WEB本の雑誌>今月の新刊採点>【文庫本班】2008年10月 >『ニコチアナ』 川端裕人 (著)
評価:
オフィス内での分煙や公共の場で禁煙が広まるなど、日本でも、喫煙者の肩身が狭くなっているが、入社時の条件に、禁煙を義務づける会社もあるなど、禁煙への動きはアメリカの方が早かった。2006年には、煙草産業を取り上げたコメディ『サンキュー・フォー・スモーキング』が製作されている。だから本作の「アメリカのとある会社が、火を使わない無煙煙草を新製品として発表する」というシチュエーションには、リアリティが感じられる。煙草業界に新規参入しようとする日本企業から派遣されたメイが、「無煙煙草の特許を申請している男がいる」と聞かされて、彼の血縁であるカルロスと共に、その人物を探し出すメインストーリーに、何者かの手記が挿入されつつ、物語は進む。謎の人物の所在とその意図を探るミステリー要素もさることながら、神聖な儀式に使われた煙草が、巨額の富を生む存在に変貌していく過程も描かれ、盛りだくさんな印象。煙草を楽しんでいるつもりが、いつしか煙草なしではいられない依存体質になってしまったり、煙草を強く嫌いつつも、実はその存在に支配されている……等々、人間の複雑さも垣間見えて面白い。ただ、哲学や宗教めいた描写が入ると分かりづらかった。
評価:
去年、禁煙宣言したもののお酒を飲むとついつい吸ってしまう意思の弱い私。最近は、一日三本までなら吸って良し、という根拠の無い甘々のルールで日々を過ごしております。これではもう禁煙ではありません。もう一度、頑張って禁煙するか、それとも節煙するのもやめて普通の喫煙者に戻るのか、葛藤している時にタイミング良く課題図書として届いた本書。今までのどの無煙タバコとも違う画期的な新製品「ハチェット」に秘められた真実と並行して語られるタバコの歴史。喫煙者でありながら、タバコについて何にも知らなかったことに気がつきました。物語自体も面白いのですが、本書を読む中でタバコについて深く考えることが出来たのが、一番の収穫でした。
本作の登場人物デュークの「シガレットには時間を微分する力がある」という言葉に深く感銘を受けまして、おかげで禁煙しない自分を正当化出来るようになりました。う〜ん、良いのでしょうか。
評価:
日本の企業のメイは、アメリカのタバコ会社アズテック社と組んで無煙タバコを開発する。しかし、発表会場で妨害にあい、タバコ畑では葉に異常な現象が起こりだす。
私はたばこを吸わない。でも、昨今の喫煙者に対する仕打ちは少々可哀想な気もする。例え害があっても、好きなもの制限されるというのはもどかしいことだろうから。だから、無煙タバコ、ハチェットをめぐるタバコ業界の話にすぐ興味をもったのだが、これが思わぬところへと話が進むのだ。
アメリカ、日本、南米と行動範囲は拡大し、タバコの葉に起こる「秘蹟」という現象、「絵文書」と、幻を追っかけているような不思議な気分を体験させられる。先祖の記憶を逆にたどるように、いままで知らなかったタバコの歴史を通して、読者の認識を一度解体してもう一度組みなおす仕掛けのようだ。世界のすべてが、科学と魔法の違いのように取り方次第で全く別物になるということを知ることができる。
なかなか飛躍がすごくて、途中置いてきぼりになりそうだったが、メイが東京に帰ってくるシーンを読むと、同じように現実に戻る感覚があって面白かった。
評価:
印象を一言で述べるなら、「壮大な作品」というところだろうか。科学が支配する世界と呪術が支配する世界の融合というあまりにも大きいテーマにまず驚かされるが、しかも時は現代、舞台はどこかのおとぎの国かと思いきや、利権と欲望が渦巻くビジネスの世界というのだからさらにびっくりである。ファンタジーという手法に頼らずに科学が支配する世界と呪術が支配する世界を溶け合わせようという挑戦と、生物学の深い知識に裏打ちされたストーリー展開に拍手を送りたい。ただ、出だしであれもこれも詰め込みすぎて最後のほうで収拾がつかなくなったような印象を受け、予想外の安易な結論に物足りなさを感じた部分もあった。
科学、文化人類学、哲学、宗教などいろいろな要素が盛り込まれているからこそ面白く、でもそれゆえに難解でとっつきにくい部分があることも確かだと思う。好き嫌いのはっきり分かれそうな作品だ。
評価:
無煙タバコを開発したメイは、無煙タバコの特許の申請者を追って植物に詳しい謎の少年カルロスとともにアメリカを旅することになる。その旅によってメイは、タバコの歴史、人々にとっての価値を学ぶことになる。タバコの歴史は、先進国と搾取された民族、科学と呪術、キリスト教と土着の宗教の対立の歴史だった。
それぞれの立場の登場人物たちの一人称で物語は進み、場所も時間軸も数ページ単位で移り変わる。平等に描こうという作者の意識のせいなのかもしれないが、読んでいて散漫な印象を受け、なかなかページが進まず、結局なんだったんだろうとよくわからないまま読み終わってしまった。もう少しメイとカルロスの二人に焦点を当ててもよかったのでは?
ふとこれを書いていたカフェのテーブルを見ると、「NATURAL AMERICAN SPIRIT」という文字とネイティブアメリカンらしき人物がタバコを吸っている図柄の灰皿が置かれていた。タバコを神聖なものとして扱う民族の姿が、大量生産された工業製品の一つとして日本の私の手元にあるなんて、この小説の中で出ていた構造の縮図のように感じた。
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