第3回:塩屋散策と須磨の海
ある火曜日。私は大阪から電車に乗って塩屋駅へ向かっていた。塩屋は神戸市垂水区にある街で、神戸の中心地からすると西の方、三ノ宮駅から電車に乗ったらおよそ20分という距離にある。
JR東海道・山陽本線に乗っていくと、三ノ宮、元町、神戸、兵庫......とだんだん西へ向かって、須磨の一つ先が塩屋駅である。須磨駅の手前から窓の外に海が見える。「そろそろ塩屋か」と、座席から早めに立ち上がり、ドアのそばで海を眺めた。
塩屋に向かっているのには理由があった。本当は前日、私が住む大阪にWさんが来てくれることになっていた。Wさんは個人出版社をやっていて、私はそこから仕事の依頼を受け、原稿を書いた。その原稿のベースにした資料があって、それをWさんは受け取りに来てくれるはずだったのだ。
しかし、スケジュール管理がずさんな私は資料の整理が間に合わず、当日になって「申し訳ないのですが、明日にしてもらえませんか! 私がそっちまで持っていきますので!」と予定を変更してもらうという、大変失礼なことをしてしまった。なんとか資料の整理を終え、塩屋に住むWさんの元へそれを届けるために、電車に乗っているのだった。
正午前に塩屋駅に着くと、改札の外でWさんが待ってくれていた。昨日の無礼を詫び、「せっかくなのでお昼ご飯でも」と、路地の奥の「ワンダカレー」を目指す。ワンダカレーは遠方からファンがやってくるような名店で、私も過去、何度か食べに来たことがある。
店内は満席で、少し待って二人席に通してもらった。Wさんはこの連載を読んでくれていて、「火曜日は休肝日」などと言っておきながらこれまで私が酒を飲んでしまっているのを知っている。「今日ももちろん飲むでしょう?」と聞かれ、「まあ、いや、うーん」と口ごもった。正直なところ、明日、水曜日はずっと部屋で仕事をしている予定だから、休肝日を一日ずらせばいいだけだとも思う。なんか今日はやけに天気がいいし、飲もうかな。
「Wさんは飲まないんですか?」と聞くと、「後で車を運転する用があるんで飲めないんですよ」と言う。危なかった。もしWさんが「飲みますよ! もちろん!」と生ビールを注文したら、私も後についていってしまっただろう。しかしWさんが飲まないなら、とりあえずここでは飲まずにいよう。「タイカレー」を注文。めちゃくちゃ美味しい。
美味しすぎて体感的には1分で食べてしまった気がする。もっと大事に、ゆっくり味わえばよかった。満足して外へ。
塩屋は海と山がすごく近く、その海と山とにギュッと挟まれたような土地に家々が建っている。そのため路地はうねうねしていて、道の高低差も激しい。Wさんが「時間があったら『塩屋的住環境の家』を見学していきませんか?」と誘ってくれたので、ついていく。
その「塩屋的住環境の家」というのは、古民家を改装して作った1日1組限定の宿泊施設で、2025年12月にオープンしたばかりだという。「旧グッゲンハイム邸」という、塩屋の文化の中心的なスペースがあり、そこで様々なイベントが開催されていて、私もたまに行くのだが、その旧グッゲンハイム邸周辺のメンバーが立ち上げに関わっているようだ。
今日は宿泊予約がないとのことで、主要メンバーの一人であるKさんが室内を案内してくれた。外観は普通の民家という感じだが、中に入ると古い家屋の風合いを残しながらもすごく綺麗で、広々とした居間も庭も素敵で、キッチンもあって自炊もできる。最大5名で泊まることができるそうで、ここでみんなで飲んだら楽しいだろうなと思う。冷えたビールの味を一瞬、想像してしまう。
WさんがKさんに向かって「最近、ナオさんは火曜日を休肝日にするコラムを書いてるんですけど、今のところ毎回酒を飲んでるんですよ!」と言う。私の性格を知っているKさんは、「絶対飲むでしょ! こんないい天気で、この後、須磨の海に行くでしょ? そりゃ飲むでしょ」と笑っている。
その後、Wさんの事務所スペースになる予定だという、高台に建つ古い家屋に案内してもらった。階段で2階に上がると、窓から海が見晴らせて、こんなところに事務所があるなんて最高だなと思う。
塩屋に住んでいて、たまに一緒に飲みにいく友人のSさんにLINEをしてみた。「今、塩屋にいるんですけど、近くにいませんか?」と。すぐに返事があり、「今日は休みなんで外に出ていて、後で明石に飲みに行く予定です!」とのこと。もしSさんが塩屋にいたら、軽く飲むのもやぶさかでないと思ったが、いないのでは仕方ない。
無事に資料を渡してWさんと別れ、塩屋駅から電車に乗って、須磨駅で下車した。須磨駅は駅舎の目の前に砂浜が広がっていて、駅にコンビニも併設されていて、最高の飲みスポットである。
改札を出てコンビニに入店し、ノンアルコールビールとスナック菓子を買う。WさんとKさんが「いやいや、絶対飲むでしょう!」と言ってくれたおかげで、逆に飲まないで過ごそうという気持ちになれた。
海を眺めながらオールフリーを飲む。冷たい炭酸が喉を通って気持ちいい。TikTokの動画か何かを撮っているらしい高校生、犬を散歩させている人、走っている人、海外から観光に来ているらしい人、バラバラな目的を持った人たちがバラバラなまま一緒にいるこの場所が大好きだ。オールフリー、いい名前だ。
