『ぼくは落ち着きがない』

  • ぼくは落ち着きがない
  • 長嶋有 (著)
  • 光文社
  • 税込1,575円
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評価:星4つ

 スポーツや音楽に打ち込んだり、恋愛にときめいたりするだけが青春じゃない!
 と、思っておるんですよ俺は。じゃあ、何? って「部室でだらだら」がおそらく俺にとっての青春。部活について思い出そうとすると、何より「部室でだらだら」の場面ばかり思い浮かぶんです。具体的に何をしていたかはパッと言えないけど、とても居心地が良かったことだけは確か。文科系の部活で、そこまで熱心じゃないトコに入っていた人は結構そんな感じなんじゃなかろうか。
 その文科系部活における部室の「だらだら感」が味わえて、とっても良い感じな本書。それなりに色々ある――引退した先輩や別の学校に転勤した顧問が来たり、部活内での流行り廃りがあったり、誰かと誰かが敵対したり、誰かが辞めたり入ったり――んだけど、まあ別に日々は普通に過ぎていく、みたいな。
 そんな居心地の良さを堪能するだけでも良いのですが、主人公の独白や、登場人物同士の会話にハッとさせられることも多く、得るものが多い青春小説でした。
 カバー裏のおまけにも大満足。ちなみに私は弓道部でした。

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『カイシャデイズ』

  • カイシャデイズ
  • 山本幸久 (著)
  • 文藝春秋
  • 税込 1,450円
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評価:星3つ

 こんな会社で働きたい!(←帯のコピー)
 そうそう、そうだね。そりゃ嫌なこと、辛いことがあったり、つまんねーな、なんでこんなことを、と思ったりすることもあるでしょう。でもさ、愉快なことや楽しいことがあったり、アツい気持ちがたぎったり充実感を感じたりすることもあるわけさ。
 本書は従業員50人くらいの内装会社が舞台の連作短編。けっこう熱血な営業チーフ、何かと器用な施工管理部、型破りなヒラメキ型デザイナーの三人組を中心に、古株の庶務女史、野心家の営業リーダー、悩み戸惑う若手社員などが織り成すシゴトの日々を描いている。憎めない彼らのシゴトぶりを見ていると「カイシャって何だかおもしろそうだなあ」と思うことうけあい。カイシャって、何より「人」が大事だよね。
 五月はとっくに過ぎたけど今頃五月病にかかってしまった新社会人や「カイシャって、どんなとこ?」な感じの学生さんたちに、ぜひ。

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『ボックス!』

  • ボックス!
  • 百田尚樹 (著)
  • 太田出版
  • 税込1,869円
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評価:星3つ

 ボクシングジム、行ってみるかな。
 今度テレビでやってたら、見てみよう。
 そう思う人を次々生み出すだろう。優れたスポーツ小説(漫画、映画)に出会うと、題材になっているスポーツまで好きになる。かくいう私も、すっかりボクシングが好きになった。
 本書は高校のボクシング部を舞台にしたスポーツ青春小説。登場人物たちのひたむきな努力に心打たれ、汗が飛び散るような臨場感ある試合展開に興奮する。そして繰り広げられる人間ドラマに、思わずうなる。友情、戦い、恋愛、成長、挫折、そして栄光とスポーツ青春モノに必要なすべてがつまっている作品。
 ボクシングの知識がない人でも大丈夫。冒頭の時点では視点人物がボクシング素人なので、ボクシングのルールや用語や考え方を登場人物と一緒に学んでいける。
 一言で紹介するなら「松本大洋『ピンポン』のボクシング版」だろうか。漫画が好きで、でも小説はほとんど読まないような中高生に、ぜひとも薦めたい。

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『さよなら渓谷』

  • さよなら渓谷
  • 吉田修一 (著)
  • 新潮社
  • 税込1,470円
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評価:星4つ

 吉田修一はすごい。
 何がすごいって、上手く言えないところがすごい。……じゃあだめか。ええと、一つのところではなく、いろんなところがすごいところがすごい。
 情景描写がすごい。月並みな表現だが、情景が頭に浮かんでくる。作中人物が住んでいる平屋家屋の風景がはっきり浮かぶし、作中全体に流れるじめじめした暑さや渓流の涼しさを現実のもののように感じる。
 感情描写がすごい。一言では言えない思いを描くのがうますぎる。わかりやすい一単語にはできない複雑に絡まった思いが、読者にわかる形でさらさら描かれているのがすごい。
 そして何よりこの作品は、人によって感じ入るところが違うであろうところがすごい。ここの部分について、こう思った。自分だったらこうしただろう、という意見が無限に出そうな感じ。過去の事件について、俊介とかなこの関係性について、渡辺や俊介の考えについて、結末について、深く共感する人も、対岸のものとして冷めた目で見る人も、強烈な嫌悪感を抱く人もいるだろう。たくさんの人に、どう思ったか聞いてみたくなる。
 とにかくすごい。吉田修一はすごい。すごいんだからすごい。

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『平台がおまちかね』

  • 平台がおまちかね
  • 大崎梢(著)
  • 東京創元社
  • 税込1,575円
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評価:星2つ

 ライトな読み応えの、人が死なないミステリ連作短編集。
 文芸系中堅出版社の新人営業が主人公。日々の業務(書店めぐり)の中で、色々な事件(というほど大袈裟なものじゃないか)にぶちあたる。一昔前の自社文庫本が何故か大量平積みされている!? いつも元気な書店員さんの元気がないのは何故? 新人賞贈呈式で予想外のトラブル発生!? 長年、地元の人に愛されてきた絵本屋さんが店をたたんだ理由は? 出版社の営業対抗POP合戦!?
 著者が書店員経験者だからこそ描ける現場のリアリティ。普段、消費者の立場でしか行くことのない書店。その裏側では、こんなドラマが繰り広げられていた。
 ミステリというよりは「本にまつわる、心あたたまるおはなし」くらいの気持ちで読むと良いと思います。全編「本」がキーになる話なんで、本好きにはたまらんかも。
 こういう物語がたくさん出て、編集ではなく営業になりたくて出版社を受ける人が増えたらおもろいね。

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『ザ・ロード』

  • ザ・ロード
  • コーマック・マッカーシー(著)
  • 早川書房
  • 税込 1,890円
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評価:星4つ

 いつからだろう。自分が何故生きているのか考えなくなったのは。
 いつの話かも、どこの話かもわからない。ただ、何らかの原因で世界は破滅しており、地表には生物がほとんどいない。空は分厚い雲に覆われ、太陽は顔を見せず、気温は下がる一方。冬を越すために、南を目指して歩き続ける父親と幼い息子。
 暗い暗い世界の中で、ぽつりぽつりと交わされる父子の会話。息子のために「善き人」であろうとする父親と、希望のない世界の中で奇跡的なほど純粋な息子。読点のほとんどない地の分と、「」のない会話文が、作品のイメージをどんどん研ぎ澄ましていく。
 何故生きているのだろう。どう生きれば良いのだろう。自我が芽生え始めた頃、繰り返し繰り返し考え続けた疑問を、考え直すきっかけをもらった。
 訳者あとがきにて、様々なSF小説や映画からの影響や類似を挙げているが、私は無知なので、ほぼ全部わからなかった。代わりに浮かんだのは、望月峯太郎『ドラゴンヘッド』。荒廃した世界を二人で歩いていく姿が二つの作品でつながった。

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『前世療法』

  • 前世療法
  • セバスチャン・フィツェック(著)
  • 柏書房
  • 税込1,680円
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評価:星3つ

 リーダビリティ。
 エンタテインメント系作品について語られるとき、たびたび顔を出す単語。これが高ければ、すらすら読めて物語が頭に入りやすくなる。海外小説の場合、翻訳というフィルターを通すため、はじめから日本語で書かれた小説に比べるとどうしても低くなってしまうことが多い。
『前世療法』は、海外小説だけどリーダビリティがとても高い稀有な例。その読みやすさ・テンポの良さに加え、謎が謎を呼ぶハラハラドキドキの展開で、読者の手を止めさせない。
 10歳の少年ジーモンが「15年前に人を殺した」と弁護士シュテルンに告白するところから物語は始まる。最初はまともに取り合わないシュテルンだが、少年の言う通りの場所から白骨死体が見つかり、看護師から話を聞くと、ジーモンは「前世療法」を受けてから前世殺人を証言し始めたらしい。その後も次々と奇怪な出来事が起きて……。
 するする引っ張られるガクブル系サイコスリラー。帯の「少なくとも、10回の絶叫をお約束します。」は……どうなんだろう。絶叫はしなかったです。おもしろかったですけど。

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増住雄大

増住雄大(ますずみ ゆうだい)

 1984年9月18日生まれ。4月より、社会人1年目。神奈川県横浜市在住。
 日本の現代小説が好きです。好きな作家は青木淳悟、阿部和重、伊坂幸太郎、いしいしんじ、絲山秋子、岡田利規、乙一、金原ひとみ、笹生陽子、佐藤友哉、柴崎友香、高橋源一郎、辻村深月、豊島ミホ、長嶋有、中原昌也、中村航、中村文則、西尾維新、樋口直哉、福永信、古川日出男、保坂和志、穂村弘、堀江敏幸、舞城王太郎、前田司郎、町田康、本谷有希子、森見登美彦、吉田修一、吉村萬壱、米澤穂信、渡辺浩弐(五十音順)など
 小説以外だと、漫画や雑誌、酒、格闘技観戦、お笑い、椎名林檎が好きです。
 よく行く書店:丸善丸の内本店、紀伊國屋書店新宿本店、ジュンク堂新宿店、ブックファースト渋谷店、文教堂飯田橋店、ブックス深夜プラス1。

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