。残念、いやいいことなんですが。で、その大倉崇裕の最新作が山岳ミステリ。え、山?落語は?と戸惑いながらも読み始めるとこれが止まらない。
 ある事故をきっかけに登山をやめてしまった男が大学時代からの親友に誘われて久しぶりに山に登った10日後にその親友が山から滑落し行方不明に。しかし親友は山に関してはプロ。なぜ滑落したのか、事件ではないだろうかと男はその謎を追うという話。
 謎を追う過程で親友の恋人の死にも疑問が浮かび、そして自身が山をやめるきっかけとなった事故にも向き合うことになるなど、これまでの作品に比べずっとシリアスで作りこんだミステリになってます。ただ、結末を少し急ぎすぎたかと。もう少し枚数を使って解決部を丁寧に描いた方が余韻も残ってよかったのではないかと思います。

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増住雄大

評価:星3つ

 自分が本当に好きなことを、仕事に絡めるのって、勇気がいる。だって、それで上手くいかなくて、好きだったことが好きじゃなくなっちゃったら目も当てられない。
 本書はどのくらいの勇気を出して書かれたんだろうか。大学時代に山岳系サークルに所属していた著者が、渾身の力で書き上げた(構想から完成まで10年!)本作は、力作という言葉が似合う、力強い「山岳ミステリ」だ。
 好敵手であり親友でもあった安西が、難易度の低い山で滑落したという知らせに草庭は動揺する。一体なぜ滑落したのか? その謎を解き明かすために、三年前のある出来事以来、山に登るのをやめていた草庭は、再び山に向き合うことを決意する。
 私は登山をほぼ経験したことがない。だから私の身体は実際の登山を知らない。なのに、読んでいて、過去にしたことを身体が思い出すような、不思議な感覚に陥った。それぐらいの描写だった。山を好きなことが伝わってきた。

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松井ゆかり

評価:星4つ

 山岳ミステリーというものには常に一定の需要があり、必要十分な量かはわからないがコンスタントな供給もある。私自身はそれほど詳しいわけではないのだが、ある種の読者には強く訴えかけるジャンルであろう。
 「聖域」でいちばんよかったと思うのは、主人公が恋愛にかまけていないところだ。山岳ミステリーには(それほど数を読んでいるわけではないのだが、私の読んだ限りでは)もう、山で亡くなった主人公の親友を忘れられないヒロインとその彼女に密かに想いを寄せる主人公という両名を登場させなければならない決まりでもあるのか、と思うくらい必ず出てくるような気がしていたのだが、本書ではスルー。もしかしたら主人公草庭は亡くなった親友安西の恋人だった絵里子に特別な感情を抱いていたのかもしれないが、その辺のことは詳しく描写されない。よしよし。
 “著者渾身の一作”と呼ぶにふさわしい作品であることは、「あとがき」の著者の文章からもうかがえる。「あとがき」でもうひとつ、桜庭一樹さんのエッセイでおなじみとなった東京創元社の伝説(でありながら現役)の編集者、K島K輔氏に触れられているのも一興。

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望月香子

評価:星3つ

 登擧技術が完璧で優秀な親友安西が、滑落したという知らせに動揺する草庭。「安西は、なぜ落ちたのか」という疑問が湧く。親友の死の真実を知るために、ある事故で3年間山から離れていた草庭が、もう一度、山と向き合うことを覚悟する…。 
 草庭の、硬派な性格と、行動力が格好良い。山を愛し敵としていた親友のために、再び山に登り、そして真相を探ってゆく様子は、謎が解明されてゆくのと同時に、草庭と周りの人間模様が描かれているのが、硬質で熱い。どこか不器用な草庭と、男の友情がひしひしと染みわたっています。
 後半4分の1が特に、驚きの展開です。友情山岳ミステリと呼びたい作品。

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