『カラシニコフ(1・2)』

  • カラシニコフ(1・2)
  • 松本仁一 (著)
  • 朝日文庫
  • 税込630円
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評価:星5つ

以前、普通の高校生2人が、彼らの通う高校で銃を乱射して自殺した『コロンバイン高校銃乱射事件』が取り上げられているマイケル・ムーア監督のドキュメンタリー『ボウリング・フォー・コロンバイン』を見た。「高校生が銃を持てるアメリカは怖い」と思っていたが、今は日本でも銃乱射事件が起きて、安心できない。さて、高校に通う前の少年達でも簡単に扱える銃、カラシニコフを開発したのが、ロシア人のカラシニコフ(銃と同名)だ。彼は、ライバルの米国製銃・M16の設計者から、「ベトナム(戦争)ではあなたの勝ちだ。」と言われて嬉しかったと語る。彼等が電気機器や製造機器の設計者ならば、互いの技量を認め合う技術者の会話として、普通に見過ごせた。けれど、彼等が造っていたのは、人を殺す武器だ。でも、銃を「人を殺す武器」にしたのは、紛れもないひと自身だとすれば、問題は、銃なのか、ひとなのか。映画『2001年宇宙の旅』で、骨が道具から人殺しの武器へと化してゆく冒頭シーンを思い出した。

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『ハチミツドロップス』

  • ハチミツドロップス
  • 草野たき (著)
  • 講談社文庫
  • 税込560円
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評価:星5つ

なんとも甘い名前のタイトルは、とある中学のソフトボール部の別名。「試合に出て勝ちたい」だの「ソフトボールの腕を磨きたい」なんて目標を持たず、「ただお気楽にやってられればいいな〜」と思ってる女の子達の集まり。その筆頭が、キャプテンに選ばれたカズこと水上果豆子(かずこ)。BFもいるし、出張中の父と母と妹と平凡に暮らしている。このまま3年生になって、何となく引退という道筋が出来ていたのに、熱心な妹チカがソフトボール部に入部してきたことから、平凡な暮らしが崩れ始める。おや、どこかで読んだようなストーリー。例えば、日常に無自覚だった働く女性が、会社のリストラやら組織改編で、自分を見つめ直す…なんて、平安寿子さんの小説にありそうだ。「自分らしさ」と「本当の自分」の狭間で悩む姿は、古今東西、いつでも、どこでも、同じこと。やせ我慢も意地悪も、悲しみさえも、みんな自分の肥やしにしてゆくオンナノコの逞しさは、こんな頃から培われてゆくんだなぁ。

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『レイコちゃんと蒲鉾工場』

  • レイコちゃんと蒲鉾工場
  • 北野勇作 (著)
  • 光文社文庫
  • 税込560円
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評価:星4つ

あなたはどうしますか? 上司が、蒲鉾にさらわれたら。そう、あの、食卓でお馴染みの蒲鉾です。想像できますか? 本作に登場する蒲鉾は、暴走したり、あろうことか、人間に化けたりするんです。これがほんとの、食品偽装。いやいや、違うでしょう。それはさておき、物語の中では、蒲鉾は兵器なんです。それも、平和のための兵器。「そんなものあるか!」と、またもや言いたいでしょうが、いちいちつっかかっていると読めません。ま、ここは一つ、そういう世界なんだなぁと思って、読んでみて下さい。不思議なことはそれだけではありませんから。私達の代わりに、それらのフシギなことを体験するのは、蒲鉾工場に勤める「甘酢君=ぼく」と、小学生のレイコちゃん。それなりに、現実社会と似たような所もありながら、ちょっと違う物語世界は、多少の理不尽さも笑い飛ばしていける軽さを持っています。でも、この軽さに心地よく載せられていくと、最後に、ちょっとひんやり。うーん、いかにも夏向きって感じですね。

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『聖域』

  • 聖域
  • 篠田節子 (著)
  • 集英社文庫
  • 税込720円
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評価:星3つ

篠田さんは、何かに取り憑かれた人を描くことが多い。画家が朱鷺の幻影に悩まされる『神鳥-イビス-』、音楽教師が旋律に取り憑かれる『カノン』、男が湖に住む謎の生物に惹かれる『アクアリウム』、老画家の死の謎に迫る『贋作師』。こう並べると、芸術家が主人公の作品が多い。その中には、美人作家の真実に迫る女性ライター『第4の神話』、女流文学の大家の最後の作品が、果たして本人の作品なのか?という謎に迫る『妖櫻記』など、作家を取り上げた作品もあり、本書もその一つだ。週刊誌の編集から季刊文芸誌に異動になった実藤は、前任の編集者が残していった荷物の中から、古びた原稿の束を発見する。失踪した女流作家の作品「聖域」は、八世紀末の東北地方が舞台だ。だから、東北出身で、東北を作品の舞台に取り上げることも多い作家・熊谷氏が、解説を割り振られたのだろうか。作家の業、宗教観、未完の小説を巡る謎…など、題材が多すぎて、作品の印象が散漫になった。

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『マイナス・ゼロ』

  • マイナス・ゼロ
  • 広瀬正 (著)
  • 集英社文庫
  • 税込800円
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評価:星3つ

昭和20年、ある空襲の夜。隣家の先生が戦火に巻かれて死ぬ間際「18年後にその場に戻ってくるように」と浜田俊夫に頼む。そして昭和38年、約束した場所を訪れた俊夫の前に現れたのは、密かに憧れていた先生の娘・啓子とタイム・マシン。しかも、啓子はどうやら冷凍保存されていて、年を取っていないようだ。さらに、俊夫が戦後18年間、未来を知る何者かによって裕福な暮らしをしていた節もある。どうやら二人を動かす「運命の操り手」がいそうだな。誰だろう?『マイナス・ゼロ』というタイトルの意味は、何だろう? 二つの謎が気になって、物語を先へ先へと読み進めた。映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』にも登場したが、未来を変えると過去が、過去を変えると未来がコロコロ変わって面白い。SFというと未来社会の物語を想像するけれど、ここで描かれているのは、現在から見れば、昭和38年という過去だ。だから従来持っているSF小説のイメージで読んでいくと、違和感があるかも。

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『虚空の旅人』

  • 虚空の旅人
  • 上橋菜穂子 (著)
  • 新潮文庫
  • 税込620円
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評価:星5つ

上橋さんの名前を一躍有名にした『守り人』シリーズの外伝。『守り人』がタイトルについた作品が、新ヨゴ皇国の皇太子を護衛するバルサを主人公に据えているのに対して、『旅人』がタイトルについている作品は、皇太子・チャグムが主人公だ。普通なら甘やかされて育つ王族に生まれた彼は、奇妙な体験をしたせいで庶民達と暮らし、帝王教育では学べないことをいくつも体験している。心優しきチャグムだから、即位の儀に招かれたサンガル王国で起こる陰謀に、知らんふりはできない。ましてや、「神を宿した」として幼い娘が海に葬られると聞いて、自分の境遇を重ね合わせてしまう。皇太子の成長を縦糸に、周辺国の動きを横糸に織りなす物語は、小野不由美さんの『十二国記』シリーズに似ている。弱そうに見えて意外な強さを持っていたり、己の信じる道を貫く気概がある所など、主人公の性格も共通点が多い。自分を知るからこそ、どこまでも謙虚で、他人にも寛容になれるチャグム。理想の国主となりそうな、彼の成長が楽しみ。利発で優しい皇女サルーナ、その姉で、夫の目論みを見越している策士タイプのカリーナなど、サンガル王国の女性達脇役陣も個性的。

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『黙の部屋』

  • 黙の部屋
  • 折原一 (著)
  • 文春文庫
  • 税込870円
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評価:星3つ

ある雨の夕刻、美術雑誌の編集者・水島は、一枚の風変わりな絵を古物商の店先で見つけた。その絵を描いた画家、石田黙に魅せられた水島は、彼の作品をネットオークションで次々と買い求めてゆくが……。本作が普通のミステリものと違うのは、本物の石田黙の作品が、カラー口絵8ページ、本文中に白黒図版30点以上載っている点である。「お前は石田黙だ」と言われてひたすら絵を描き続ける男と、石田黙を探し続ける水島の様子が交互に描かれる。二人は、いつ出逢うのだろう?そして絵を描く男こそ、幻の画家・石田黙なのか?この二つの謎が気になって、どんどん先を読みたくなる。しかし、男の正体が判明すると、謎解きの面白さが薄れてしまう。また、それ以降明かされる事実にも意外性がそれほどないため、緊張感が途中で緩んでしまう。ベースにした事実が足かせとなって、虚構の部分を前面に押し出せなかったからかもしれない。

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勝手に目利き

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『メジルシ』 草野たき/講談社

今月の課題本『ハチミツドロップス』の著者、草野さんの最新刊。両親の離婚を前に、父親の希望で家族で北海道旅行に出かける中学生・双葉が、物語の主人公。『ハチミツ〜』では、主人公の妹が「或るモノ」を食べるシーンがさりげなく出てくる。そしてこの「或るモノを食べる行為」が、家族の秘密と繋がっている。『メジルシ』でも、『ハチミツ〜』と同じく、主人公がこだわっている「或るモノ」が冒頭からさりげなく出て来て、家族の秘密と繋がる。好意を素直に表す父・健一と、感情を表に表せない母・美樹。夫の好意を鬱陶しく感じる美樹も、受け入れてもらえない健一も、どちらの心も痛い。「好きな人に喜んでもらいたい」という思いと、「喜んでもらって、自分を好きになってもらえればいい」という気持ちを線引きするのは、とても難しいから。祖母と母・美樹と双葉、母娘三代の関係は、よしながふみさんの漫画『愛すべき娘たち』の最終話を彷彿とさせた。

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岩崎智子

岩崎智子(いわさき ともこ)

1967年生まれ。埼玉県出身で、学生時代を兵庫県で過ごした後、再び大学から埼玉県在住。正社員&派遣社員としてプロモーション業務に携わっています。
感銘を受けた本:中島敦「山月記」小川未明「赤い蝋燭と人魚」吉川英治「三国志」
よく読む作家(一部紹介):赤川次郎、石田衣良、宇江佐真理、江國香織、大島真寿美、乙川優一郎、加納朋子、北原亜以子、北村薫、佐藤賢一、澤田ふじ子、塩野七生、平安寿子、高橋義夫、梨木香歩、乃南アサ、東野圭吾、藤沢周平、宮城谷昌光、宮本昌孝、村山由佳、諸田玲子、米原万里。外国作家:ローズマリー・サトクリフ、P・G・ウッドハウス、アリステア・マクラウド他。ベストオブベストは山田風太郎。
子供の頃全冊読破したのがクリスティと横溝正史と松本清張だったので、ミステリを好んで読む事が多かったのですが、最近は評伝やビジネス本も読むようになりました。最近はもっぱらネット書店のお世話になる事が多く、bk1を利用させて頂いてます。

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