【今週はこれを読め! SF編】登場人物たちが暮らす秘密の図書館、書き換えられる初版本

文=牧眞司

  • キャクストン私設図書館
  • 『キャクストン私設図書館』
    ジョン・コナリー,田内志文
    東京創元社
    2,310円(税込)
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 犯罪小説、ホラー、ファンタジイと幅広く活躍するジョン・コナリーの短篇集。大部な原書Night Music: Nocturnes Volume 2から、書物や物語を題材とした四篇を選んでの邦訳だ。

 表題作は、ドン・キホーテ、オリヴァー・ツイスト、ロビンソン・クルーソーなど、物語の有名な登場人物が実体となって棲みついている図書館の物語。起源は十五世紀、チョーサーの作品に出てくる巡礼者の何人かが戸口に出現したときまで遡るという。

 この設定だけ聞くと、ひとつ屋根の下に暮らす個性豊かなキャラクター同士が、ワイワイとやりとりし、ちょっとした騒動がもちあがる――という展開を想像するかもしれない。しかし、本作はそんな愉快な小説ではない。有名登場人物たちは、このひっそりとした図書館で、いわば隠棲しているのだ。お互いに干渉することもないし、そのキャラクター固有の「特別な事情」を別にすれば外出もしない。

 架空存在の実体化と同じくらい不思議なのは、キャラクターが現れるとまもなく、彼らについて書いた元の物語、その本の初版本やオリジナル原稿がどこからともなく送られてくることだ。それら原本はこの世にあるすべての刊本と同期しており、テキストに異常があればそれが現実に反映される。雨漏りで『白鯨』の手稿本のインクが滲み、『不思議の国のアリス』の原稿に移ってしまったときは、帽子屋のお茶会に鯨が登場するはめになった。それをていねいに修復するのも、司書の役割だ。司書はひとときにひとりだけ。運命に導かれるようにこの図書館を訪れ、先代の司書から仕事をひきつぐ。

 さて、いまここにバージャー氏という本好きの男がいて、線路脇で危ういふるまいをしていたアンナ・カレーニナ――彼女の行動は先述した「特殊な事情」の例だ――を見かけ、そのあとを追って図書館へたどりついた。扉は閉ざされていたが、司書の老人ギデオン氏とすったもんだの末、館内に入ることを許される。

 この不思議な図書館に魅せられていくバージャー氏。やがてその胸に、読書家ならではの衝動が芽吹きはじめる......。

 キャクストン私設図書館を舞台とした作品がもう一篇。「ホームズの帰還」は、バージャー氏がこの図書館を発見したよりひと世代前の時代の物語だ。通常、フィクションの有名キャラクターが実体化するのは、その作者が亡くなったあとだ。しかし、例外が起きる。シャーロック・ホームズとジョン・ワトスンだ。彼らは、コナン・ドイルが「最後の事件」を発表したあと、つまり作中でホームズが宿敵モリアーティ教授とともに滝壺に落下したときに、この図書館にあらわれた。

 しかし、その後、ドイルがホームズを復活させ、続篇を発表しだしたので、事態はややこしくなる。図書館に暮らすホームズ&ワトスンの人格・記憶と、新しく書かれた作品であきらかになったキャラクター設定が乖離しはじめたのだ。作者ドイルが死んだら、どうなるのだろう。ふた組のホームズ&ワトスンが実在してしまうのか? 前代未聞の事態を収拾すべく、司書のヘッドリー氏とホームズ、ワトスンは、策を練りはじめる。

 ほかの二篇はダークファンタジイ。

「虚ろな王」は、コナリーの全米図書館協会アレックス賞受賞作『失われたものたちの本』のサイドストーリーをなす掌篇。恐ろしい愛のかたちが鮮烈だ。

「裂かれた地図書――五つの断片」は、伝説の稀覯本をめぐる中篇。この宇宙を超越した異界の地図書だというが、実物を目にした者はひとりもいない。この作品は時代をまたがって、ひじょうに凝った構成で語られ、しだいにピースがはまるように戦慄のヴィジョンが浮かんでいき、結末で一気にコズミック・ホラーへ繰りあがる。

(牧眞司)

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