WEB本の雑誌>今月の新刊採点>【単行本班】2008年9月の課題図書 >望月香子の書評
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長崎は島原が舞台。寛永14年。貧しいがゆえに病に罹りつづける子供たち。それを救いたいと願い、どんな場所へでも病む子がいたら往診する医師。運命に倒れず、立ち向かう男。医師恵舟、寿安らの人間としての強さ、信念、ぶれなさに、ただただ心を打たれます。恐ろしい時代と形容したいほどの、人々の幸せの反対へと突き進む政治の激流に、踏ん張り立ち続け流されない強さ。読んでいて涙が出る小説に、久々に出逢ってしまいました。
もう、とにかく読んでほしいのです。力強い言葉の数々。強さとは、何か、生命とは、何か、という命題の答えが垣間見えたような気がしました。
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午後の2時間番組のラジオDJとして群馬県で喋る野枝。野枝の抱えるコンプレックスや恐ろしいほどそっけない態度のいつもの自分とは、別人のようになめらかに話せるDJとしての時間。
自分を好きになれない、他人と上手くやれない野枝に、自分の心にある貧しさを見せられているようで、なんだか他人と思えなくなってゆくような…。
野枝が出逢った人たちとの関わりによって、ひとつの答えをみつける、というか、それは答えと言っていいのか分からないけれど、野枝のその感じ方に惹かれます。
併録作も、秀逸。たくましい女のこの物語は、抑制されたユーモアが愛しくなってゆきます。物語を読むというよりも、著者の才能を読んでいるような気にまでさせられます。
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母はアルコール中毒、父は蒸発という家で暮らす小学生の姉の美緒と弟の充。2人の面倒をみてくれる母の従妹の薫に連れられ、美緒と充は元検事の永瀬丈太郎の家へと遊びへ行くようになる。
前半は点在するように存在していた人物と事件が、物語が進むにつれいっきに絡まってゆき、霧が晴れるように真相が明らかになってゆきます。薫と永瀬の関係、永瀬が遭った悲劇、その悲劇を生んだ者に対しての永瀬の心…。家庭環境を愛せない美緒は、永瀬の心を知りたいと、そこから何かを見つけたいと切望し、答えを見つけようとする姿に緊張の糸はゆるみません。「犠牲者」である美緒、充、永瀬たちと、いとも簡単に他人を地獄へ突き落とす者の構図が見えるようで、堪らない気持ちになります。人が人を憎むことと、赦すことの出発地点は同じではないかと思いました。
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進学を考えずにこっそりアルバイトをしながら「じっちゃん」と2人で暮らす中学生のタマコ。親にも同棲中の彼女に対しても、ふがいないどころじゃない対応ばかりの「駄目な男」の俺。病気の弟の面倒を見ながら働き2人で暮らす50歳の私。
それぞれの立場や状況は違う登場人物たち。多くを望まずに、自分の暮らしに波風の立たないことを大切に暮らす人たちの、3つの物語集です。
特に「アカペラ」と「ネロリ」が素晴らしい。夢や目的や成長という輝く言葉は、はなから相手にしない、けれど最高にひたむきな主人公。抑制した感情の描写からよけいに心情が読めるため、登場人物の心の水源から、水を浴びせられるようです。
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著者の作品は、気を確かに持って読まなければいけない…。というのが私が舞城王太郎を読むときに決めていることです…。
スーパーSF小説なこの物語は、いったいどうやって受け入れれば?! と思うほどのスケールの大きさ。ときには図解ありの異次元空間へのトリップ。そこでの出来事と出会い。ぷっと吹き出してしまうようなやりとりの数々。著者以外からは味わえない、この独特の世界は、いったいどこまで広がってゆくの?! とついていくのが必死というのもまた醍醐味です。何が本当で、何が嘘? と始終考えてしまいましたが、それって実生活でも同じかも、と、人間のキャパじゃありえないような舞台なのに、自分を通して読ませるというのが凄い。
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ユダヤ人の父とフィラデルフィア出身の母、その3人の子供の5人家族は、各々が素晴らしい音楽の才能を持ち生まれる。音楽を通して家族を奏でていた一家に起こる、悲劇…。父と母、その3人の子供と、2つの世代で物語は交互に語られます。
20世紀のアメリカの人種問題を、細かいディティールの層で、そのときを生きているかのように物語りが迫ってきます。
家族の絆、人種問題、夢、挫折という大きなテーマと、オペラなどの楽曲が演奏される場面とが合わさり、物語の波の高さは何倍にもなります。優しさとかなしさが、一行一行からこんなにも溢れる物語には、そうは出逢えないと思います。
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共感覚(字や音に色が見える、ものを食べたときに形を感じることなどを、そう呼ぶそう)を持つサンディエゴ市警の刑事ロビー・ブラウンローが、謎の死の真相を追うという物語。刑事ロビーの持つ共感覚とは、相手の言葉に込められた感情が色と形で見える、つまり、相手の嘘を見抜ける能力を持っていること。
刑事さんにそんな能力を持たれたら、犯罪者はたまったもんではないんじゃないか、すぐに捕まってしまうんじゃないか。と、非常にてきぱきしたヒーローものなのかな、と思ったけれど、そうじゃないのがこの物語の魅力に思えました。
事件の真相が明らかになるに従い、様々な人間模様が見えてきます。未来を照らす温かい場面には、ほっとします。
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