【今週はこれを読め! SF編】耀く空を信じて、純真なロボットの少女たちの友情

文=牧眞司

  • 千個の青
  • 『千個の青』
    チョン・ソンラン,坂内拓,カン・バンファ
    早川書房
    2,200円(税込)
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 韓国の新鋭による青春SF。2019年に発表され、韓国科学文学賞長編小説部門大賞を受賞した。

 競走馬トゥデイとロボット騎手コリーは最高のコンビ。向かうところ敵なしの連勝をつづけた。しかしトゥデイの脚が痛みはじめる。それでも完走が求められ、このままではトゥデイの生命すら危うい。そう判断したコリーはレース中に自分から落馬する。

 競馬場の職員はコリーに訊ねる。

「どうしてレース中に空を見たんだ?」

 コリーの答はこうだ。

「空がすぐそこで耀いているのに、見ないなんてことができますか?」

 耀く空。見上げれば広がっているのに、地面ばかり見ていると目に入らない空。この作品は、登場人物ひとりひとりが耀く空を見つけにいく物語だ。

 走れなくなったトゥデイ。

 落馬で壊れかけたコリー。

 廃棄が決定した彼らを救おうと、15歳のヨンジェが立ちあがる。彼女はロボット分野で並ならぬ才能を秘めているが、周囲とは協調できずに教室では浮いていた。

 ヨンジェの姉、17歳のウネは小児麻痺で車椅子に乗っている。ウネにとって大きな楽しみは、トゥデイの姿を見ることだった。ウネにつきあって競馬場に行ったヨンジェは、干し草のうえに置き去りにされたコリーを見つけ、アルバイトで溜めた金をはたいてコリーを買いとる。自分で修理しようと考えたのだ。

 それと前後して、学校でヨンジェに声をかけてきたクラスメイトがいた。強引な娘ジスである。彼女はロボットコンテストに出場するため、ヨンジェの才能に目をつけたのだ。ヨンジェにとってジスは迷惑きわまりない存在だが、しかし彼女と組むことにメリットもあった。ジスの父親はロボットの部品を扱う企業の社長なのだ。ジスに頼めば、コリーを修理するための資材を融通してもらえる。

 マイペースのヨンジェ、図々しいジス。個性的なふたりがぶつかりあいながら奇妙な友情を育てていく過程が、この物語のよみどころのひとつだ。このふたりに挟まれるように、ひとを疑うことを知らないイノセントなコリーがいる。コリーは言う。「ぼくを直すみたいに、トゥデイも直してくれませんか?」

 はたしてヨンジェとジスは、コリーとトゥデイを救えるのか? 彼女たちの大胆な作戦がはじまろうとしていた。

 純真で献身的なロボットの切ない友情物語という点で、カズオ・イシグロの『クララとお日さま』と少し似ている。ただし、静謐で内省的なイシグロ作品とは対照的に、『千個の青』はコリーのまわりにいるヨンジェやジス、さらに彼女たちの熱意に呼応して協力することになる大人たちの活躍がある。とことん正統なヤングアダルトSFと言えよう。

(牧眞司)

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