【今週はこれを読め! SF編】 ヴィクトリア朝に舞うモンスター娘たち~シオドラ・ゴス『メアリ・ジキルと囚われのシャーロック・ホームズ』
文=牧眞司
『メアリ・ジキルとマッド・サイエンティストの娘たち』『メアリ・ジキルと怪物淑女たちの欧州旅行』につづく、ヴィクトリア朝の時代を舞台にしたSFミステリ《アテナ・クラブの驚異の冒険》三部作の完結篇。このシリーズは怪奇小説の古典を批評的に読み直しつつ(とくにフェミニズムや社会問題は深く検討されている)、メタフィクション的な構成をエンターテインメントのレベルで成功させている。モンスター娘オールスター集合ということろがなんとも楽しく、キャラクター小説としても出色だ。
主役を務めるアテナ・クラブのメンバーは以下の通り。
メアリ・ジキル......ヘンリー・ジキル博士の娘で知略にすぐれ、シャーロック・ホームズの助手を務めている。
ダイアナ・ハイド......メアリの異母妹。ジキル博士の分身であるエドワード・ハイドの娘で、奔放で反社会的。
ベアトリーチェ・ラパチーニ......ジャコモ・ラパチーニの娘。父親の毒草園で育ち、自らも毒を持つ。
キャサリン・モロー......モロー博士がピューマから開発した獣人。尖った歯を持ち、きわめて敏捷。
ジュスティーヌ・フランケンシュタイン......フランケンシュタイン博士によって怪物の伴侶として創りだされたが、脱出して〈アテナ・クラブ〉に参加する。膂力に優れる。
この五人のほかに、前作『メアリ・ジキルと怪物淑女たちの欧州旅行』からは、ヴァン・ヘルシングの娘で吸血鬼のルシンダ・ヴァン・ヘルシングが登場する。
また、ジキル家にメイドとして仕えるアリスも、なにか訳ありのようだ。彼女が誘拐されたことから、本作『メアリ・ジキルと囚われのシャーロック・ホームズ』の幕があがる。原題はThe Sinister Mystery of the Mesmerizing Girlであり、この"the Mesmerizing Girl"というのがアリスのことだ。アリスの能力について、物語中では「大地のエネルギーを利用する催眠術」と説明される。ただし未開発であり、孤児として育てられたアリスはどのような血筋からそれを受けついだのか、どのように能力を鍛え、いかにコントロールするかを知らない。
アテナ・クラブの面々が事件を追うなかで、アリスの過去がわかってくる。彼女もまた、ある怪奇小説の古典に関係するキャラクターなのだが、ここでその題名をあげるのは差し控えよう。読んでのお楽しみということで。
アリスの誘拐と時期を同じくして、シャーロック・ホームズも行方不明になっていた。ホームズはこの物語のなかでさんざんな目に遭い、そこには宿敵のライバルのモリアーティ教授も絡んでくる。ただし、モリアーティはあくまで脇役にすぎない(しかも可哀想な役回りである)。事件の核心を握るラスボスは、このシリーズ最大級のスーパーナチュラルな能力を有する大物だ。その大物もまた、さる怪奇小説の登場人物である。
アリスの誘拐からはじまった謎が、ヴィクトリア女王の身さえも脅かす大局面へ発展してしまう。また終盤では、主要登場人物のよじれた母娘関係に起因する感情が、事態のなりゆきにかかわってくる。そうした物語のバランスの取りかたが、シオドラ・ゴスは抜群にうまい。
(牧眞司)