『出星前夜』

  • 出星前夜
  • 飯嶋 和一 (著)
  • 小学館
  • 税込2,100円
商品を購入する
>> Amazon.co.jp
>> 本やタウン

評価:星4つ

 時代小説というジャンルは一部のファンには根強い人気があると思うが、多くの人にとってはハードルの高いものと受けとめられがちではないだろうか。そのうえ500ページ超の長さ(帯の「充実の千二百枚!」の謳い文句が、逆に門外漢をたじろがせる)、登場人物表を見れば同じような名前のオンパレード(「江戸時代には、“〜右衛門”と“〜兵衛”の2種類の名前しかないのか!」と突っ込みたくなる)、どう転んでも明るい結末はありえないと思わせる“島原”“破滅への道”といったキーワード…正直、敷居の高さは棒高跳び並みであろう。
 と、これだけの否定的要素を並べてからでなんだが、ぜひ読んでみていただきたい作品だと申し上げたい。率直に言って個人的には前作「黄金旅風」の方が好みだったが(本書の登場人物たちには若干萌え要素が足りない)、血湧く戦いも、踏みつけにされてきた弱き者たちの高揚感も、最後まであきらめない矜持もそれと背中合わせの潔さも、ここにある。

▲TOPへ戻る

『ラジ&ピース』

  • ラジ&ピース
  • 絲山 秋子 (著)
  • 講談社
  • 税込 1,998円
商品を購入する
>> Amazon.co.jp
>> 本やタウン

評価:星3つ

 最近こういう感じの女子の話を読んだな、と記憶をたどってみたら、先々月の課題図書の青山七恵著「やさしいため息」だということに思い至った。友だちとよべる相手がおらず、周囲と気軽にうまくやっていくことのできない主人公。自分に近いのはどちらかというと「やさしい〜」のまどかだという気がするが、読んでおもしろいのは本書の野枝だ。勝ち気でそこはかとなく滑稽なところとか。
 絲山さんの描く女子はなるべく恋愛問題がからまない方が魅力的だ。何故かと考えてみるに、彼女らがこんな相手とでなくてもいいだろうにと思うような男とつきあうことと、その相手の男が私自身の好みのタイプでないことが原因のようだ。「ラジ&ピース」の美丈夫はそれほど不快には思わなかったが(そもそもあれこれ思い浮かべることができるほどの手がかりがない)、長編「袋小路の男」の小田切孝など読了までイライラさせられ通しだった。きっぱり縁を切らなかった理由が、どうにもわからない。
 おそらくそれがリアルなのだろう。どんな風に生きていても恋愛と無縁にはいられないということが。人間とはなんと面倒な生き物か。

▲TOPへ戻る

『七月のクリスマスカード』

  • 七月のクリスマスカード
  • 伊岡 瞬 (著)
  • 角川グループパブリッシング
  • 税込1,995円
商品を購入する
>> Amazon.co.jp
>> 本やタウン

評価:星4つ

 本書の主人公美緒は、自分の家族たち(ある日突然姿を消した父、酒浸りで入退院を繰り返す母、そして赤ん坊だった下の弟穰を死なせたのではないかという疑いのある上の弟充)によって心を閉ざすようになった少女。投げやりに生きる彼女が出会ったのは、誘拐されたまま戻らない娘瑠璃を待つ初老の元検事丈太郎。瑠璃はいまどこにいるのか、穰を死に至らしめたのはほんとうに充なのか…。
 本書はもちろんミステリーであるが、それほどあっと驚く謎解きがあるわけではない(事件そのものは込み入っているが、犯人はそれほど意外な人物とは思わなかったので)。やはり肝は家族というものの描かれ方だろう。
 家族たちに憎しみのような感情を持ちながら、ぎりぎりのところで彼らを見捨てられない美緒。誘拐事件から何年経っても娘の姿が脳裏を離れることはない丈太郎夫妻。保護されるべき存在だった赤ん坊を手にかけた犯人。愛情も憎悪も、すべては家族というつながりが存在したからこそ起きたことだ。他人ならばこんなにもがき苦しむことはなかったのに。家族というものの不思議さを思う。

▲TOPへ戻る

『アカペラ』

  • アカペラ
  • 山本 文緒 (著)
  • 新潮社
  • 税込1,470円
商品を購入する
>> Amazon.co.jp
>> 本やタウン

評価:星3つ

 山本文緒さんの小説を読むのはこれが初めてで、読書好きからの評価が高い氏の作品ということで期待が大きかった。が。
 確かにうまい作家だということに異論はない。しかしながら、うまいと思う作家と好きな作家はまた違う。自分としては登場人物たちにいまひとつ魅力を感じられないことが決定的な要因だった。かろうじて共感に近い気持ちを持てたのは「ネロリ」の主人公志保子。私にも志保子と同じく弟がひとりいるが、彼女のように一時たりとも迷わず揺るぎない愛情を持ってきたという気がしない。客観的にみれば行き過ぎではあると思うが、お互いに対する無償の姉弟愛に羨望を覚えた。
 いったい登場人物たちのどういう部分に対して気が重くなるのかと考えてみて、彼らの(多くの場合若さゆえの)自己中心的なところだということに思い至った。かつては自分も子どもで周りのことなど見えていなかったのに、歳をとったということか。小説の楽しみと引き替えたのが、微々たるとはいえ成長であるなら致し方ないとしておくか。

▲TOPへ戻る

『ディスコ探偵水曜日』

  • ディスコ探偵水曜日
  • 舞城 王太郎(著)
  • 新潮社
  • 税込2,100円(上)
  • 税込1,785円(下)
商品を購入する
>> Amazon.co.jp
>> 本やタウン
商品を購入する
>> Amazon.co.jp
>> 本やタウン

評価:星4つ

 舞城王太郎という作家に絶対の信頼をおききれない私は、いつも氏の作品の細部におもしろさを見出すことが多い。本書でも「(調布市)市民センターたづくりの五階」とか「宇野千代ダイニングセット」とか「男色行為が世界のあらゆる箇所でお前を待ちかまえてるみたいな世界観」とか「おじさん、ジェダイマスターみたい」とかの描写には爆笑させてもらった。
 しかしながら、やはり暴力的な部分にはちょっと閉口したし、この作品では物理学だか天文学だか(正確な分野すらわからない。しかも図解入り)の自分の理解を超える概念などが入ってきて、もう何が何やら。
 とはいえ、問題作(あるいは怪作)であることは間違いなし。とかく舞城作品は全肯定か全否定かのオールオアナッシング的な認識をされがちだと思うが、どちらの派閥のみなさんも読んでみられることをお薦めします。

▲TOPへ戻る

『われらが歌う時』

  • われらが歌う時
  • リチャード・パワーズ(著)
  • 新潮社
  • 税込 3,360円
商品を購入する
>> Amazon.co.jp
>> 本やタウン
商品を購入する
>> Amazon.co.jp
>> 本やタウン

評価:星4つ

 例えば就職難にあえぐ若者たちのニュースが流れたとき。例えば高齢化社会が進んで若い世代の負担が増えるであろうと予測する新聞記事を読んだとき。例えば将来的に温暖化の進行やエネルギーの枯渇などによって環境が破壊されるに違いないという見解が発表されたとき。私は子どもを産んだりするべきではなかったのではないかと自らに問わずにいられない。
 この小説は音楽の小説であり、人種問題の小説であり、兄妹の小説であるが、個人的には家族の小説としての側面を最も心に留めながら読んだ。しかもシュトロム家の3人の子は、生まれながらに差別を避けられない運命を背負っている。
 この絶望が蔓延する世に新たな命を送り出したことが正しかったのか、生涯答えを出せないままだろう。それでも親にとって子どもは確かに、何物にも代えられぬ喜びであり、未来につながる希望であるということを、私はすでに知っている。すべての人々が生まれてきてよかったと思える世の中でありますように。

▲TOPへ戻る

『レッド・ボイス』

  • レッド・ボイス
  • T.ジェファーソン・パーカー(著)
  • 早川書房
  • 税込2,100円
商品を購入する
>> Amazon.co.jp
>> 本やタウン

評価:星3つ

 この帯に書かれている「わたしは、人間嘘発見器だ!」って謳い文句、誇大広告とは言わないまでも、ポイントを外し気味じゃないですかね。「嘘発見器」という言葉そのものももちろんですが、それ以上に「!」が醸し出す強気なニュアンスが。
 本文の方はとても真面目で堅実な印象。主人公ロビーは“共感覚”(ひとつの感覚が他の領域の感覚をも同時に引き起こす現象。彼の場合は他人と話すときに相手の声が色つきの形となって見える。そしてその色つきの形はそれぞれ異なる感情を示している)の持ち主である。が、解説でも触れられているように、共感覚が事件解決の決め手となっているわけではなく、あくまでもロビーや仕事のパートナーであるマッケンジーらの地道な捜査によって、謎が少しずつ解き明かされていく。このミステリー部分だけで十分おもしろく読める作品になっているのだから、無理に新機軸(さらに言えば、消化不良の感が残るロビーと妻ジーナの離婚騒動についても)を持ち込まなくても…という気がしないではない。ただ、ロビーものはシリーズ化されると予想するので(しないかな?1作で終わるにはもったいないキャラと設定だと思うが)、さらなる期待は次作にということで。

▲TOPへ戻る

勝手に目利き

勝手に目利きへ移動する

『シチュエーションパズルの攻防 珊瑚朗先生無頼控』 竹内真/東京創元社

 東京創元社はミステリー好きにとって憧れの的と言っていい存在だろう。私としてももし可能であるなら入社したい。
 さて、本書はマイ“東京創元社で好きな叢書”の双璧のひとつ「創元クライム・クラブ」(もうひとつは「創元ミステリ・フロンティア」)の1冊である。わくわくしてくるじゃないですか、竹内真にミステリーを書かせるとは!
 竹内氏といえば、『自転車少年記』とか『真夏の島の夢』とかの青春小説を書く人というイメージ(いや、私の知る限りで言ってるので、思いっきり的外れだったら申し訳ないんですが)。これがもし違う出版社とかレーベルから出てたら、特に気に留めなかったかも。“文壇バー”“ミーコママ”といった古風なのか新風なのか判断しかねるキーワードに気を取られつつ読んでみたところ、なかなかいいですよ!これまでの著作はと勝手が違うせいか、ところどころややぎこちなく感じられる部分もあるけど、十分楽しめました。竹内さん、かなりミステリー好きなのでは?と思われる点も好印象。みなさん、新しいミステリー作家の登場を喜びましょうぞ!

▲TOPへ戻る

松井ゆかり

松井ゆかり(まつい ゆかり)

 40歳(1967年生まれ)。主婦で3児(小6・小3・幼稚園年長の男児)の母。東京都出身・在住。
 好きな作家は三浦しをん・川上弘美・村上春樹・伊坂幸太郎・蘇部健一・故ナンシー関。
 影響を受けた作家ベスト3は、ケストナー・夏目漱石・橋本治(日によって変動あり。でもケストナーは不動)。
 新宿の紀伊國屋&ジュンク堂はすごい!聖蹟桜ヶ丘のときわ書房&くまざわ書店&あおい書店は素晴らしい!地元の本屋さんはありがたい!
 最近読んだ「桜庭一樹読書日記」(東京創元社)に「自分が買いそうな本ばかりに囲まれていたらだめになる気がする」という一節がありました。私も新刊採点員の仕事を させていただくことで、自分では選ばないような本にも出会ってみたいです。

<< 増住雄大の書評望月香子の書評 >>