第2回 銭湯ハンコ作家誕生の巻(その2)
仕事をとるか、ハンコをとるかでまさかの決断
ハンコを彫り始めた当時は、もう何かに取り憑かれていたように毎日夜中の2時3時、下手すりゃ夜が白々と明けるまでホリホリしていた。言っておくが私は普通の会社員(プログラマー)で毎日出社してパソコンに向かわなければならない。眠たくて仕事にならなくなった。
居眠りして注意されることたびたび。頭が回らなくて仕事が進まずミスが出る。このルーティンは負のスパイラルとなり、じわじわと心身に変調をもたらしていった。もう駄目だハンコは辞めよう、と思いながら2014年、会社を辞めた。
小さいころ両親からよく言われたのを思い出す。お前は手先が器用だな、と。何より細かいことをしている時には時間を忘れた。
そしてハンコをサプライズでプレゼントした時の相手の反応がたまらない。人を喜ばせた時が一番幸せであるという感覚は、誰もが知っているだろう。ハンコはやめられなかったのだ。
仕事のあてなどなくプータローになってしまった。しかし働かないわけにはいかない。家族もある。
こんなに彫っているハンコ、仕事にならないか。時間だけはできたので、なかなか会えない地方の銭湯さんを訪ねて、これからのことを相談したり、ひとり悩んだりの日々。
そこでハタと気づいた。
「銭湯お遍路ハンコって面白くないな」
都内の銭湯すべてに配布されていたハンコは、支部名・番号・店名、という文字だけの事務的なデザインだったのだ。これに特徴を入れた絵を入れることで面白くなるのでは?
「銭湯お遍路ハンコ」を作りたい
早速、当時一番よく通っていた稲荷町の日の出湯さんにお願いして、作らせてもらった。日の出湯さんは古代ヒノキで造られた浴槽が売りで、また奥さんがパンダ好きなうえに上野動物公園に近いということで、パンダが入浴している図にした。記念すべき第一号だ。

次に御徒町の燕湯さんは岩風呂にツバメ、そしてサンプルとしてお見せした日の出湯さんのデザインを見て「ウチもパンダにして」と言われた。

北千住のタカラ湯さんは縁側とアイドル猫のボビーくんと錦鯉をシンプルに。

なんとかこの3軒分ができた。各銭湯さんには気に入っていただいた。しかしこれを東京都浴場組合に無断でリリースしてよいものだろうか、と不安がよぎる。「銭湯お遍路」は組合のシステムであり、お遍路達成者が組合に「お遍路スタンプノート」を提示して認定証や記念品を受け取るわけだから。当然押されたハンコをチェックする。そこに見慣れない絵の入ったハンコが押されていては困惑するだろう。やはりお願いに行くのがスジってものだ。
2015年春のある日、アポを取って東京都浴場組合本部に突撃した。本部、正しくは東京都公衆浴場業生活衛生同業組合と言い、千代田区東神田の古いビルの2階にある。3軒分のハンコを持って緊張の面持ちで階段を上がった。
組合の2名の方との面談、絵を入れたらダメとか勝手なことをするなとか、NGだったらどうしようかとドキドキしながらハンコを見せ、「こういうものを『銭湯お遍路ハンコ』として作らせてほしい」とお願いした。すると、
「どんどんやってください」
あっさりOK!
え、いいの!?と拍子抜けしたのだが、もしここでダメだったら今の私は存在してなかったと思うと、大きな分岐点だった。
一応、デザイン上の必須項目と、随時デザインを本部に報告するという約束をしたので、今日まで守っている。
こうしてたった3軒分の制作だが、銭湯ハンコ作家が生まれた。それからは特に宣伝や広告を打ったわけでもないが、口コミだけで広がっていった。
10年経って300軒近くのハンコを納品してきたが、その間に別のデザイナーさんや各銭湯でオリジナルに作り始めるところも出てきた。最初から独占する気はないし、銭湯お遍路が楽しくなればそれでいい。
「仮面ライダーリバイス」からのオーダー
10年のうちに、「銭湯お遍路ハンコ」だけではないものをメディアから頼まれることも出てきた。思い出深いのは、2021~22年にテレビ朝日系列で放送された「仮面ライダーリバイス」だ。
最初、東映の美術会社さんから連絡をいただいた時は、まだタイトルも公表されておらず、
・仮面ライダーシリーズ生誕50周年記念作品である
・変身アイテムがスタンプ
ということだけ。
「え、変身スタンプ作るの?」
と思ったが、そういうことではないらしい。どうやら主人公のヒーロー青年の家族が下町で「しあわせ湯」という銭湯を営んでおり、そこで使用するお遍路ふうのハンコを作ってもらいたい、ということだった。
しあわせ湯はご近所のタカラ湯さんがロケ地だったので、打ち合わせは好都合だった。
2種類のお遍路ふうハンコを納品したものの、「これ、ドラマの中でどう使われるんかいな」と第1回の放送を心待ちにした。
さあ放送日、わくわくしながら見た。いきなり飛び上がった。なんとオープニングでハンコを押す手元からのアップ! ......0.5秒くらいだけどね。

オープニングに使われるということはどういうことか、そう、毎回使われるということなのだ!
よしよし、とほくそ笑みながら見ていると、さらに「美術協力」の欄に「銭湯ハンコ作家としぞー」と書いてあるではないか! しかもSoftBankの次に! なにこの嬉しい違和感......。
銭湯ハンコ、世界へ広がる!
そして世界のとしぞーハンコへ。と言っても2か国だけなのだが。
2021年、外務省の外郭団体である国際交流基金シドニー日本文化センター図書館から突然連絡あり。日本の銭湯を紹介するイベントをシドニーで開催するにあたり、作品の提供をお願いしたいとのこと。私のほかにも、銭湯ペンキ絵師の田中みずきさんや、銭湯写真家の今田耕太郎さんらも選ばれている。
それまでの展示会などで使用するために、ハンコを9㎝角のミニパネルにしたものがあったので、これを45枚、それに、来場者がその場で押せるハンコを用意したら面白いのでは、と提案して「シドニー湯」という架空の銭湯ハンコを作成した。日豪友好の意を込めて富士山と桜、オペラハウスとコアラというステレオタイプなデザインにしてみた。
会期後にメールをいただき、3か月の会期で4,904名、シドニー湯ハンコがとても人気だったと嬉しい報告をいただいた。

もう一つは2023年に北投温泉博物館(台北)で開催された「2022【銭湯聚Together in Sentō】日台公共浴場国際交流展」に出展。データのみの提供だったが、大きく印刷して掲示してくれた模様。台湾のイケてる若者のフォトスポットになったとかならないとか。
そんなこんなで、銭湯ハンコ作家は幸せな日々を送れておりますですよ。(つづく)
