【今週はこれを読め! SF編】異知性とのコンタクトを描く近未来ハードSF〜林譲治『知能侵蝕 1』

文=牧眞司

 林譲治の長篇SFとしては『記憶汚染』以来、ひさかたぶりの近未来を舞台にした作品。

 203X年の日本では、各分野でAI利用が進んでいるものの、AIではこなせない業務については慢性的な人材不足となり、優秀な才能にはマルチタスクで仕事を割り当てざるをえない状況だった。

 いっぽうで、世界情勢はいっそう複雑になり、人口減少と経済力低下が顕著な日本の安全保障も見直しを迫られている。かくして、経済や軍事のみならず地理的、歴史的、文化的、技術的、社会的なトータルな情報収集と分析を担い、独立した権限と各官庁への調査権を有する機関として、NIRCこと国立地域文化総合研究所(National Institute of Regional Culture)が五年前に設立された。

 大沼博子はNIRCのAI担当理事だ。その博子のもとへ、自衛隊の部隊から直接、メールが届く。異例のことだった。通常は防衛省を経由するものだからだ。送り主は、旧知の仲である宮本未生一等空佐。彼女は宇宙飛行士をめざして航空自衛隊に入り、いまは宇宙作戦群本部で司令官補佐を務めている。博子に送ったメールは、確信的な情報リークだった。

 宇宙作戦群本部は、地球軌道上で機能停止衛星やデブリが異様な挙動を示していることを観測していた。ナノサイズのブラックホールがかすめたとの仮説も唱えられるが、それでは説明のつかない部分もある。群本部では情報の扱いに慎重な姿勢だが、未生は緊急性があると判断して、リークに踏み切ったのだ。

 こうした組織内・組織間の力学、そこで働く登場人物のさまざまな思惑や行動がきわめてリアルに描かれるのは、林譲治作品ならではだ。やがて、異常な事態は軌道上だけにとどまらず、世界各所でも不可解な事件が散発していることがわかり、これに対処すべく、国連に特別調査班の構想が持ちあがる。この国際組織とNIRCのかかわりかたも、作中できちんと押さえられている。

 科学技術面での書きこみも緊密だ。軌道上の異常事態の観測、その原因の検討からはじまり、いよいよ有人宇宙船を派遣しての調査にいたってはそのオペレーションの子細......と、うるさがたのハードSF読者の期待を裏切らない。

 かと思うと、心霊スポットに出かけた友人たちが、パイプを組みあわせた形状のロボットに斬殺されるなどという、B級ホラーSF映画そのもののシーンも飛びだす。もちろん、これも宇宙で起こっている謎につながっていくのは間違いない。ハードSFとしての種明かしは次巻以降のお楽しみだ。

 そもそも『知能侵蝕』という表題が暗示するように、作品の中核テーマは異なる知性とのファーストコンタクトだろう。この巻では、まだその存在が推測されているだけで、軌道に由来して「オビック」と命名された段階だ。この第一巻には、伏線らしい描写がいくつかさりげなく潜んでいるので、くれぐれも読み落としなきよう。私は付箋片手に熟読しました。

(牧眞司)

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