WEB本の雑誌>今月の新刊採点>【文庫本班】2008年9月 >『黙の部屋』 折原一 (著)
評価:
ある雨の夕刻、美術雑誌の編集者・水島は、一枚の風変わりな絵を古物商の店先で見つけた。その絵を描いた画家、石田黙に魅せられた水島は、彼の作品をネットオークションで次々と買い求めてゆくが……。本作が普通のミステリものと違うのは、本物の石田黙の作品が、カラー口絵8ページ、本文中に白黒図版30点以上載っている点である。「お前は石田黙だ」と言われてひたすら絵を描き続ける男と、石田黙を探し続ける水島の様子が交互に描かれる。二人は、いつ出逢うのだろう?そして絵を描く男こそ、幻の画家・石田黙なのか?この二つの謎が気になって、どんどん先を読みたくなる。しかし、男の正体が判明すると、謎解きの面白さが薄れてしまう。また、それ以降明かされる事実にも意外性がそれほどないため、緊張感が途中で緩んでしまう。ベースにした事実が足かせとなって、虚構の部分を前面に押し出せなかったからかもしれない。
評価:
表紙の黒を基調とした不思議な絵。表紙をめくると同じ画家のものと思われる絵がまた数点カラーで現れる。この絵は何なのか。そして本文では、閉じ込められ絵を描くことを強要される記憶喪失の男。彼を閉じ込めた謎の男はこの記憶喪失の男のことを「石田黙」と呼ぶ。一方、美術雑誌の編集長が偶然購入した謎の絵。その絵を描いた画家の名前も石田黙。一体、石田黙とは何者なのか。謎だらけで始まり、中盤、読者に全容が見えたと思わせておいて、最後にまたスッコ〜ンとひっくり返す面白さ。主人公でもある美術雑誌の編集長のパート、監禁された謎の画家のパート、石田黙の妻と思しき女性のパートとこの三つを繋ぐ時間軸がはっきりしないので、読者は事実と虚構を行きかう不思議な感覚を味わう。あまり謎をひっぱられると、私みたいな辛抱足りない人間は、我慢出来ずに最後とか解説とかを読んでしまうのですが、展開の仕方がうまく、本作ではそういうことをせずに読めました。
評価:
石田黙の絵に魅せられ、気が付いたら不可解な事件に巻き込まれていく。巻き込まれるのは嫌でも、美術雑誌の編集長・水島がハマる気持ち、わからなくもない。表紙と巻頭ではフルカラーで、また文中に挿入される、独特の黒の風景は目に焼き付いて離れないインパクトがある。もしかして(すべてが)ノンフィクションかと思わせる絶妙な構成で、もちろんフィクションですが、さもありなんというリアリティがあった。
というのは、作者自身が水島のように、ある日ネットオークションで石田黙の作品に出会い、必要に迫られて石田黙探しをしたという経緯があるから。なんともドラマチックな話である。詳細は文芸春秋のサイト(本の話:自著の話:「石田黙って、誰ですか?」)や折原一が立ち上げたサイト(「黙の部屋」)で読むことができる。
折原一に発掘された石田黙の、唯一無二の専門書兼ミステリーという不思議な体裁の本。絵画にこんな見せ方があったのだと、ただただ驚かされる。とはいえ、ミステリーとしても秀逸ですから、こんな蘊蓄みたいな話には耳をふさいで存分に楽しんでもらいたい。
評価:
たまたま入った骨董屋でみつけた奇妙な絵のとりこになり、謎の画家・石田黙の消息を追う主人公が、やがて奇怪な事件にまきこまれていくミステリー小説。実在する画家と実在する絵画を使って小説を書くという珍しい趣向をこらした作品。著者自身が実在する石田黙という画家の作品に惚れ込んでこの作品を書いたということで、作品展まで開いてしまったらしい。小説の中に登場する絵画は、実際に写真が挿入されていて、小説に臨場感を演出している。
内容云々よりも、とにかく実在の絵画を使って書く美術ミステリーという手法が斬新だ。次から次へと登場する絵画を中心にストーリーが動いて、最後に画家本人にたどり着くという展開なのだが、次は何が出てくるのか、画家はどんな人物なのか、読者はわくわくしながらストーリーから目が離せなくなる。読み終えて振り返ってみれば、話としては面白みに欠けるようにも思えるのだが、あれだけのドキドキ感を与えてくれた斬新な手法は一読に値すると思う。
評価:
偶然に石田黙の作品を手に入れた美術雑誌編集者は、その絵の不思議な魅力と、なかなか正体がつかめない石田黙という人物にとらわれていく。同時に、石田黙の作品世界のような場所で、囚われ絵を描き続ける男のエピソードが重ねられる。
読んでいる私たちも水島と同じように、彼が実際に活躍していた画家なのか正体がつかめず混乱してくる。絵だけこの小説のために書かれた全くのフィクションなのか。囚われているのは石田黙なのか、別の誰かなのか。カラー図版とところどころに挟まれる白黒の写真を見ながら読み進めるうちに、石田黙の作品の虜になっていく。
石田黙の正体を読む前から知っている人はほとんどいないだろう。あとがきと解説を読めばその正体はわかるのだが、石田黙は正真正銘実在していた画家だ。
作者本人も、石田黙の作品に魅せられ、その足跡を追ううちに、ノンフィクションではなくミステリー仕立てにして世に伝えようと考えたらしい。ミステリーとしても美術書としても楽しめる。また画廊の仕組みや競売、ネットオークションなど普段関わることの少ない美術業界を知ることも出来る。ただし絵画の作品世界にあわせた緊張感漂う前半部分に比べて、後半の登場人物の描写や事件の動機や深みなどは今ひとつと感じた。
WEB本の雑誌>今月の新刊採点>【文庫本班】2008年9月 >『黙の部屋』 折原一 (著)