『われらが歌う時』

われらが歌う時
  • リチャード・パワーズ(著)
  • 新潮社
  • 税込 3,360円
  • 2008年7月
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  1. 出星前夜
  2. ラジ&ピース
  3. 七月のクリスマスカード
  4. アカペラ
  5. ディスコ探偵水曜日
  6. われらが歌う時
  7. レッド・ボイス
佐々木克雄

評価:星4つ

 紛れもなく傑作だと謳いたいのだけれど、自分の中で引っかかる部分がある。それはひとえに現代アメリカ史を捉え切れていない己の不勉強さがあるわけで、だからこそ同書のような壮大な物語は必要になっているのだと考える次第。これは再読の必要があるなあ。
 亡命したユダヤ人の父と黒人の母、そして三人の子供──この家族が紡ぎ出すストーリーは、アイデンティティーに葛藤する個々を丹念に描きながら、アメリカが今なお抱える社会的問題をここかしこに滲ませている。答は見つかりそうにない、だが家族は「歌」を持っている。歌うことで家族は絆を保ち、あらゆる苦難に立ち向かおうとする。
 手法として成功しているなと思えるのは、天才声楽家の兄でも革命家の妹でもなく、実のところニュートラルな次男の視点で描かれている点かと考える。であるからこそストーリーに抑制が効いて、グッと締まった感じがするのだ。流石です、リチャード・パワーズ。

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下久保玉美

評価:星3つ

 その昔、神々の作りたもうた世界の調和を知るための学問として、天文学・幾何・数論、そして音楽があったと言われています。本書の主人公の父親はユダヤ人であり物理学者として宇宙論を研究し、黒人である母親は音楽家を志した過去から子どもたちや近所の人々に音楽を教えています。宇宙論と音楽という繋がりのなさそうな組み合わせですが両者が世界を、世界の調和を知るための学問であるというのがなんとも興味深いのと同時に著者の意図が見えるような気がします。
 本書ではこの父母の出会いから結婚出産、そして成長した子どもたちの歩みが交互に描かれ、全体として一家の物語を構築しています。しかし家族小説と簡単には言えない重みが本書にはあります。本書の時代背景として第二次世界大戦時行われたナチスによるユダヤ人迫害、終戦時の混乱、そしてアメリカ内部での白人による黒人への差別と迫害、黒人による人権獲得運動が展開されていく時代が描かれます。この全く調和のない世界の中で、最初調和の取れていた一家もまた不協和音の中バラバラになっていきます。世界は、そして家族は調和を取り戻すことができるのか、それを音楽を通して描きたいのではないでしょうか。

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増住雄大

評価:星4つ

 詳しい論文や研究書を読むより、そのことをテーマに据えている小説を読む方が、自然に知識が入ってくることがある。本書における「アメリカの人種問題」も、その一例。
 ユダヤ人物理学者と黒人歌手の恋。その二人から産まれた3人の子供たち。天才声楽家の長兄、ピアニストの弟、音楽の天才的な才能を持ちながらも活動家となってゆく末っ子の妹。1930年代と1950年代を交互に描きながら物語は進む。
 アメリカの人種問題――特に被害者側から見た人種問題――を学んだ。
 普段、日本の本しか読まない私のような人間にとって、海外小説は尻込みしてしまう分野。とりわけ、自国で高い評価を受けている(→難しそう……)大長編(→読みきれるかな、登場人物がごちゃごちゃになったりしないかな)なんか、絶対に手が出ない。でもこの「今月の新刊採点」では結構がしがし送られてきて、読む→おもしろい。ということが多かった。まず、読んでみることの大切さを感じました。

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松井ゆかり

評価:星4つ

 例えば就職難にあえぐ若者たちのニュースが流れたとき。例えば高齢化社会が進んで若い世代の負担が増えるであろうと予測する新聞記事を読んだとき。例えば将来的に温暖化の進行やエネルギーの枯渇などによって環境が破壊されるに違いないという見解が発表されたとき。私は子どもを産んだりするべきではなかったのではないかと自らに問わずにいられない。
 この小説は音楽の小説であり、人種問題の小説であり、兄妹の小説であるが、個人的には家族の小説としての側面を最も心に留めながら読んだ。しかもシュトロム家の3人の子は、生まれながらに差別を避けられない運命を背負っている。
 この絶望が蔓延する世に新たな命を送り出したことが正しかったのか、生涯答えを出せないままだろう。それでも親にとって子どもは確かに、何物にも代えられぬ喜びであり、未来につながる希望であるということを、私はすでに知っている。すべての人々が生まれてきてよかったと思える世の中でありますように。

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望月香子

評価:星5つ

 ユダヤ人の父とフィラデルフィア出身の母、その3人の子供の5人家族は、各々が素晴らしい音楽の才能を持ち生まれる。音楽を通して家族を奏でていた一家に起こる、悲劇…。父と母、その3人の子供と、2つの世代で物語は交互に語られます。
 20世紀のアメリカの人種問題を、細かいディティールの層で、そのときを生きているかのように物語りが迫ってきます。  
 家族の絆、人種問題、夢、挫折という大きなテーマと、オペラなどの楽曲が演奏される場面とが合わさり、物語の波の高さは何倍にもなります。優しさとかなしさが、一行一行からこんなにも溢れる物語には、そうは出逢えないと思います。

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