WEB本の雑誌>今月の新刊採点>【文庫本班】2008年9月 >『聖域』 篠田節子 (著)
評価:
篠田さんは、何かに取り憑かれた人を描くことが多い。画家が朱鷺の幻影に悩まされる『神鳥-イビス-』、音楽教師が旋律に取り憑かれる『カノン』、男が湖に住む謎の生物に惹かれる『アクアリウム』、老画家の死の謎に迫る『贋作師』。こう並べると、芸術家が主人公の作品が多い。その中には、美人作家の真実に迫る女性ライター『第4の神話』、女流文学の大家の最後の作品が、果たして本人の作品なのか?という謎に迫る『妖櫻記』など、作家を取り上げた作品もあり、本書もその一つだ。週刊誌の編集から季刊文芸誌に異動になった実藤は、前任の編集者が残していった荷物の中から、古びた原稿の束を発見する。失踪した女流作家の作品「聖域」は、八世紀末の東北地方が舞台だ。だから、東北出身で、東北を作品の舞台に取り上げることも多い作家・熊谷氏が、解説を割り振られたのだろうか。作家の業、宗教観、未完の小説を巡る謎…など、題材が多すぎて、作品の印象が散漫になった。
評価:
偶然発見した未発表小説の続きを読みたくて、所在不明の作者を捜す編集者、という展開の中に、八世紀の東北を舞台に天台宗の僧侶が魑魅魍魎と対決する(か?というところで作品は未完成となっている)という幻想小説風の作中作「聖域」が組み込まれていて、この作中作が滅法面白い。そして現実世界の展開も、謎が明らかになるにつれて幻想的な描写になっていき、尻上がりに面白くなっていく。死について語られる後半にはとても惹きつけられるものがあった。「向こうの世界とこちらは、膜一枚でつながっている」のか? それとも熱力学の第二法則により、人が死んだ後、魂は世界中に拡散し、あの世というものを存在させないのか。最初から最後まで面白い小説だけど、この最後の方の展開は最高。ここで出てくるあの世感というかこの世感には、全部じゃないけど納得。スピリチュアル本を読むのも良いけれど、そういうのに興味がある人にも本作を読んで、「生と死」について考えてみて欲しい。
評価:
以前に読んだことがあったのですが、再読でもまったく色褪せません。下手なホラーよりずっとゾッとさせられました。
実藤が未完の原稿を完成させるため、水名川泉という作家を探す情熱的な行動力と、実藤が虜にされた「聖域」の魑魅魍魎がうずまく怪しげな文章を読ますところが前半の魅力で、ぐいぐいひっぱっていきます。そこに、「聖域」で見せた過去と現在の東北の独特の宗教観、閉塞感、新興宗教の一端とが絶妙に織り込まれていて、それだけで別の話が生まれそう。枝葉まで言葉では表現しにくいような、嫌な気配を感じさせてくれてさすがだと思いました。
醍醐味は宗教と死生観なのでしょう。概して無宗教ですという人が多いこの国で、でも、私たちは死んだら極楽と地獄があるというのをなんとなく受け入れていると思います。ご先祖様を大切にします。魂はあるような気がしています。でも、死んだらどこへ行くか。もし、死後の真実は無になることなのだ! と突きつけられたら、明日から生きていくのがつらいし怖いでしょうね。
評価:
主人公の編集者が、たまたま目にした未完の原稿に魅せられて、その作者である水名川泉の消息を追うサスペンス小説。問題の原稿の内容といい、その後明らかになっていく水名川泉の足跡といい、これはもしかして一種独特ともいえる日本人の宗教観に真っ向から挑んだ小説なのか? とページをめくるのももどかしく、一気に読んでしまった。結論は、私としてはややはぐらかされたような気にはなったが、それでも、土着の「神様」を拝み、相談事は巫女に持ち込み、イタコの存在が生活の中に馴染んでいるような、日本の農村などにみられる複雑な宗教感覚を丹念に描き出している。強弱の差こそあれ、この特異な宗教感覚は日本人の多くが持っている(が外国人にはあまり理解されない)感覚ではないかと思うが、これをうまくまとめて小説に描いた著者の勇気と力量に感服する。
また、難解な表現を使わず、とても読みやすいのにぐいぐいと読者をひっぱっていく力のある文章には感心した。
評価:
雑誌の編集者が、ふとしたことから未完の小説の原稿を手にする。その小説に惹かれた編集者は、小説の結末を追い求め、謎の多い作家の存在を探し始める…。小説と絵画という違いはあるが、今月の課題である『黙の部屋』と同じ展開を持つこの小説だが、ぐいぐいと引き込まれる展開と語りは圧巻。作中で書かれている未完の小説、編集者の運命、謎の作家の正体などが興味を引っ張り続け、一気に読んでしまった。
この謎の作家というのが、民衆信仰が残る村に自ら住み着き、祈祷や巫女などをテーマに作品を書くという。北海道に住んでいるとあまり実感することはなかったが、古い慣習や科学では解決できないことや合理的ではないことは、一昔前までは暮らしの隣にあり、それらと共存していたということを改めて思った。
後半では新興宗教の暗部が出てくるのだが、オウム真理教の一連の事件が起こる前に書かれたというから驚きだ。執筆から14年たった今も、色あせない面白さを持った小説である。
WEB本の雑誌>今月の新刊採点>【文庫本班】2008年9月 >『聖域』 篠田節子 (著)