第6話 寅雄と銀角

 五十年以上も生きてきたのに、いいゴミ箱に出会えたことがない。機能性とデザイン性を謳った名の通った生活雑貨のサイトで見ると、袋を簡単に設置できて外側に袋の折り返しも見えずに"スッキリと使える"となっているのだが、どこの製品を使っても自治体のゴミ袋がきっちりはまったことはないし、ゴミ箱の体積とゴミ袋の容量も合わない。合ったことがない。なぜなんだろう。
 ゴミ箱的には満杯になって取り出してみると、ゴミ袋にはまだまだたくさん入る余地がある。仕方がないのでゴミ箱からゴミ袋を取り出し、ゴミ袋が満杯になるまで数日間床に置き続けることになる。二度手間だ。ゴミ箱にピッタリのゴミ袋を使えということなんだろうか。するとゴミ袋を二重に使い続けなければならない。それもまた二度手間すぎる。
 それなら最初からゴミ袋をそのまま置くほうがマシではないか。と、針金でできたゴミ袋を引っ掛けて自立させるものを長らく使っていた。袋が丸見えの開けっ放しだが、これが一番簡単だ。生ゴミは都会にいる時は普通のビニール袋に入れた上に食パンのビニール袋に入れ、密封して捨てていたし、島に来て一軒家暮らしをするようになってからは庭に穴を掘って埋めていた。
 けれども寅雄が家の中をウロウロするようになって、この開放型ゴミ収納に問題が生じるようになった。魚の匂いがついたサランラップなどを求めてゴミ袋を漁るのだ。人間的にはさほど臭わないのでそのまま捨ててしまうのだが、寅雄的にはかなりそそるらしい。
 シンクやテーブルの上にちょっとした食べ物やお菓子を置くのも厳禁。これはオーブンレンジやオーブントースターの中に入れることで解決したが、ゴミ袋は袋を結んだり、匂いのするものはよく洗ってビニール袋に入れたりしても、引っ掻いて破ってメチャクチャにしてしまう。
 仕方がない。納屋に放り込んであったプラスチックの蓋付きゴミ箱を引っ張り出してきた。島にあるホームセンターで買ったものだ。プラスチックが薄くて蓋にヒビが入っているが、穴は空いていない。切断して燃やせないゴミに捨てようかと思いながら放置してあった。一応足踏みで蓋が開閉する。とりあえずはこれでゴミ襲撃を防ぐことができるだろう。
 寅雄は目についたものなんでも遊んでしまう。パソコン周りに使うコードなどにも齧り付く。そもそも私はADHD特性があり、ものをしまい込むとあっというまに存在を忘れてしまう。特に食料は買ったことを忘れて消費期限オーバーにしないためにも、目につくところに置いている。おかげで室内は常にごちゃごちゃとものに溢れているのだが、この状態で寅雄と暮らしていくのは、なかなか難しそうだ。少しずつ整理することにした。
 ダイソーで白いプラスチックの蓋付きの箱を買い、コード、薬、菓子など種目別に入れて積む。このままだと絶対に全てを忘れ去るので、白いマスキングテープに中身を全部書いて貼り付けた。これで大丈夫......だろうか。

 ある日ヤギ舎に行って車から降りると、に゛ゃ、あああああっという猫の叫び声が遠くから聞こえてくる。喧嘩なのか発情なのか。ちょっと物騒な感じの声だ。寅雄なのだろうか。だんだんと声は近くなって、怒ったような声音ではなくなって普通のにゃあに近くなり、ぶどう畑の雑草を掻き分けるようにして寅雄が出てきた。
 おーい仕事場を見に来てやったぞ。お前こんなところでヤギ飼ってるのか。と言わんばかりの顔をして、ヤギ舎にスルスルと上る。ヤギ舎はビニールハウスの骨組みだけが残った廃墟だ。梁にあたる横柱に交差する雨樋になった溝は、寅雄の身体を隠して尻尾と耳先だけが見える。奥へ奥へと走って行っていなくなったのかと思うと、入り口付近にヒョッと出てきたり。
 ヤギたちは自分の目線より下に猫がいれば追うが、上に上がってしまったらもうまるで気にも留めない。寅雄は雨樋の中を存分に走って奥の畑エリアまで行ったり好きに遊んでいる。ヤギの冬用ごはんとして植えているオーツ麦が猫草でもあるのではむはむと食べたりしている。本当に生き生きとして楽しそうなのだ。ヤギ舎は私が今の暮らしの中で最も大切にしている場所なので、寅雄が気に入って過ごしてくれていることが、とても嬉しい。ヤギの世話が終わる頃にはいつの間にかいなくなっている。私が帰宅したら夕ご飯をもらえるので、山道を駆けて先回りするのだ。

 ヤギたちの中で銀角はおとなしく優しい。立派な角を持ちながらも人間に一度も頭突きしたことがない。角がない玉太郎は、頭突きしてきても危なくないのだが、背後からやってきて股ぐらの間に首を差し込んでわざとズンズン突き進んでくる。玉太郎の体高は私の股下よりも高いので足が浮いてひっくり返されることになる。かなり危険である。銀角も同じくらいの体高だが、ひっくり返されたことは一度もない。
 ちなみに大きく曲がったチョッパーハンドルのような角を持つ茶太郎は、頭突きをするだけでなく後ろ脚で立ち上がってから勢いをつけて飛びかかってくるし、角と角の間に脚を入れて捻るという実に嫌な技も繰り出す。カヨは体は小さめで角も真っ直ぐだが首を縦にすばやく振り上げて角を腿に突き刺そうとするので実は一番危険だ。そんな荒くれ者ばかりの中で、優しくて温和な銀角はまるで奇跡の天使のように見える。ちなみにヤギたちの中の強さランキングの中では茶太郎がトップで次がカヨであり、玉太郎と銀角はいつもご馳走の草を彼らに譲っている。

 ところがこの銀角は、なぜか他の動物に対しては実に手厳しい。大きな余談になるがロバのクサツネを十日ほど預かった時のことを書かねばなるまい。自分よりも二回り近く大きなクサツネに立ち向かい、頭突きをしたのはあのおとなしい銀角だけだったのだ。
 クサツネを最初にヤギたちを会わせた時、今思えば彼渾身のブラフをかましたのだろう。ヤギなら小さいんだし勝てる!と思ったのかもしれない。飼い主の高田さんが入り口で手綱を放すと同時にヤギ舎の中に駆け込んでいった。いななきながら大きく大きく走り回り、ヤギたちを隅っこに追い立てた挙句にみんなの砂浴び場に寝そべり背中をグリグリ擦り付け、青草を食いちぎって頬張り、ここは俺が掌握したぞ。俺が王だ!! ここの草は全部俺のものだ!!と言わんばかりだった。ヤギたちは全員逃げ惑い隅っこに固まって無抵抗のまま、呆然とこの狼藉を眺めていた。

 一緒にするのは危険だろうと、クサツネはヤギ舎奥を仕切ったところに入居してもらうことにした。最初は春と秋の発情期に乱暴になる茶太郎を隔離する場所に置いた。ところがその年の春はカヨの発情が思っていたよりも早く、そして強めに到来してしまった。カヨは茶太郎にまとわりつき茶太郎が嫌がって暴れるので、カヨを隔離しなければならなくなった。
 クサツネには三日も経たずに冬のご飯のために植えたえん麦畑に移ってもらうことにした。えん麦は一度全部刈り終わっていて、これから暖かくなって刈り跡からもう一回生えてくるのを待っているところだった。
 クサツネはうちのヤギたちと違って同じものを食べたがる習性が強いらしく、耕作放棄地に生えた竹を切って葉を食べさせることと、丼いっぱいの糠と少しの塩をあげてほしいと言われていた。糠ですか。糠はヤギたちの好物でもあるのだが、糠の確保と保管が面倒くさいのでたまにしか与えてこなかった。
 竹の葉は萎れるのが早く、切って保管しておくことができない。私は朝晩竹を数本切り、竹を束ねて片手に、糠と塩の入ったバケツを片手に持ち、ヤギ舎の扉を開けて奥まで歩き、仕切りの扉を開けて、クサツネが待つえん麦畑跡地に竹の束を引き入れた。クサツネは一人で隔離されるととてもおとなしくなり、逃げたがることもなく、マイペースに麦の切り株を齧ったり竹葉を食べたりしていた。
 最初のうちヤギたちは私が竹を引きずってクサツネのところに行くのを遠目にぼんやり眺めていた。竹はヤギたちにとってご馳走ではない。「春の草が美味しいシーズンなのにアイツはあんなものを食べるのかー。ふーん」と内心嘲っていたようにも思う。ところが私がもう片方の手に提げたバケツの中身が糠であることが判明すると、「なぜアイツだけご馳走の糠を??」という羨望に満ちた眼差しを向けるようになった。とはいえ相手は大きくて暴れん坊?のロバなので、十分に距離はとる。けれども目や耳は興味津々という動き方をしはじめた。
 葉を食べ終えた竹は、結構嵩張る。竹の搬入搬出をする間、扉は開けっ放しになる。その間に意を決してそろりそろりと入り込んで来たのは、銀角と玉太郎だった。彼らはバケツに直進し、クサツネが食べ残している糠に口をつけてパクパク食べ始めた。
 竹の葉を食べていたクサツネが彼らに気づき、身体の向きを変えて一歩ヤギたちに踏み出しただけでもう玉太郎はヒュッと逃げ出したのだが、銀角は前進して距離を詰めて行った。大丈夫かなと思う間もなくクッと頭を下げてクサツネの腹に角が刺さるように振り上げたのだ。まさかあんなに優しい銀角が、二回りも大きなロバに対して向かっていくとは。そしてヤギたちや私にいつも威張り散らして角を振り回している茶太郎が、自分より大きなロバにはからっきし弱気なのも、意外だった。

 結構痛かったのだろう。銀角から頭突きをお見舞いされてからのクサツネはすっかりしょぼけてしまった。私が竹を出し入れするときは、銀角と玉太郎は遠慮なくズカズカと、そして茶太郎までオズオズと入って来ては糠を食べるようになった。カヨだけは頑なにクサツネに近づこうとはしなかったが。哀れ、クサツネはヤギたちには顔を向けずに見て見ぬふりをするようになった。

 そんな銀角は、自分よりも遥かに小さな寅雄にも最初から厳しかった。人間にはあんなに優しく温和なのに、動物にはイケズを貫きたいらしい。他のヤギたちは寅雄が地面にいたらちょっと近寄り、寅雄が三歩ほど引けばそれ以上は追いかけない。なのに銀角だけは、寅雄を見つけると追いかけて本気の頭突きモードに入る。寅雄も真剣に逃げざるを得ない。飛び下がって草むらの中に逃げ込んでも、追いかけてくるので慌てて柱に駆け上っている。
 銀角に何度追い払われても寅雄は堂々とヤギ舎にやってくる。必ず遠くからにゃあああああ!!と叫びながらやってくる。私がヤギたちの世話をしているのを見守るために来ているんじゃないかとすら思えるのだった。

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