【今週はこれを読め! SF編】アイドルと死生観

文=牧眞司

  • 走馬灯のセトリは考えておいて (ハヤカワ文庫JA)
  • 『走馬灯のセトリは考えておいて (ハヤカワ文庫JA)』
    柴田 勝家
    早川書房
    924円(税込)
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 柴田勝家の新しい短篇集。六作品を収録している。

 作者は大学院で民俗学・文化人類学を学んだ俊英で(在学中に作家デビューの)、アイドルやネット文化にも造詣が深い。

「オンライン福男」は、参拝一番乗りを競う神事「福男」がコロナ禍でeスポーツ化する。最初はバーチャル空間でおこなわれていたものが、回を追うごとにエスカレートし、物理銀河全体を舞台にした競技になってしまう。参加者たちはシステムの裏をかくべく熾烈な知恵比べを繰りひろげる。狂躁的な物語だが、それでいてブラックや意地悪にならず、どこか上品なのがこの作者らしい。

「クランツマンの秘仏」は〈SFマガジン〉に発表され、それを読んで仰天した樋口恭介が「異常論文」特集なる企画を思いついたという、いわくつきの作品。「信仰が質量を持つ」という仮説に取りつかれた学者の人生が語られる。文化人類学的考察がふんだんに凝らされていて眩惑的だ。

「火星環境下における宗教性原虫の適応と分布」は、めでたく実現した「異常論文」特集のために書かれた作品。擬似論文としてのものものしい体裁も、アイデアの異常ぶりもいっそうパワーアップしている。内容はタイトルが示すとおり。ウイリアム・S・バロウズは言語をウイルスと考えたが、柴田勝家は宗教を原虫として扱い、人間との共生を概観するのだ。

「絶滅の作法」は、地球上の生命がいきなり絶滅してのち、異星から思考を飛ばして地球人として暮らしている者たち(肉体的には普通の人間)と、精神を有さない背景生物(こちらも肉体的には普通の人間)によって、以前と変わりのない日常がつづいている。淡々とした情景描写のなかに、不思議な情緒が漂う傑作。

「姫日記」は、美少女ばかりの電脳戦国時代(ゲーム)における、天下統一への気が遠くなるような道程を、毛利元就(美少女)に仕える軍師の一人称で綴るユーモア作品。予想だにしないバグが次々に発生するので不条理小説のようだ。だが、これも語り口が上品なので、楽しく読める。

 巻末をしめくくる表題作「走馬灯のセトリは考えておいて」は、この短篇集のための書き下ろしだ。人間の生活を記録するライフログとAI技術の発展によって、死後にライフキャストとなるバーチャル人格を構成できるようになった近未来。主人公の小清水イノルは、依頼を受けてライフキャストをつくりあげるプロの人生造形師(ライフキャスター)である。そんな彼女の元に寄せられた新しい案件は、かつて一世を風靡したバーチャルアイドル、黄昏キエラの復活だった。キエラの"中の人"は柚崎碧という七十五歳の女性で、病気で余命が尽きようとしている。このタイミングで、キエラの卒業ライブをおこなうというのだ。ただし、ライフキャストには柚崎本人のライフログは用いず、あくまで黄昏キエラの過去の活動記録だけを元にする。ややこしい注文に応えるべく努力をつづけるイノルは、やがてキエラの隠された秘密にふれていく。アイドル文化と死生観といういっけんかけ離れたふたつの領域を、人間精神の深いところで通底させて描いた、まさに柴田勝家ならではの作品だ。

(牧眞司)

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