第6回 キンミヤ焼酎の赤ワイン割を、世界一のハラミと。

 アルコールをアルコールで割って呑む⁉

 初めての出会いに度肝を抜かれたのが、五反田「日南」の赤ワイン割りだった。

 甲類焼酎であるキンミヤを赤ワインで割って呑む。文字面からだけでもヤバさが伝わってくるかと思うのだが、仕様を説明をすると、通常であればアルコール度数25度のキンミヤをノンアルコールのお茶や炭酸で割って、アルコール度数を下げて呑むところを、逆に、アルコール度数12度のワインで割ってあるのだ。もはや「割る」という概念そのものが違う気がするのだが。

 とんでもないストロングスタイルの呑み方を教えてくれたのが、キンミヤ焼酎を手掛ける宮﨑本店の宮﨑由至社長(現:会長)だった。

『古典酒場』創刊間も無くの頃、東京にあるキンミヤ名酒場を一緒にはしご酒させていただく機会に恵まれた。4軒ほど一緒させていただいた中で、最後に辿り着いたのが「日南」だった。

 どの酒場でもきっちりとグラスを重ねてきたので、なかなかの仕上がりだったのだが、ここに及んで、弩級の酒の登場だ。4軒中最強の酒、すごい店を最後に持ってきたな。

 宮﨑社長のはしご酒組み立てコースのいかれ具合にも驚かされたのだが、恐る恐る啜った赤ワイン割の美味しさにもびっくりした。

 相当とんがった味に仕上がっているだろうと思いきや、通常の赤ワインよりもむしろ呑みやすく、実にすっきりと喉を通っていくのだ。

 これにはヤラレタ。そして世の中にはすごい酒場があるのだなぁ。酒と酒場の奥深さに改めて感服した。2007年のことだ。

キンミヤ焼酎の赤ワイン割
湯葉刺し、タコ刺し、ぬた。(コースメニューの旬の前菜盛り合わせ)

 現店主・小夫家貴和子さん一家が切り盛りする「日南」は、貴和子さんの亡き夫・良晴さんが、昭和541979)年に創業したモツ焼き酒場だ。

 CMディレクターをされていた良晴さん。食べることが大好きで、朝7時から、懇意にしていた酒場に手伝いに入っていたこともあったほどだそう。お店をやることに意欲を燃やし、脱サラ後開店したのが「日南」だった。

 最初は刺身で食べさせるのがメインの和牛中心の酒場だったが、焼きの腕前も評判を呼ぶ。

 なんせ名店と名高きモツ焼き酒場、中延「忠弥」で焼き方を学ばれたのだ。門外不出とも言われる「忠弥」のなんこつ串も伝授され、今でもそれを食べることができるのは、「忠弥」とここだけだという。「日南」の開店にあたっては、「忠弥」の店主ご夫妻も手伝いにいらっしゃったほどの仲なのだそう。

「とにかく人に好かれる人だったの」

 貴和子さんが言う。

 新参者にして極上の和牛を仕入れることができたのも、お人柄によるものだそう。

 夜遅くまで営業をした後、早朝から自ら品川の食肉市場に足を運び、和牛の仕入れをされていた良晴さん。人柄に惚れ込んだ市場の方が、いい和牛を仕入れさせてくれたという。

「髄なんて、とんでもなく美味しかったよね」

 開店以来、四十数年にもわたって、毎週火曜日に通っているという驚異の常連さんが教えてくれた。

「仕入れに命をかけていた人だったから」

と貴和子さん。

 狂牛病以来、禁食となってしまった髄。あたしは残念ながら口にする機会がないままだったのだけれど、モツ好きの間で、「日南」の髄は伝説的な美味しさとなっていると耳にしていた。常連さんの口から直接その話を聞くと、ますます無念でならない......。

 しかし、仕入れの良さは、髄に限ったことではない。

 牛レバーの生食が禁じられる、まさに前の日。大好物のレバ刺しの食べ納めをすべくあたしが足を運んだのが、ここ「日南」だった。

 レバ刺し好きたちを集め、2階のテーブル席で開催したレバ刺し永遠のお別れ酒宴。エッジが立ちまくったキリリッとした牛レバーが、まさに肝臓のフォルムのままに登場した。これには圧倒された。

「日南」のレバ刺しの美味しさは当然知っていたのだが、まさかこんな豪気なスタイルで出してくださるとは。今生の別れ、贅沢にも何皿も重ねさせていただいた。今でも忘れがたい一夜だ。その傍らにはもちろん、キンミヤの赤ワイン割りがあったことは、言うまでもない。


 豪気なスタイルは、店主・貴和子さんそのもの。

 お店の口開けとともに次々に来店するお客さんたち。ひとり客、二人連れ、団体客。それぞれに、丁寧に言葉をかけて回られる貴和子さん。

 大人数で来店された常連グループには、お酒の手配も細やかにされる。兎にも角にも大人気店。1階だけではなく2階席もあっという間に満席になっていくのだけれども、その賑わいを縫って、小さなお子様連れの常連さんのところにも顔を出される。

「お年玉ありがとう」

 御礼を伝えるお子様の姿も微笑ましい。

 まさに酒場の主人(あるじ)としての振る舞いもかっこいいのだが、貴和子さんの呑み姿も非常にイカしているのだ。


 常連同士が集うと、一緒にお酒を酌み交わしてくださることもある貴和子さん。心底楽しそうにグラスを重ね、真っ当に酔っ払う。そしていろんな酒呑みたちの縁を紡いでくださるのだ。店一体となった酒宴になることもしばしば。そしてそれは、深夜にまで及んでしまうほど、実に愉快な時間なのだけれども、営業時間を過ぎた後は、一切お金を取らない。

「お金よりも人が大事だから」

 キッパリと言う貴和子さん。まさに良晴イズムだ。

 良晴さんも、営業終了後、現店舗とは別に当時構えていた2号店舗目(通称「分校」)で、常連さんたちと酌み交わし、さらにはお客さんたちを自宅に連れ帰り、翌朝、お蕎麦などを振る舞っていたという。

 ご自宅は、お客さまたちが泊まれるよう、フロアはぶち抜かれ、合宿所と化していたと言う。貴和子さんも接客が大変だったのではないか。ご苦労の程を想像していたところ、

「私は、何にもしないの。全てやってくれるから」

 微笑む貴和子さん。

「マスターは、貴和子さんには何にもさせなかった。宝物のように大切にしていたんだよね」

 大常連さんが言う。

「お店オープン当初、貴和子さんは、冷蔵庫の影に隠れていて、お酒のオーダーが入った時だけ、姿を現して、ササッと引っ込む。シャイだったんだよ」

 店中のお客さんたちを引き込むほどの、社交的な現在の貴和子さんからは想像もできない姿だ。

「日南」がある横丁入り口。路地の角が老舗洋食屋「グリルエフ」。

 お店の開業も、良晴さんがご友人方と手作りで進めた。譲ってくれる先からテーブルや椅子などを運び入れ、旅先で見つけると必ず足を運んでいたという骨董品店で買い求めた品々を装備。インテリア設営も自らがおこなっていた。その風情も実にいいのだ。

 目の前が五反田駅という立地にして、奇跡的に残っている横丁が五反田有楽街の一角にある。路地に一歩入ると、蔦が絡まった古色騒然とした建物が目に飛び込んでくる。老舗の洋食屋「グリルエフ」だ。その目の前にあるのが「日南」。重量感のある木製の引き戸を開けると、焼き場に沿って長いカウンター席。背中越し長方形に切ってある壁をくぐると、テーブル席。壁はレンガだ。良晴さんのセンスの良さが光る空間になっている。レンガ壁には、所狭しとたくさんのサイン。

 俳優、ミュージシャン、経済人、文化人、スポーツ選手。数多の著名人たちがサインを書き入れている。客層も多彩にして華麗。

1階のカウンター席とテーブル席。元は別々の店だったのを同一空間にされた。壁はその名残。

 高倉健さん主演の映画の中で個人的に大好きな作品がある。田中裕子さんと共演をされた「夜叉」だ。映像の美しさも見事だったのだが、その映画の中で登場するのがこの路地。そして目の前の「グリルエフ」だ。よくぞこの路地を映像にしてくださった、大拍手の映画。

 その映画が撮影される折、ロケに全面協力をされたのが良晴さんだった。

 お店の鍵ごと映画会社に渡し、好きに自由に使ってもらったのだそう。

 良晴さんのお人柄が伝わってくるエピソードだ。


 映画人たちにも愛されてきた。

 娘さんが結婚する時、亡き良晴さんに代わり父親役を務めたのが、俳優の滝田栄さん。

 コロナ禍で苦労を重ねていた時に、とあるCM動画で、お気に入りのお店として「日南」を紹介されたのは近藤芳正さんだった。

 スポーツ選手にも信頼をされていた。

 ワインを様々に置くようになったのはワイン好きだった衣笠祥雄さんのため。

 高貴な人にも愛でられていた。

 銘酒にして入手困難焼酎と名高き「森伊蔵」を常備していたのは、とある宮様のため。

 有名無名問わず、個々人の好みを把握し、準備を怠ることはない。

 忙しさの中にも、目配り気配りを欠かすことがなかった。

 そのホスピタリティは、貴和子さんにもしっかりと引き継がれている。


 あたし自身、誕生日に「日南」で呑むことを恒例にしていた時期があった。誕生日であることを殊更に言うことも無く呑みに行っていたのだけれども、必ず帰りしな、

「紀和子さん、おめでとう。これ、持って帰って~!」

 ほろ酔いの貴和子さんからキンミヤの四合瓶を手渡された。それも剥き身でだ。

 誕生日を覚えていてくださっているのにも大感激したのだが、酒瓶を剥き身で渡してくださる豪快さに痺れた。

 あたしと「日南」の酒縁を紡いでくれたのがキンミヤの宮﨑会長であるということも、ちゃんと覚えていらっしゃるのだ。

 貴和子と紀和子。名前が同じであることも親近感を持った一因であるけれども、貴和子さんの飾り気のない真っ正直な人柄にベタ惚れしたのが、ここに足を運ぶようになった理由だ。家族ぐるみでお世話になっている唯一の酒場でもある。

1階のテーブル席。飾り棚の上には、故・良晴さんの写真が飾られている。

「日南」は、貴和子さんの故郷である宮崎・日南にちなんで付けられた店名。その宮崎のものも含め焼酎好き垂涎のラインナップを誇る本格焼酎も看板なのだが、良晴さん自身は、学生の頃から甲類焼酎であるキンミヤを愛飲していた。どれほどまでに愛飲をしていたかというと、お気に入りの酒場にキンミヤを持ち込む程だったという。

 キンミヤが呑めるモツ焼き酒場も、もちろん愛した。その中の一軒が、中延の「忠弥」であり、そして銀座の「ささもと」でもあった。

 キンミヤをコップにストレートで、そこに注がれるのが赤ワイン。9対1に割って呑むのが、ささもとスタイル。ひとり3杯までと決められているほどパンチ力のある呑み方だ。

「日南」では、酎ハイよろしくトールサイズのグラスになみなみと。キンミヤ焼酎8に対して赤ワインを2の割合で、杯数制限なしに供される。氷も入っているので、なんとも軽やかに呑めてしまうのが、いろんな意味で恐ろしいのだが、これを牛ハラミ串と合わせると、天国中の天国。あたし自身、最も虜になっているペアリングだ。


 1片ごと長方形に整えられた美しき姿の串、ミニステーキのごとく肉厚な牛ハラミが、カリッと焼き上げられている。サクッと噛み入れると肉汁がじゅわり。程よい赤身を残した絶妙な焼き加減。歯触りといい、食感といい、焼き具合といい、完璧。

 あたしは、世界一のハラミと呼んでいる。

牛ハラミ串

 口開け、18時。

 髄の美味しさを語ってくれた大常連さんと、あたしの兄家族ともここで酌み交わしたことのある常連さんと一緒に、テーブルを囲む。

 まずはお通し。手元に置かれた小鉢を見ると、ぷくりとした牡蠣。ピンクペッパーとミントも飾られており、お通しといえども手を抜かない酒場の矜持が表れている。

 キンミヤの赤ワイン割りをスイ~っと吸い込みながら、次の一皿に目が釘付けになった。しっとり真紅に輝く2枚の肉、牛ハツ刺しだ。なんて麗しいことだろう。うっとり。今日もいい仕入れをされていらっしゃる。

お通しの牡蠣の燻製
牛ハツ刺し

 大山鶏モモ串もふっくらと焼き上げられ、刻みネギが盛られた牛レバ串は唸る旨さ。待望の牛ハラミ串は、今日もやっぱり世界一の美味しさだし、添えられているポテトサラダもクリーミーさの中に酸味が光る、酒呑み仕様。単品でも追い注文してしまうほど愛しているポテトサラダだ。

大山鶏もも串。牛のみならず、大山鶏、無菌豚と上質の国産肉を仕入れている
牛レバ串

 そこへ、さらに狂喜のひと串が登場だ。中延「忠弥」直伝の牛ナンコツ串。コリッとした食感も見事。粒マスタードで食べさせるところが憎い。そこへさらに追いかけるようにやってきたのが牛つらみ串だ。この間、何杯のキンミヤ赤ワイン割りを重ねたことだろう。記憶を失わないようにと注意をしながら呑んでいたはずが、いつものようにたがが外れ始める。

 そんな中、大常連さんがマスターとの思い出話を語ってくれる。

「新宿の『どん底』、マスター、好きだったよね。何度も連れて行ってもらったよ」。

 呑み口が良すぎて足腰が立たなくなると評判の酎ハイカクテルを出す老舗酒場だ。良晴さんは若かりし頃、そこでアルバイトをされていたのだそう。なるほど、それで合点がいった。アルコール度数の高いキンミヤの赤ワイン割りを、酎ハイスタイルのトールサイズグラスで供されるのは、「どん底」に通じるところがありますねぇ。

牛ナンコツ串
牛つらみ串

 さてエレガントな出立ちにして豪気な呑み方をされる貴和子さん。この日も一緒にテーブルを囲んでくださった。

「芋焼酎も呑みたいな」

 思わずつぶやいた言葉を掬いとってくださり、

「紀和子さんにとびっきり美味しい芋焼酎を持ってきて~!」

 なんて素敵なオーダーの仕方だろう。

芋焼酎・白金酒造「本にごり」
ナムル、浅漬け

 常連も一見も区別なく、最良の接客をされる貴和子さん。その姿を長年見つめてこられた常連さん曰く、

「会社呑みしている人たちがいる時も、立場の弱い人に優しんいだよね。むしろ上司には厳しく、注意をするの、貴和子さんは。物言いとか、振る舞いとかね、なってない人がいると、ね」

 貴和子さんの凜とした対応があってこそ、これだけの賑わいの中、場が乱れることなく、常に心地いい空間が保たれているのだ。

 今はもう、冷蔵庫の影に隠れているシャイな貴和子さんはいない。

「人に勝る財産はない」

 飾り棚の上に飾られている良晴さんの満面の笑みの写真が、主人としての貴和子さんを見つめている。

※営業時間・休日は変更となる場合があります

店名

日南(にちなん)

住所

東京都品川区東五反田1-13-6

電話番号 

03-3449-4425

営業時間

月・火・水・木・金:18:0023:00L.O.22:00

定休日

土・日・祝日

アクセス

JR山手線五反田駅から徒歩1分

※営業時間・休日は変更となる場合があります。

※メニューは時期などによって替わる場合があります。