【今週はこれを読め! SF編】奇妙なタイムトラベル、石器時代の種族とともに生きる

文=牧眞司

  • 時の他に敵なし (竹書房文庫 び 3-1)
  • 『時の他に敵なし (竹書房文庫 び 3-1)』
    マイクル・ビショップ,大島 豊
    竹書房
    1,540円(税込)
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 1982年に発表、ネビュラ賞長篇部門を受賞したマイクル・ビショップの代表作。

 主人公ジョシュアは、物心ついたときから繰り返し夢のなかで太古を体験していた。夢というには鮮明で、自分が生まれる二百万年前の記憶といったほうがふさわしいかもしれない。彼はそれを"魂遊旅行"と呼んでいた。古人類学者のブレアは、ジョシュアが夢で見聞きしたディテールと実際の人類史との合致に気づき、彼を「ホワイト・スフィンクス」なるプロジェクトへと誘う。

 それは奇妙なタイムトラベルだった。任意の時代を選べるわけではない。"魂遊旅行"の時代にだけ、夢見た本人ひとりを送ることができる。ジョシュアは事前に自然環境でのサバイバルをトレーニングしたうえで、最低限の持ち物だけを身につけて古代のアフリカへと赴く。そこで出会ったのは、人類の遠い祖先ホモ・ハビリスだった。一群のなかに他の個体とは違ったふるまいをする女がいて、ジョシュアは彼女をヘレンと名づけ、心惹かれていく。

 この作品においてタイムトラベルはプロット上の手続きにすぎず、おおよその時間SFのように因果関係のパズルが扱われるわけではない。また、ジョシュアとヘレンの関係も、通常のラブロマンスのようには運ばない。コミュニケーションさえ満足に成りたたない相手なのだ。

 ビショップは定型的な物語を書いているのではない。石器時代というシチュエーションを鏡として、ジョシュア自身が抱えている事情(そこには人間社会の構造が反映している)が前景化されていく。「訳者あとがき」で大島豊さんが指摘するように、この作品のテーマはひとつではない。個人のアイデンティティ、ハンディキャップを抱えて生きること、偏見や差別、文化間の格差、家族の関係、意志疎通など、いくつもの問題が複雑に絡みあっている。

 ジョシュアとホモ・ハビリスのつながりをめぐる「古代パート」と、ホワイト・スフィンクス計画に参加するまでのジョシュアの人生を描く「現代パート」とが、平行して語り進められる構成――そのためかなりボリュウムがある作品になっている――も、これらテーマを立体的に扱うためだ。

(牧眞司)

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