『ニコチアナ』

  • ニコチアナ
  • 川端裕人 (著)
  • 角川文庫
  • 税込780円
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評価:星2つ

 無煙タバコを開発したメイは、無煙タバコの特許の申請者を追って植物に詳しい謎の少年カルロスとともにアメリカを旅することになる。その旅によってメイは、タバコの歴史、人々にとっての価値を学ぶことになる。タバコの歴史は、先進国と搾取された民族、科学と呪術、キリスト教と土着の宗教の対立の歴史だった。
それぞれの立場の登場人物たちの一人称で物語は進み、場所も時間軸も数ページ単位で移り変わる。平等に描こうという作者の意識のせいなのかもしれないが、読んでいて散漫な印象を受け、なかなかページが進まず、結局なんだったんだろうとよくわからないまま読み終わってしまった。もう少しメイとカルロスの二人に焦点を当ててもよかったのでは?
ふとこれを書いていたカフェのテーブルを見ると、「NATURAL AMERICAN SPIRIT」という文字とネイティブアメリカンらしき人物がタバコを吸っている図柄の灰皿が置かれていた。タバコを神聖なものとして扱う民族の姿が、大量生産された工業製品の一つとして日本の私の手元にあるなんて、この小説の中で出ていた構造の縮図のように感じた。

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『星降る楽園でおやすみ』

  • 星降る楽園でおやすみ
  • 青井夏海 (著)
  • 中公文庫
  • 税込740円
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評価:星5つ

 アパートの一室を使って営業している無認可保育園で、園児を人質にした強盗事件が起きる。無認可保育園は通常の保育園よりも保育料が高いため、親も子どもかわいさにすぐお金を差し出すだろうという身代金目的の犯行だ。
この保育園を舞台に、従業員に共犯者がいるのではないかと疑心暗鬼に駆られる園長や、身代金の工面に奔走する園児の両親たちの姿が、タイムリミットが迫るという緊迫感を持って描かれる。
ところが蓋を開けてみれば、この両親たちが、犯人が想像していたような裕福で仕事ばりばりの共働き家庭ではないことが明らかになってくる。シングルファザーや、常に自分の仕事ばかり優先する夫に苛立ちを募らせる母親や、自分の唯一の時間を作るために夫に内緒で親を預ける母親…。私の好きな角田光代さんや山本文緒さんの小説に出てくるような、妻の役割・母親の役割に悩むリアルな女性の苦悩が描かれる。家族という一生離れられない責任をもてあましながらも生きていく、私たちの身近にいそうな人々の物語がここにある。
それぞれの家庭のエピソードが少し短く感じられるが、それを補って余りある魅力がぎゅうぎゅうに詰め込まれている。

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『BH85―青い惑星、緑の生命』

  • BH85―青い惑星、緑の生命
  • 森青花 (著)
  • 徳間デュアル文庫
  • 税込680円
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評価:星3つ

 インチキ育毛剤の電話応対係の恵は、(効くはずのない)育毛剤を使用して緑っぽい毛が生えてきているという電話を受ける。それを聞いた開発者の毛利は、自分の作った育毛剤BH85の成功を知る。その育毛剤とは、髪の毛そっくりの生物を頭の上に生やすという代物だった!
そこから始まるとんでもない緑色の生物の大増殖とありとあらゆる人間動物植物が飲み込まれていく様子はコミカルなのに恐ろしい。緑の生物が京都・大阪からあっという間に近畿へ、日本全域へ広まっていく描写は圧巻。緑の生物に飲み込まれない、残された一部の人間達は、さてどう生きるのか……。人間達のその後、地球のその後を読み終わったあとゆっくりと想像したくなる一冊。
ところどころに出てくるオタク的知識がわからない部分もあったが面白く、吾妻ひでおのイラストもノスタルジックでいい味を出している。

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『フロスト気質 (上・下)』

  • フロスト気質 (上・下)
  • R・D・ウィングフィールド (著)
  • 創元推理文庫
  • 税込1155円
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評価:星4つ

 よれよれのマフラーにレインコート姿。見かけは冴えないが頭は切れる警部となると、多くの方は警部コロンボを思い浮かべるだろう。
しかししかし、コロンボ警部よりも下品でだらしなくて口が悪い。ゴミだらけのポケットからは警察の身分証明書もなかなか出てこない、なんとも型破りなフロスト警部。その物語も普段読みなれている推理小説と比べてみると型破りだ。行方不明の少年の捜索に、同じ年齢の少年の殺人事件、盗難事件に数ヶ月前の腐乱死体の発見。あらゆることが同時進行でごちゃ混ぜに起きる。そうだ、現実の事件は小説と違って、捜査するもののタイミングなんて考えちゃくれないんだ。
そうした万年人手不足の警察署で起きる様々な事件が、伏線になるのかと思いきやならなかったり、新事実を発見して捜査を進めてみたら空振りだったり。いつのまにか、手柄を横取りされたり、署長に操作人員の経費削減についてお小言を言われたりするフロスト警部を全力で応援してしまっている。そして「時と場所をわきまえず、最も言ってはいけないタイミングで悪趣味きわまりない冗談を口にすることにかけて」天才であるフロスト警部の軽妙なやりとりに何度も笑ってしまった。腐乱死体に死亡宣告をした警察医に向かって、「助かったよ、先生、先生に死んでるって教えてもらわなかったら、今ごろまだあの気の毒なおっさんにアスピリンを呑ませようとしてた」。こういうブラックジョーク、日本人の小説じゃ絶対読めないはず。
シリーズ作品を読んでいなくとも楽しめる。

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『チャイルド44 (上・下)』

  • チャイルド44 (上・下)
  • トム・ロブ・スミス (著)
  • 新潮文庫
  • 税込740円
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評価:星5つ

 文句なく五つ星!! 明日仕事もあるし、もう寝なきゃだめだ。と灯りを消してベットに入っても先が気になって眠れない。結局徹夜で読んでしまったのがこの作品。
1950年代、スターリンが「より大きな善のために」人を恐怖で支配する時代。国家保安省に務めるエリートのレオが、ある事件をきっかけに、この国の歪んだ構造に気づき、スパイを取り締まる側から全く逆の立場に追い込まれてしまう。以前の仲間の監視下に置かれ、ふとした行動を密告され、十分な食料も家もない状況だ。
ここまでの前半部分だけでも十二分に面白いのだが、中盤レオが、ある死体を発見し連続殺人の疑いを持ったところから物語はまた違った展開を見せる。
この理想の国では犯罪はあってはならない。あったとしてもそれは敵国に感化されたものや精神異常者や同性愛者など社会の構成員以外の仕業である。そして事件はすぐに解決しなければならない。
そうしたことから連続殺人犯はその存在さえ知られることがないまま、「理想の社会」の中で暮らし続ける。
追われる立場になったレオは、良心か、家族の命か、自分の命かという選択を迫られながら犯人を探し出していく。極限状態での選択の連続にはらはらどきどきし、時には憤りながら手に汗握って行く末を見守ってしまう。その構成のうまさ、心理描写の巧みさ、ぜひ読書の時間が十分あるときに一気に味わって欲しい。

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『紅蓮鬼』

  • 紅蓮鬼
  • 高橋克彦 (著)
  • 角川ホラー文庫
  • 税込580円
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評価:星2つ

 人から人へ性行為をしながら乗り移って人を操る鬼がどうやら行く先々で人を殺しているらしい。陰陽を学ぶ加茂忠行は、鬼に乗り移られた兄を追いながら、都で叔父の忠峯と一緒に国を救おうと立ち上がる。加茂一族、これを機会に内裏での権力を得ようと暗躍する三善、大きな力を持つ怨霊などの思惑が重なり合い、帝の体を乗っ取ろうとする鬼を追う戦いが始まる。
鬼が鬼なだけに、性的な描写が多くあるのだけれど、これって小説にとって本当に必要なのか?とうーんとうなってしまう。平安時代の鬼の話は好きだけれど、妖しさとか禍々しい雰囲気、耽美さも物足りない。鬼退治に絡む内裏や陰陽寮の政治の駆け引きなども、説得力に欠けているように感じた。
会話文が多く展開も速いのでさらっと読むには最適かもしれない。

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『やせれば美人』

  • やせれば美人
  • 高橋秀実 (著)
  • 新潮文庫
  • 税込420円
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評価:星1つ

 『はい、泳げません』というカナヅチの著者がいろいろな方法で水泳に挑戦するというノンフィクションを以前紹介したが、同じ著者が今回はダイエットをテーマに、様々なダイエット成功者に話を聞き試してみてはその方法を考察する。ダイエットってそもそも何?というところから始まり、食事制限、運動、自己暗示、セルフヘルプダイエット、催眠術まで。こうすればやせますよ!という方法を紹介しているわけではないので、そのつもりでは読まないほうがいいだろう。
このノンフィクションの特徴は、ダイエットをしているのが本人ではなくその妻である。しかしこの特徴が、どうも女性の私からするとマイナスに働いているように思える。
『はい、泳げません』が微笑ましくも面白いのは泳げないのが著者本人だからだ。人が出来ないことをネタにしたユーモアは難しい。しかもその妻も体重が多くたっていいじゃない!と開き直っているのでもなく、がむしゃらにダイエットをしてがんばっているのでもなく……そのキャラクターを面白いと感じる人は楽しめるのかもしれないが私は苦手だった。夫にとって妻は太っても太っていなくてもかわいい存在。客観的な視点を欠いた対象との距離の近さも苦手に感じた原因かもしれない。

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余湖明日香

余湖明日香(よご あすか)

1983年、北海道生まれ、松本市在住。
2007年10月、書店員から、コーヒーを飲みながら本が読める本屋のバリスタに。
2008年5月、横浜から松本へ。
北村薫、角田光代、山本文緒、中島京子、中島たい子など日常生活と気持ちの変化の描写がすてきな作家が好き。
ジョージ朝倉、くらもちふさこ、おかざき真理など少女漫画も愛しています。
最近小説の中にコーヒーやコーヒー屋が出てくるとついつい気になってしまいます。

好きな本屋は大阪のSTANDARD BOOKSTORE。ヴィレッジヴァンガードルミネ横浜店。
松本市に転勤のため引っ越してきましたが、すてきな本屋とカフェがないのが悩み。
自転車に乗って色々探索中ですが、よい本屋情報求む!

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