第9回 駅前で70年。四代続く家族経営酒場(後編)

 11時半~13時半、16時半~22時と、昼も夜も営業している荻窪の「かみや」。仕入れや仕込み、後片付けなどのことも含めると、相当なる長時間労働だ。それでもランチ営業をされているのは、二代目大将が店に入った時に、「自分の給料分は自分で稼ぐ」という思いがあったからなのだそう。仕出し屋で修業を積んだおかげで、市場での仕入れも学べた二代目。自分の目利きで仕入れた上質なものを、お昼ご飯として堪能してもらう。お酒呑み相手以外の商売も始まった瞬間でもあった。

 その後、店の建て替えなどもあって一時休止をされていたところ、三代目・昌宏さんが店に入ったのを機に再開。やっぱり「自分の給料分は自分で稼ぐ」ということだったのだそう。

 魚料理を2種類、日替わりで用意し、小鉢2品付きでの定食スタイル。

 ランチは特に、メニューがマンネリ化しないようにするのが一つの肝でもあると思うのだが、日替わりでメニューを考えるのは大変じゃないですか? そう問うと、

「利益が少ないのに、仕事量が多くなって、時間にも追われるので、大変ではあります。でもね、その分、食材を多彩に使えるようになるんですよ。昼と夜の食材を一緒に仕入れれば、魚も箱で買えるようになるし。ランチの小鉢を夜の突き出しにしたりもできるしね」

と三代目女将。

 常時50種類ほどの酒肴メニューを用意している「かみや」。頭上に貼られている白短冊の豊富さも見事なのだが、実は、ここに貼り出されているのが全てではない。仕入れや季節によって、細かく入れ替えられているのである。

 旬の出番を待って保管されているメニュー短冊を見せてもらったことがあるのだが、その数に大層驚いた。束でバサリと積まれているのだ。

 それほどまでに旬の食材を使うことを心がけていらっしゃる。それにちゃんと気づいている宴会客たちに、密かに心の中で大拍手を送った。

カウンター席頭上に貼られているメニュー短冊たち
旬の出番を待っているメニュー短冊たち。松竹梅の酒箱に保管されているところも大衆酒場らしくて、好い

 料理の話をさらに三代目女将に伺う。

「変わったメニューを出すと、お客様の反応があって楽しいんですよ」

 例えば、「カボチャぼうとう」。

 一昨年の冬至に、初めて出した酒肴。小豆と煮たカボチャにほうとうを入れたものだ。小豆とカボチャを煮たものは、岩手の老舗角打ちで馴染みがあったのだが、それにほうとうを入れるとは! 初代女将の故郷・長野の郷土料理なのだとか。

「かみや」の常連さんたちも、みんな初めて出会う料理だったそうだが、興味深々で味わわれたそう。

「酒呑みも甘いもんが好きなんだなぁと勉強になりました。ウイスキーと合うっていうお客さんもいるんですよ」と三代目大将。

 好評を博し、昨年も冬至にオンメニューされた。

 

 旬の食材や変化球の酒肴を厨房で手掛けるは、二代目女将と三代目大将、そして2022年に店に入った若き四代目・佳祐さんだ。「人形町今半」で3年修業を積んでの「かみや」入り。

 幼い頃は三代目女将におぶわれて店にいた佳祐さん、「かみや」に戻ってきた時は、「あの子がついに!」と常連さんたちも喜んだそう。みんな楽しみにされていたのだ。

 ナマモノは三代目、焼き物は四代目と役割分担もできて、厨房の切り回しもより一層よくなったという。

厨房内の二代目女将、四代目大将、三代目大将

 あたしがこの日一食めでいただいた「のらぼう菜」は二代目女将が担当をしてくださった。翡翠色に仕上がったのらぼう菜、シャキシャキと瑞々しい。鰹節もたっぷり。それをホッピーでぐい~っと。

 ここのホッピーは、ホッピーの瓶と別添えで焼酎がグラスに注がれる。それぞれをジョッキに入れて、自分で割って呑むスタイルだ。その日の肝臓の塩梅によって、濃くしたり、薄くしたりとアルコール度数を自在に調整できるので、あたしは気に入っている。

 この日は濃いめで割りながら、お気に入りの"宝箱"(正式メニュー名「ぬた盛り合わせ」)も堪能。小鉢に味噌と共に盛り込まれた刺身たち。鉢に添えられた辛子をこれまた自分好みに溶かしながら食べ進むと、出てくるは、出てくるは、ザクザクと。タコにシャコにトロにマグロ。帆立にホタルイカ、きゅうり、わかめと、全8種類。あぁ、やっぱり「宝箱」だなぁ。これを540円でお出しになっているのだもの。すごいなぁ。

ホッピーセット
ぬた盛り合わせ

 せっかくだから四代目の料理も食べようと、「牡蠣バター焼き」をお願いすると、大ぶりの牡蠣が5粒、外はパリッと中はふっくらと焼き上げられている。口に入れると、牡蠣汁がじゅわ~。ケチャップが添えられているのが洋食的でもある。

 口中に広がる牡蠣汁に誘われて日本酒が欲しくなる。

 テレビ下に貼り出されている日本酒短冊を見ると、「高清水」「日高見」「八海山」といった馴染みのある銘柄に加えて、酒呑み垂涎の「田酒」も並び、さらに「嘉大山(まるかおおやま)」なる初見の銘柄もある。興味深いラインナップだ。

 それらの仕入れを担当しているのは、三代目女将。一杯呑んだだけで頭痛がするほど酒に弱い体質なのだけれども、味が好きで、ちょこちょこ試飲を重ねながら、さまざまな酒を仕入れていらっしゃるのだそう。懇意にしている酒屋さんからは、「『かみや』さんなら」と、銘酒中の銘酒「飛露喜」も月一回定期購入させてもらっている。それを楽しみにされている常連さんも多いそう。

 旅先では必ず酒蔵に立ち寄って、東京では呑めない銘柄を仕入れてくる三代目女将。すごいご努力だ。

かきバター焼き

 フルーティな呑み口が好きという女将さんに敬意を表して「嘉大山」をいただくと、「ぽんっ!」素敵な開栓音を立てながら、コップにトクトクトク......。受け皿にこぼされ、なみなみと注がれたものを口から迎えに行くと、華やかな香り、丸味のある旨味。春らしい味わいだ。

この日飲んだ○嘉大山 yoshi 新生 13度無濾過生原酒
この日飲んだ上喜元 特別純米 からくち。綺麗な呑み口で、どんな料理にも寄り添ってくれる食中酒だ
焼きそば

 胡椒たっぷりのベーコンポパイエッグにも舌鼓を打ちながら、再び、四代目の料理を。「焼きそば」だ。キャベツ、ピーマン、えび、豚肉、もやし、ナルト、紅生姜、さらにはタコも。多彩な具材をつまみながら呑めるのが嬉しい。そして酸味の効いたソース味が何よりも酒を進ませる。キリッとキレ上がりのいい「上喜元」も楽しんだところで、お会計。

 卓スペースでは宴会客たちがおにぎりを頬張っている。

 

 地元に根ざした、老舗の大衆酒場。若き四代目も店に入り、地に足をつけた歴史がさらに紡がれてゆく。その場にいられる自分は、なんと幸せなことだろう。

店名

かみや

住所

東京都杉並区荻窪5-26-8

電話番号 

03-3393-2963

営業時間

火・水・木・金:11:3013:3016:3022:00

土・祝日:16:3022:00

定休日

日・月 ※月曜日営業する場合あり

アクセス

JR・東京メトロ丸ノ内線 荻窪駅南口から徒歩1

※営業時間・休日は変更となる場合があります

※メニューは時期などによって替わる場合があります。