オリジナル文庫大賞

2017年のオリジナル文庫大賞は『夏の祈りは』と『義経号、北溟を疾る』のダブル受賞だ!

北上次郎+評論家3名+編集者8人の合計12名で、今年も勝手に大賞を決める選考委員会の様子をレポートする。2017年は史上初のダブル受賞だ。
  • 義経号、北溟を疾る (徳間文庫)
  • 『義経号、北溟を疾る (徳間文庫)』
    真先, 辻
    徳間書店
    880円(税込)
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  • 異境の水都: 突変世界 (徳間文庫)
  • 『異境の水都: 突変世界 (徳間文庫)』
    浩之, 森岡
    徳間書店
    990円(税込)
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  • 嘘つき女さくらちゃんの告白 (集英社文庫)
  • 『嘘つき女さくらちゃんの告白 (集英社文庫)』
    青木 祐子
    集英社
    704円(税込)
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  • 最良の嘘の最後のひと言 (創元推理文庫)
  • 『最良の嘘の最後のひと言 (創元推理文庫)』
    河野 裕
    東京創元社
    748円(税込)
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  • からくり亭の推し理 (幻冬舎時代小説文庫)
  • 『からくり亭の推し理 (幻冬舎時代小説文庫)』
    倉阪 鬼一郎
    幻冬舎
    715円(税込)
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〈最終候補作〉
①『異境の水都』森岡浩之(徳間文庫)
②『嘘つき女さくらちゃんの告白』青木祐子(集英社文庫)
③『最良の嘘の最後のひと言』河野裕(創元推理文庫)
④『義経号、北溟を疾る』辻真先(徳間文庫)
⑤『からくり亭の推し理』倉阪鬼一郎(幻冬舎文庫)
⑥『夏の祈りは』須賀しのぶ(新潮文庫)


北上 それでは今年もオリジナル文庫大賞を決めていこうと思います。まず最初に、池井戸潤の『アキラとあきら』(徳間文庫)を最終候補作から外すことに触れておこうか。
編G うますぎるから、ここでは殿堂入りでしょ。
編E 池井戸さんのオリジナル文庫は、『花咲舞が黙ってない』(中公文庫)もある。
編C 『アキラとあきら』のほうがいい。
評B 長い間、単行本になっていなかった。
北上 うまいよねえ。どこをどう直したのか知りたいなあ。
編G ご本人はまだ気にいっていないみたいですよ。
北上 ということで、『アキラとあきら』を最終候補に入れると、この選考委員会が5秒で終わってしまうので(笑)、ここでは候補外としておきます。それでは順に、採点をつけていきましょう。書名を繰り返すとくどいので、エントリーナンバーで言ってください。ええと、5点満点です。
評A じゃあ、ぼくから。①と②が3点、③が2点、④が3点、⑤が2点、⑥が5点。
北上 『夏の祈りは』を満点にした理由は?
評A 以前に、オレンジ文庫から出た野球小説集がありましたよね。
編B 『雲は湧き、光あふれて』と『エースナンバー』。
評A あれもなかなかよかったけど、あれを上回る出来だと思う。
北上 次点作品から何か一つ選んでコメントつけてくれる?
評A それでは『義経号、北溟を疾る』について。これも好きな小説ですけど、本格とアクションの融合がいまひとつという印象を持ちました。
北上 細かな議論はあとにして、先にみなさんの採点を聞いていきましょう。
編A はい。ぼくの採点は、①4点、②5点、③〜⑤2点、⑥5点です。
北上 『嘘つき女さくらちゃんの告白』と『夏の祈りは』の2作が満点であると。では、その推薦理由を。
編A 『嘘つき女さくらちゃんの告白』はダークな味わいがいい。読ませる力がありますよね。この賞のカラーにも合っているし(笑)。でも完成度は『夏の祈りは』がいちばん。ただ、いまさらの感がなくもない。
北上 4点をつけた『異境の水都』にも一言。
編A 前よりもこちらのほうがいい。
北上 わかりました。はい、次。
編B ①3点、②4点、③2点、④4点、⑤3点、⑥5点。
北上 それでは満点をつけた『夏の祈りは』からいきましょうか。
編B いままでの中でも抜けていい。視点のバランスの取り方がいいし、キャラがいい。最後までバリエーションもあるし、このレベルを文庫で読めるのはいい。
北上 次点2作は?
編B まず『嘘つき女さくらちゃんの告白』は青木さんの大人向けの良さが出ている。『これは経費で落ちません!』よりもいい。
北上 『義経号、北溟を疾る』は?
編B 人物もネタもてんこ盛りすぎるけど、わくわくさせてくれる冒険もので楽しめました。
北上 では次の人。
評B はい。①から⑤までは全部2点。⑥だけが5点。
編D 『夏の祈りは』にもう決まりだなあ(笑)。ここまでの4人が満点だよ。
北上 いやいや、この採点は、のちの議論の叩き台のために聞いているだけで、合計点数で大賞を決めるわけではない。去年だって合計点数の少ない作品が結果的には大賞を取ったんだよ。ですから、これで決まりではありません。
評B 採点理由を言っていいですか?
北上 おお、悪い。
評B 『夏の祈りは』を1位にしない理由がない。これは「野球小説」ではなく、「野球部小説」なんですね。それがよかった。オレンジ文庫版の野球小説はバランスがわるかったけど、これはいい。
北上 あとの作品にコメントをつけなくてもいいですか。
編B 『義経号、北溟を疾る』は長いし、疲れる(笑)。
北上 どんどんいきましょう。
編C ①3点、②1点、③3点、④5点、⑤2点、⑥4点です。
北上 『義経号、北溟を疾る』が満点と。
編C 中だるみするし、推理と冒険がわかれているし、そういう意味では瑕疵はある。でも娯楽に徹しているのがいいですよね。『夏の祈りは』を4点にとどめたのは、よく出来ているけど、全部綺麗にまとめすぎている。こんなに小綺麗かよ、と言いたくなる。その分、1点ひきました。
編D ①〜③は3点、④5点、⑤2点、⑥4点ですね。
北上 『義経号、北溟を疾る』が俄然票を集めてきたね。その理由から聞きましょうか。
編D 心意気を買いたいですね。なによりも話が大きい。ミステリーの部分は弱いと思うけど、鉄道好きなんだなあと伝わってくる。『夏の祈りは』は文章がいちばんうまい。野球部分がないのがよかった。オレンジ版よりもこちらのほうが上。ただ、「義経号」と比べると話が小さいので、採点は4点にとどめました。
編E 次はぼくです。①3点、②③が1点、④4点、⑤1点、⑥4点です。
北上 それでは高い点をつけた2作から。
編E 『義経号、北溟を疾る』は最初の設定から、どんな冒険が始まるんだろうとわくわくする。期待の割りに先細った感はあるけど、十分に楽しめました。『夏の祈りは』は、やや綺麗すぎるきらいはあるけど、こんなに感情移入できた小説は久々なので4点。
編F ええと、①〜③が3点、④4点、⑤2点、⑤5点です。
北上 『夏の祈りは』が満点と。
編F ラストは「タッチ」を思い出しました。
北上 どういう意味?
評B あの「タッチ」の有名なラストシーンを知らないんですか?
北上 なあに、それ? マンガ?
編F 写真で終わるんです。
北上 マンガなのに写真が使われているの?
評B 違う違う。(ここで説明を聞いて北上も納得)
北上 なるほど、そういうことか。
編F 面白かったですね。『義経号、北溟を疾る』は稚気あふれる小説で、これも楽しめました。
編G ええと、ぼくの採点は、①〜③が2点、④4点、⑤1点、⑥4点です。
北上 4点をつけた2作にコメントをつけてください。
編G まず、『義経号、北溟を疾る』は義経が出てくるまでが長いけど、楽しく読みました。85歳の作者が書いたというのがすごいですよ。次の『夏の祈りは』はうまいけど、何かが足りない。いい人ばっかりだとか、プロットありきであることが見えちゃうとか、気になるところがある。でもマネージャーの第3話は出色。
編D あれはいいねえ。
評B そうなんですよ。
編G 文章はいいし、読後感もいい。「タッチ」を超えていると思うし、いま読むに値する。ただ、『義経号、北溟を疾る』もこの『夏の祈りは』も5点を付けなかったのは、『アキラとあきら』を超えていないと思うから。『アキラとあきら』が5点なら、それには届かないということで2作ともに4点です。
評C ええと、私の採点は、①3点、②2点、③5点、④5点、⑤2点、⑥3点です。
北上 ほお。初めて『最良の嘘の最後のひと言』に5点がついた。この理由から聞きましょうか。
評C この作品に低い評価をつけたみなさんは、この小説のミステリーの要素を誤読していると思います。この叙述形式には意味があり、とても斬新です。
北上 どこが斬新なのか、説明してくれる?
(以下、説明が続くが、すべてネタばれになるため、ここでは割愛)
北上 ホントかよ。全然わからなかった。
編G それを聞くと、この小説に投票したくなるね。
評C ミステリーの叙述ルールを幾つも破っているのにアンフェアではない。とても大胆です。ただし、欠点がある。それはキャラのかき分けが出来ていないこと。つまり本格ミステリーとしてはすぐれているけど、犯罪小説としては欠点がある。
北上 『義経号、北溟を疾る』の満点の理由も聞こうか。
評C 辻さんはこれまでに鉄道ミステリーも幕末冒険ものもたくさん書いてきているけど、これは集大成といっていいですね。新撰組シリーズのひとつでもあるし。全編を通して面白い。
北上 ほかの作品にもコメントをつけてくれる?
評C 『異境の水都』は、前作よりいい。前作はサバイバル小説なのに緊迫感がなかった。その点、今回のほうがいい。『からくり亭の推し理』は、倉阪さんの読者にはいいですよね。この人は時代小説をずっと書いてきているけど、トリック重視のものもあれば、料理ものも書いていて、今回もいろいろな要素が入っているから楽しめる。
北上 みなさんの評価が高い『夏の祈りは』は3点ですが。
評C 1点だけ気になったのは、年代が違うのに全部同時代の人に見えちゃう。
北上 なるほどね。では最後は、H君。
編H はい。採点は、①4点、②2点、③4・5点、④3点、⑤2点、⑥3・5点です。
北上 ええと、いちばん評価が高いのは、『最良の嘘の最後のひと言』か。
編H いちばんドキドキしながら読みました。ただし、読み返さなければわからないことが多い。
北上 次に評価が高いのは『異境の水都』。
編H 前作よりこちらのほうがいいですね。だらだらしている感が心地いい。
北上 えっ、だらだらしているのがいいの?
編H はい。教祖の朝御飯の描写とか楽しかったです。この作品がいちばん映像が浮かんできますよね。
北上 最後は私の採点です。①3・5、②4・5、③3、④3・5、⑤4、⑥3、です。いちばん高得点は『嘘つき女さくらちゃんの告白』。何気なく読み始めたら一気読みでした。桂望実『嫌な女』と同じモチーフで、あちらと比べるとそれはかなわないけど、これだけ書けるなら十分ではないでしょうか。次は『からくり亭の推し理』。みなさんの評価は低かったですが、第1話の、あの字がいっぱい出てくるやつ、あれだけで私は十分です(笑)。
評C タイポグラフィーものがお好きなら、鯨統一郎『文章魔界道』(祥伝社文庫)という作品がありますよ。
北上 おお、すぐ読もう。

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編B 大賞はどうやって決めますか。
北上 合計点数を発表してくれる?
編B ①36・5 点、②32・5点、③32・5点、④44・5点、⑤25点、⑥50・5点です。
北上 点数だけなら、『義経号、北溟を疾る』と『夏の祈りは』の2作が抜けているんですが、本当にこの2作以外は落としていいのか。
評B 私は『突変』を未読なので、この『異境の水都』だけを読むとわからないことがある。
編A 前作を読んでいると、大阪で「突変」が起きることは知っているから、それがどういうふうだったのかという興味があって面白い。
編G この作品の弱さは、教祖のストーリーに「突変」が絡んでいないことだよね。
編D 決戦投票しましょうよ。
北上 何と何で?
編D 『義経号、北溟を疾る』と『夏の祈りは』の二者択一で。
評B 高い得点を集めたのはその2作だから。
北上 じゃあ、これは仮だよ。これでは決めないよ。とりあえず挙手でいこう。まず④の人。ええと、6票か。じゃあ、同数だよ。いま挙手しなかった人は⑥だから、6対6の同点。
編G これでは決められない。
編D ダブル受賞はだめですか。
評B 史上初の2作受賞。
北上 あのさ、提案なんだけど、『嘘つき女さくらちゃんの告白』はダメ?
編B 青木さんはコバルト時代から、内面の読めない信頼できない人物を書いてきていて、素直で元気な少女の一人称を主流とするコバルトの流れの中では異質だったんですね。その良さが大人向けにシフトしてきてからも生きている。この『嘘つき女さくらちゃんの告白』はそういう青木さんの挑戦ですよね。
北上 おお、もっと言ってくれ(笑)。
編B ただし今回は、ミステリー的にまとめようとしたんで小さくまとまってしまった感があるのは残念ですね。でもこの作家はこれからも注目していきたい。
北上 あのさ、『義経号、北溟を疾る』と『夏の祈りは』の2作に、『嘘つき女さくらちゃんの告白』を足した3作の中から2作を選んでダブル受賞にするってのはどう?
編B どうしても、『嘘つき女さくらちゃんの告白』を入れたいんですね(笑)。
北上 エントリーナンバーで、②④、②⑥、④⑥の3点の中からどれか一つの組み合わせを選ぶと。
編G 競馬みたい(笑)。
北上 それではこれも挙手でいこう。
編C 挙手は一回だけですね?
北上 そう、投票は一度だけ。まず、②④の人。
編B ええと、3人。
北上 次は②⑥の人。
編B これも3人。
北上 じゃあ、決まりか。④⑥の人。
編B 6人です。
北上 わかりました。2017年のオリジナル文庫大賞は、辻真先『義経号、北溟を疾る』と、須賀しのぶ『夏の祈りは』のダブル受賞と決定します。
評B いいですか。納得しますか。
北上 異議ありません。

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