WEB本の雑誌>今月の新刊採点>【文庫本班】2008年9月 >『マイナス・ゼロ』 広瀬正 (著)
評価:
昭和20年、ある空襲の夜。隣家の先生が戦火に巻かれて死ぬ間際「18年後にその場に戻ってくるように」と浜田俊夫に頼む。そして昭和38年、約束した場所を訪れた俊夫の前に現れたのは、密かに憧れていた先生の娘・啓子とタイム・マシン。しかも、啓子はどうやら冷凍保存されていて、年を取っていないようだ。さらに、俊夫が戦後18年間、未来を知る何者かによって裕福な暮らしをしていた節もある。どうやら二人を動かす「運命の操り手」がいそうだな。誰だろう?『マイナス・ゼロ』というタイトルの意味は、何だろう? 二つの謎が気になって、物語を先へ先へと読み進めた。映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』にも登場したが、未来を変えると過去が、過去を変えると未来がコロコロ変わって面白い。SFというと未来社会の物語を想像するけれど、ここで描かれているのは、現在から見れば、昭和38年という過去だ。だから従来持っているSF小説のイメージで読んでいくと、違和感があるかも。
評価:
年末まで一ヶ月毎に復刊される予定の広瀬正小説全集の第一巻。
タイムパラドックスがナンボのもんじゃい!ってな感じに、時間の輪の中で人をぐるぐるまわしていて、最後は驚きの真相が明らかになる。そんなのアリか。登場人物が自らタイム・マシンで出来ることの実験をしているような描写もあり、これはかなりの確信犯。存在の環? 歴史の自己収斂作用? そんなこと知りませんが、過去・現在・未来の時間の中で人物の相関図が出来上がっていくのを読むのはすごく面白かった。そして読んだ直後は納得出来るんですが、よくよく考えてみると「どういうこと?」と考え込んでしまうところもあり、その考える行為自体も楽しい。
昭和初期の東京の街並は思った以上に進んでいて、物価の細かい描写も含めて、時代の空気感のようなものが味わえて、その部分でも楽しめた。
評価:
思いもよらない仕掛けに唸るとともに、戦中から戦後復興へと移り変わる昭和の激動の時代を行き来して作り出す「新しい過去」が新鮮でした。
タイム・マシン物はSFですが、この分野は歴史物とも言えるかもしれない。知っている過去に乗り込んで(連れていかれて)、活動するのだから。そして、すでに(歴史を)知っている者として、知らない者の滑稽さを楽しむところ、昔あった、「ブッシュマン」という映画を思い出しました。あのコーラの瓶のように、不意に現れたタイム・マシンに翻弄される人たちのドタバタ劇は見事に作りこまれています。
時代を超えていく面白さの他に、俊夫が過去へ飛んだときにお世話になるカシラ一家がほほえましくて好きです。博打にうつつを抜かすけど心意気が憎いカシラ、ダメ亭主を支えるしっかり者のおかみさん。そして、賢い兄にわんぱくな弟。俊夫の持っているお金をあてにしているとはいえ、困っている他人を受け入れちゃうおおらかさ、こんなのんきな居候生活があったかくてなごみました。
評価:
私はタイムトラベルものと呼ばれるSFが苦手である。「タイムマシンで20年前に行って過去を変えてしまったら、その人の人生が変わってしまって、だからタイムマシンは作られないことになって……」とか、「過去の自分が殺されてしまったら今の自分は存在しないことになって……」とか、変わってしまった過去が及ぼす影響をたどっていくと矛盾だらけでわけがわからなくなるからだ。だから、タイムトラベルものの映画や本は、終わった後でも「何かがおかしい」という感覚がいつも残ってしまい、どうもすっきりしない。
しかし、この作品に関しては、過去と未来を結ぶ糸が複雑に絡まりすぎて、私にはお手上げだったのだ。複雑すぎて矛盾を感じる余裕すらなかったためか、ごまかされたような気にもならず、かえって素直に楽しめた。おそらく、タイムトラベル小説のファンなら至福の時間をすごせると思われる作品だった。
評価:
昭和20年の疎開先で受けた空襲。お隣に住んでいた学者風の父親はなくなり、ひそかに思いを寄せていた娘さんは行方不明になってしまう。
18年後、その場所を再び訪れた主人公は、タイムマシンに乗ってやってきた、18年前と同じ姿の娘を見つけることになる…。
ところが一風変わっているのが、タイムマシンを手に入れた主人公は、タイムマシンを自在に操って動き回ることができず、逆に振り回されその運命を狂わされてしまう。タイムマシンから取り残され、そこで生活していかなければいけい。じゃあどうやってお金を稼ぐのか。重大事件やスポーツや競馬の結果を知っていることを駆使して大金持ちになるのか。
この物語の主人公浜田俊夫は、派手なことはせずに、人情深い家族のお世話になりながら、務めていた電気会社での知識を使って生活をしていく。一歩一歩町を歩き、その町のことを知りながら、その町の人と暮らしていく。その地に足が着いたなんとも普通の人々たちがいい。それぞれの時代の丁寧な町の描写もや人々の生活も、タイムトラベルを使ったパラドックスも、どちらも楽しめる一級のタイムトラベル小説。
WEB本の雑誌>今月の新刊採点>【文庫本班】2008年9月 >『マイナス・ゼロ』 広瀬正 (著)