『ニコチアナ』

  • ニコチアナ
  • 川端裕人 (著)
  • 角川文庫
  • 税込780円
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評価:星3つ

 印象を一言で述べるなら、「壮大な作品」というところだろうか。科学が支配する世界と呪術が支配する世界の融合というあまりにも大きいテーマにまず驚かされるが、しかも時は現代、舞台はどこかのおとぎの国かと思いきや、利権と欲望が渦巻くビジネスの世界というのだからさらにびっくりである。ファンタジーという手法に頼らずに科学が支配する世界と呪術が支配する世界を溶け合わせようという挑戦と、生物学の深い知識に裏打ちされたストーリー展開に拍手を送りたい。ただ、出だしであれもこれも詰め込みすぎて最後のほうで収拾がつかなくなったような印象を受け、予想外の安易な結論に物足りなさを感じた部分もあった。
 科学、文化人類学、哲学、宗教などいろいろな要素が盛り込まれているからこそ面白く、でもそれゆえに難解でとっつきにくい部分があることも確かだと思う。好き嫌いのはっきり分かれそうな作品だ。

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『星降る楽園でおやすみ』

  • 星降る楽園でおやすみ
  • 青井夏海 (著)
  • 中公文庫
  • 税込740円
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評価:星3つ

 保育園で起きた人質たてもこり事件をベースにしたミステリーであり、社会派問題提起小説でもあり、園に子どもを預けるそれぞれの家庭の家族の物語でもある。
 文章が青井夏海氏独特のほんわかトーンであるため、人質立てこもり事件の描写は緊迫感と迫力という点でややリアリティーに欠けるのだが、それぞれの家族の人間模様を浮き上がらせるように描いているところはやはり上手い。それぞれの家族の事情や心情が静かに染み渡るようにすっと心に入ってくる。決してハッピーエンドではないのだが、読後に読者を暖かい気持ちにさせてくれる作品だ。子育てをめぐる問題をわかりやすく問題提起している点でも、とても評価できる。作品中の母親たちからは経験者でないとわからないようなリアルな愚痴も発せられていて、丁寧な取材の跡がうかがえる。

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『BH85―青い惑星、緑の生命』

  • BH85―青い惑星、緑の生命
  • 森青花 (著)
  • 徳間デュアル文庫
  • 税込680円
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評価:星2つ

 製薬会社の研究者が作った新しい発想の育毛剤のせいで、地球上がとんでもない事態に陥るファンタジーノベル。着想がとても面白く、導入部分はおっと思わせる展開なのだが、話が進むにつれて、ストーリーにもう少しひねりがあったらな、と思ってしまった。着想が斬新なだけに、なんとなく先が予想できてしまうようなストーリーではもったいないように感じてしまうのだろう。製薬会社内の様子や社員同士の会話場面などにリアリティーがなく、かといってファンタジーとしては作品世界に読者を引きずりこむ力強さに欠ける、その中途半端さが落ち着かない。
 老夫婦の静かな別れの場面など随所にキラリと光るうまさが見えているだけに、期待度が高くなり、結果としてもの足りなさを感じてしまった。

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『フロスト気質 (上・下)』

  • フロスト気質 (上・下)
  • R・D・ウィングフィールド (著)
  • 創元推理文庫
  • 税込1155円
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評価:星5つ

 まるでコメディー映画を見ているように、九百ページの長編を飽きることなく隅々まで楽しめた。フロスト警部はもちろんだが、脇を固めるキャラクターたちまでがなんと魅力的なこと。どことなく『踊る大捜査線』を髣髴とさせる。ストーリーの大きな流れに関係あるものも関係ないものも入り混じって次々と事件が起き、フロスト警部は大忙しなのだが、この矢継ぎ早な展開がまた、飽きさせずに読者を楽しませる秘密だろう。とにかく面白く、九百ページ丸ごと楽しめる。
 ただ、物語がスピーディーにどんどん展開していき、しかも長いため、登場人物がとても多い。外国人の名前を覚えるのが苦手な人はやや苦労するかもしれない。冒頭の登場人物リストをチェックしながらじっくり読みましょう!

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『チャイルド44 (上・下)』

  • チャイルド44 (上・下)
  • トム・ロブ・スミス (著)
  • 新潮文庫
  • 税込740円
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評価:星5つ

 重厚な作品である。作品の背景に描かれているスターリン時代のソ連の社会や国民生活の様子に圧倒され、そのあまりの重さに、物語の後半にさしかかるまでサスペンス小説であることを忘れて読んでいた。よく練られたプロットにも感心したが、サスペンス抜きでも小説として十分に成立するほどドラマのある濃厚な内容だ。国家という強大な権力の前に、人々はいわれなき理由でいとも簡単に処刑される。そんな、私たちには想像もつかないような社会で生きる人々にとって、個人の尊厳とは何か? 良心とは? 愛とは? 家族の絆とは? そんなことをじっくり考えさせてくれる、深い作品だ。
 さらに、後半はストーリーの緊迫感も増してサスペンス小説としての盛り上がりも十分に楽しめ、読後の満足感も大きい。いろいろな意味で、グレードの高い作品だと思う。実際にあった連続殺人をモデルにしていると聞いて、さらに恐怖感が増した。

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『紅蓮鬼』

  • 紅蓮鬼
  • 高橋克彦 (著)
  • 角川ホラー文庫
  • 税込580円
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評価:星2つ

 なまめかしく、妖しく、おどろおどろしいホラー小説。妖怪や鬼が性的な関係を通じて人から人へとりついていくというストーリーは、ホラーをほとんど読まない私ですらどこかで読んだことがあると思ってしまうほどありがちな展開なのだが、遊園地のお化け屋敷と同じで、わかっていても怖いし、怖いから楽しいのである。夏はもう終わってしまったけれど、真夏のお化け屋敷のように、「うわあ、怖い!」と言いながら怖さを楽しみたい人にはおすすめ。
 それにしても、怨霊や鬼がもっと身近だった時代の「怖さ」は、通り魔や子どもの誘拐事件の報道に寒々とした「怖さ」を感じる私たちからすると、どこか風流で妙に人間くささを感じてしまう。だから怨霊や鬼のほうがいいとまでは言わないけれど……。

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『やせれば美人』

  • やせれば美人
  • 高橋秀実 (著)
  • 新潮文庫
  • 税込420円
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評価:星4つ

 妻のダイエットを著者が3年間に渡って観察し、ああでもない、こうでもないと考察し続ける爆笑ノンフィクション。やせたいけれど運動はキライ、汗をかくのはもっとキライ、やせている女性は美しくないと思うけれど、健康のためにはダイエットしなくちゃと思う。でもダイエットに成功したらずっと続けなきゃいけなくなるから、やっぱりダイエットしたくない・・・そんな矛盾だらけの女性心理と生真面目に向き合い、分析を加えようとする夫の姿がコミカルで可笑しい。そしてヒロイン?である妻のキャラクターがまたとてもいい。ちょっとズレた几帳面さと大胆さが絶妙に混ざり合った憎めないキャラは、こんな人が友人にいたら楽しいだろうなと思わせる。二百ページの薄めの本だけれど、とても楽しめた。
 そして、この本はへたな恋愛小説よりもよほど「愛」を感じる本だった。夫である著者の妻に向けるまなざしのあたたかさはもちろんだが、ダイエットをめぐって交わされる平和でコミカルで飄々とした夫婦の会話は、大きな愛が根底にあってこそだ。面白いだけでなく、あたたかい読後感が残った。

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福井雅子

福井雅子(ふくい まさこ)

1967年生まれ。神奈川県出身、神奈川県鎌倉市在住。本屋さんが大好きなのであっちこっちで書店に入り、いつも時間を忘れそうになります。好きな本のジャンルは、基本的にはノンフィクション。でも乱読の楽しさを覚えてしまい、掘り出し物を求めていろいろなジャンルに手を伸ばしています。絵本やファンタジーも大好きで、最近は図書館に行くと子どもの本のコーナーにいる時間が長い! 好きな作家は、沢木耕太郎、司馬遼太郎、三浦しをん、池澤夏樹、椎名誠、浅田次郎、森絵都など。素晴らしい本にはたくさん出会っているものの、「感銘」となるとやはり司馬遼太郎の『竜馬がゆく』と沢木耕太郎の『凍』か……。

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