WEB本の雑誌>今月の新刊採点>【文庫本班】2008年11月 >島村真理の書評
評価:
「ハートシェイプト・ボックス」に続き、二度目のジョー・ヒル体験。すばらしい作品たちに、またほれぼれしてしまった。
まずは、クリストファー・ゴールデンの序文のあとの謝辞。ここには小品ながらハッとする作品が隠されていて見逃せないし、「年間ホラー傑作選」でいきなりホラー好きの心を踊らされ、「ポップ・アート」では胸がつまるような気持ちにさせられる。「蝗の歌をきくがよい」ではB級映画のクリーチャーの気分を味わわせてもらえるし、「おとうさんの仮面」では、子どものころの漠然とした不安を思い出さされた。読後の興奮を語りたい作品をあげればきりがない。どれも彼の才能が爆発していて、その広がりに驚かされるのだ。
当初、実力を試すため、スティーヴン・キングの息子という事実を隠してきたジョー・ヒル。七光りとは無縁の才能を持つとはいえ、語ると、つい、こうやって親の話もしてしまいがちだ。その父をすでに超えた?とは言いすぎかもしれないが、真実すごい作家のひとりだと思う。そして、これからも見続けたい作家だというのは間違いない。
評価:
ミスター・ルーンに助けられた「ぼく」ことリズラ。本当の名前は自分の過去とともにわかりません。きっかり1年間、ミスター・ルーンと一緒に「クロノビジョン」を悪から守るため、「ブライトノミコン」をめぐる事件の解決の手伝いをすることになる。
派手なカラーの表紙をみたとたん、ポップで面白い作品だと予感した。そして、その予想は裏切られませんでした。へんてこもへんてこ。どのあたりが「人類の未来を守るため」なのか……。リズラじゃなくても、早々この場から退場しようかと思ったのですが、気がつけばすっかりやみつきに。
ミスター・ルーンとリズラのウィットにとんだ会話に、神出鬼没のバーテン、ファンジオとの下品なバカ話ときたら。サッカークラブの熱狂的ファンであるタクシー運転手の登場も忘れてはなりません。支払いを踏み倒すミスター・ルーンはめちゃくちゃだし。でも、そんな彼らが登場する12の冒険話は、ばかばかしくてすばらしい。ユーモアってこういうことだと思うお手本みたいだ。
このおかしなナンセンスワールドにすっかりはまってしまった。作中に溢れるランキンのギャグや、愛すべきキャラクターたちは彼の作品の常連らしい。商売上手な作家の罠だとは思うけれど、さっそく他の作品も読んでみようと思う。
評価:
映画や小説で銀行強盗のギャングが活躍するところをみると、彼らがかっこよく思えてしまう。映画なら「バンディッツ」がスマートでお気に入りだし、「陽気なギャングが地球を回す」では個人の能力が最大限にいかされるチームワークが面白いし、おぼろげな記憶だが、映画「俺たちに明日はない」の悲惨な結末ですら、らしくてかっこよく思えた。あくまでも、彼らの理由は超個人的だが、欲しいものを権力から強奪し、出し抜き、何者にも支配されない自由を体現する様子がクールに思えるのだろう。
この本は、ボーニーとクライドと同時期に実在した、ハリー・ピアポントの生涯を元に記した物語だが、ここで描かれる彼(や仲間)は、ストイックなまでに真のならず者だった。あまりに日常とかけ離れたとこにいる人だという印象が強くて読むのがつらかった。
だからこそ、対照的な仲間たちとの強い絆が印象的だ。ジョンをはじめ、チャーリー、ラッセル、レッドや、彼らの恋人メアリ、ビリーの人間的な魅力と素晴らしい関係に魅せられていった。もちろん、その仕事ぶりにも。当時の大衆に人気だったというのもわかる気がしてくる。
評価:
愛は愛でも、あたたかで強固な愛情物語を期待したら裏切られる。冒頭の「結婚の悦び」、「私たちがやったこと」を読んですぐ、愛がいかにもろく、狂気を含んでいるかを知らされた。どちらも独占欲と、より高い愛情を満たそうとしたための顛末だが、理想と現実のギャップに内側から食い滅ぼされるようで怖かった。
前半の二編に比べると、残りの短編たちはそんな脅迫感は少ない。不安があって、いらだちにとらわれ、静かにくずれていく人たちがいる。気がつけば、あるのは虚脱感と悲しみというような。淡々とつづられていく文章は詩みたいだけれど、そういう強烈さを持っていると思う。
その中でも、「よき友」は好きな話だ。ジムがエイズを患ってから死ぬまでの、逆らいようのない、穏やかで静かな時の流れを感じられる。マイノリティの人たちの抱える問題を追うことで、溢れるほどの愛情と優しさがぐっと迫ってきて、結末の悲しさをより深くしている。自分もみんなも仲間で、その場で一緒になって悲しみにくれるような一体感をもたらしてくれる。
評価:
女の子が好きなお話。庶民の女の子と王子様の出会い、心を通わせるうちに、やがて自分の思ってもみなかった力で王子を救うというもの。そこで、王子と結ばれるというのが王道です。そのままど真ん中というベタな印象の本。おかげで、久しぶりに乙女チックな気分になりました。
夢見がちな要素がつまったファンタジー小説だったので、ティーン向けのライトノベルかと思ったら、作者のマキリップはファンタジーの書き手として定評のある方のようで、「妖女サイベルの呼び声」や「影のオンブリア」などが有名だそう。表紙や挿入されているかわいいイラストのイメージに引きずられるので、できればなしがよかったと思わないでもない。
主人公のペリが家族の不幸を乗り越えていくこと、海に心を奪われた王子キールの真実を探るのが醍醐味でしょう。夜明けや夜更けの海辺のシーンもロマンチックでした。個人的には、魅力的な男性の登場というのも楽しめたところ。淡い恋の予感を感じさせる可愛らしいお話です。
評価:
夢があるのは若者だけじゃない。年をとってくるとだんだん忘れてしまう、そう思っていた。でも、ほんとうは違うのだ。あきらめきれなかった夢はあっても、現実との折り合いをつけているだけなのだ。ほんとのところ、人はいつだって青春する用意があるのだ。
ここにでてくるオヤジたちもそうだ。田舎でアマチュアバンド組んで、「もしかして」の夢を見ることをやめていない。オリジナル曲づくりをしたり、夏祭りで演奏したりしている。ふつうはこのあたりでおしまいになりそうだが、アフリカの小国でメガヒットという奇跡が起こってしまうのだ。それだけで、テンションもあがっていくが、気を良くしたメンバーが日本でのメジャーデビューをめざすことで、隠れていた問題が浮上してくるのだ。その後の展開はぜひ読んで楽しんでもらいたい。
「コレステローラーズ」の面々の、オヤジ青春小説としても十分おもしろいが、ムボガの物語としても瞠目させられる。日常、見ていて見ていない、知らないことがたくさんあることに気づかされる。奇想天外なのにリアル。また、注目すべき作家に出会えてうれしかった。
評価:
中国の歴史小説といえば「三国志」に「水滸伝」が第一に思い浮かぶ。でも、「李世民」というとピンとこないですよね。誰のことかと思ったら、唐朝の第2代皇帝のこと。李世民が、父の李淵、兄の李建成とともに太原で挙兵し、中国全土を平定し唐王朝を築くまでのお話だ。
前半、各地で勃興する勢力の話と、覚えにくい名前にすっかり混乱させられてしまった。ページ数の多さに挫折しそうだったが、すがすがしい魅力あふれる李世民(ちょっとさわやかすぎるような……)の活躍が増えてくると、そんなことも忘れてしまっていた。敵だった勇猛な武将や知将が、やがて彼のもとに集まり、次々と戦に勝っていくところは盛り上がるし見どころだ。だからこそ、前半部分はもう少しすっきりみせてほしかった気もする。デビュー作でここまで読み応えのある作品が書けるだけで、すごい事なのだろうけれど。
李世民以外にも、すばらしい武勇の活躍もあって楽しませてくれる。歴史小説はおもしろくてナンボと思う私には、こういうワクワク感を味あわせてくれる本は大歓迎だった。
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