【今週はこれを読め! SF編】人虎伝説が残る1930年代マレーシアを舞台にした謎と冒険

文=牧眞司

  • 夜の獣、夢の少年 上 (創元推理文庫)
  • 『夜の獣、夢の少年 上 (創元推理文庫)』
    ヤンシィー・チュウ,圷香織
    東京創元社
    1,100円(税込)
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  • 夜の獣、夢の少年 下 (創元推理文庫)
  • 『夜の獣、夢の少年 下 (創元推理文庫)』
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ヤンシィー・チュウ『夜の獣、夢の少年』(創元推理文庫)

 著者は中国系のマレーシア人で、幼少時代をいくつかの国ですごしたという。ハーバート大学を卒業し、経営コンサルタントやスタートアップ企業での勤務を経て、2013年、長篇The Ghost Brideでデビュー。本書『夜の獣、夢の少年』は第二長篇で、2019年に発表された。どちらの作品も、ニューヨークタイムズ・ベストセラーになっている。

 舞台となるのは、1930年代、イギリス統治下にあるマレーシア。西欧的な合理主義、中国系の文化、土着のアニミズム的世界観が同居し、独特の雰囲気を醸している。

 物語の中心となるのは、ふたりの人物だ。

 十一歳の孤児レンは、自分を世話してくれた西洋人医師マクファーレンの遺志を受け、一本の指を探している。マクファーレンによれば、自分は人虎(人間に変化できる虎)であり、かつて指をなくした。息を引き取ってから四十九日以内に、その指も一緒に埋葬しないと、死後、人間に戻れなくなる。

 もうひとりの主人公は、母がつくった借金を返すためにダンスホールで働いている娘リー・ジーリン。彼女は賢いが女性ということで大学進学を許されず、表向きは洋裁の見習いをしていることになっている。ダンスホステスは不しだらな仕事と思われており、家族に内緒なのだ。彼女はちょっとしたアクシデントで、ダンス客のポケットからガラスの小瓶を抜き取ってしまう(盗むつもりではなかった)。なかに入っていたのは、一本の指だ。

 ジーリンはそんなものを持っていたくはないが、当のダンス客が急死したことで、宙ぶらりんになってしまう。その指にはキナくさい事情があるらしく、ジーリンは危険に巻きこまれていく。

 人虎の伝説と並んで、この作品にファンタスティックな色彩を与えているのが、儒教の五常(仁・義・礼・智・信)に因んだ名を持つ人物のつながりだ。ジーリンは智、彼女の血のつながらないきょうだいシンが信、レンが仁、彼の双子のきょうだいイー(すでに死んでいる)が義であり、残る礼が誰かは物語の後半になるまでわからない。

 物語を牽引するのは切り落とされた指をめぐる謎、作品世界に陰翳をあたえるのは人虎の伝説と儒教の五常に因んだ名を持つ人物のつながり。そして、そこから紡がれるのはレンの手探りしながらの成長と、ジーリンの波瀾に富んだラブロマンスである。

 ただし、たんじゅんにレンが自立して大団円、ジーリンの恋が成就してハッピーエンドとはならない。お伽噺じみた定型ではなく、それなりにシビアな現実認識と主人公たちの主体性が問われる結末になっているところが、この作品の現代性だ。

(牧眞司)

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