第3回 やっぱりいい! 銭湯ドラマの金字塔「時間ですよ」の巻
いろいろある銭湯を舞台にしたドラマ
今年(2026年)の初め頃、BS-TBSでドラマ「時間ですよ 第2シリーズ」の再放送があったので、じっくりと視聴した。この第2シリーズは1971年から72年にかけて放送されていたもの。ある年代以上の方は、銭湯を舞台にしたドラマと言えば、「時間ですよ」を真っ先に挙げられるだろう。そもそもこの「時間ですよ」シリーズは白黒放送だった第1シリーズの70年から、「時間ですよ 平成元年」の89年まで約20年も断続的に放送されていたから、認知度が高いのは当然である。
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もちろん銭湯を舞台にしたドラマは、矢口真里さん主演「銭湯の娘!?」(2006年・TBS系)や、観月ありささん・ゴリさん(ガレッジセール)主演「鬼嫁日記 いい湯だな」(07年・フジテレビ系)、久住昌之さん原案の戸次重幸さん主演「昼のセント酒」(16年・テレビ東京系)や奈緒さん主演「のの湯」(19年、BS12)、最近ではともさかりえさん主演「湯遊ワンダーランド」(23年、BSテレ東)など短いタームで放送されているものを思い出せるものの、銭湯ドラマの金字塔と言えば、「時間ですよ」を措(お)いて他にないだろう。
銭湯ドラマの金字塔「時間ですよ」
いったい何が面白いのか、考えてみた。
まず配役。「松の湯」の女将・森光子さんと亭主・船越英二さんは銭湯の人としか思えない。「いらっしゃいましー」と気風(きっぷ)のいい女将さんの番台姿と、頭が上がらない亭主の「かあさん」という台詞がこのドラマの空気感を醸し出している。「かあさん」は語頭のイントネーションが妙に甲高いのが特徴だ。
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一人息子の一郎(松山英太郎さん)はこの夫婦から生まれたとは思えない融通の利かない男で、家業よりもサラリーマンを選択し、なぜか健気な美女・芙美(松原智恵子さん)を嫁にもらい、松の湯に同居している。この一郎が本当に腹が立つ男で、芙美が松の湯の仕事を手伝おうとすると激怒し、結婚後初めてのお正月なんだから二人でゆっくり過ごしたら、と周りが気を使っているにもかかわらず、会社の飲み会を優先してしまう。暗い部屋で一人、色っぽいネグリジェで待っていた芙美さんが気の毒でならない。
余談だが、松原智恵子さんのご実家が、今も名古屋市南区で営業されている銭湯というのは有名な話。
三人の従業員、浜さん(悠木千帆[樹木希林]さん)、健ちゃん(堺正章さん)、サチコ(西真澄さん)の掛け合いはミニコントと言ってもよく、第3シリーズ(1973年)でサチコがミヨコ(浅田美代子さん)に代わってからはおちゃらけ具合が半端なくなる。
隣のアパートに住むマリちゃん(天地真理さん)は窓辺で白いギターを弾きながら「恋はみずいろ」を歌う。彼女に恋焦がれるマチャアキは、のちに屋根の上でギターを弾きながら二人で歌うようになる。
挿入歌がある、というのも素敵だ。この時歌われた「涙から明日へ」は、転調したと思ったらいつの間にか戻っている、山下毅雄さんの名曲だ。この後、天地真理さんが国民的アイドルとなるのは周知のとおり。(屋根の上で歌う図式は、この後のドラマ「寺内貫太郎一家」で長男・西城秀樹さんとお手伝いさん・浅田美代子さんに引き継がれていく。ギターの右手は単純なストロークなのに、聞こえてくる音は流れるようなスリーフィンガーピッキングになっているのが見逃せない。)
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セットも秀逸で、浴室のタイル、ペンキ絵、広告など、本物と見紛う(みまごう)し、何より釜場を含めた銭湯のバックヤードを我々に見せてくれたのは、私が銭湯好きになったことに少なからず影響を与えてくれたのだと信じている。
第3シリーズになると、銭湯の抱える問題点に触れることが増えてくる。ある回では、従業員の労働時間が長すぎる、と運動を起こし、そしてある回では、浜さんが「東京の銭湯は週に1軒廃業しているんだから」とつぶやく。週に1軒廃業、というのは10年ほど前に年に50軒ペースで廃業していた頃の常套句で、50年前からそうだったのかと一瞬勘違い。
このシリーズが始まった1973年といえば、ピークの68年から坂を下り始めた頃で、それでも都内には約2400軒の銭湯が営業していた。約2400軒のうちの50軒だ。約400軒と言われる現在とは分母が6倍くらい違う訳で、さすがに年に50軒は廃業していないが、深刻さの加速度にはあらためて愕然とさせられる。
再放送――ことわり書き入れるならバストをぼやかすな
常連の徳さん(三代目江戸家猫八さん)が毎回、女湯の扉をガラッと開けて「あ、間違えちゃった」、女湯客がキャーっと大騒ぎになるシーン。それと毎回、夫婦どつき漫才の正司敏江・玲児さんが大喧嘩をしながら女湯浴室にまでなだれ込むシーンも、考えられない演出だ。これは現実ならばコンプライアンス的に大問題だし、ドラマだとしても当人たちに大したお咎めもないのは時代なのか。視聴者からクレームはなかったのか。あくまでドラマだからということで楽しめていたのだろう。
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昔のドラマを放送する場合、冒頭、お約束のように流すテロップがある。このドラマも例外ではない。
「作品の時代背景や、原作者・制作者の意図を尊重しオリジナルのまま放送します」
的なヤツ。ひねくれものの私はどうも違う受け取り方をしてしまう。台詞など全部チェックするの面倒だし、もし何かあっても最初にことわってるからね、という腹が読めてしまうのだ。
まあ、それでもそのまま放送してくれるんだったらいいんだけどね。しかし、この再放送、女湯のシーンでバストをぼやかしているのだ。嘘つきか。制作者や脱いでくれたお姉さんたちの意図やオリジナリティはどうなっとるんじゃ! ぼやかすな!
......べっ、別に見たいからじゃないからね。
