【今週はこれを読め! SF編】ポストヒューマン・テーマの傑作〜森岡浩之『プライベートな星間戦争』
文=牧眞司
壮大なスペースオペラ《星界の紋章》シリーズ、小松左京や半村良の系譜につらなるパニック巨篇『突変』(日本SF大賞を受賞)、そして短篇集『夢の樹が接げたなら』に収められた超絶アイデアの逸品......森岡浩之はSFの要諦を知り尽くした作家だ。
ひさかたぶりの新作長篇となる本書は、ポストヒューマン・テーマの本格宇宙SFである。
第一部「憎悪の天使」、第二部「孤独な半神」、エピローグ「マムタの緑の丘」に分かれ、第一部と第二部で主人公・舞台ががらりと切り替わる。
第一部「憎悪の天使」は、宇宙空間で戦うために創造された天使エスケルの視点で語られる。エスケルが属する「神の楯(たて)」の使命は、憎悪を神の敵にぶつけることだ。憎悪こそが天使を駆りたてる本能的なモチベーションである。
天使は人間ではなく、その生態も社会構造も常識も、まったく独自のものだ。それを、その内側にいる者(エスケル)の目を通して描く。森岡浩之の表現力がいかんなく発揮されている。
やがて、悪魔の天体である魔ノ巣が来襲し、エスケルは熾烈で奇妙な戦いへ身を投じる。
そもそも自分の敵である悪魔とは何者か? 敵のなかには天使のような姿をした存在もいる。あれは悪魔に欺かれた本物の天使かもしれない。あるいは、これは実際の戦闘ではなく、そうとは知らされずに実施された演習で、そのさなか自分は誤って仲間である天使を殺してしまったのではないか? エスケルは、憎悪の意味に疑念を抱きはじめる。しかし、それは自分の存在意義を否定することではないのか。
第二部「孤独な半神」は、人工天国(Artificial Paradise、略してAP)に暮らすススムが語り手だ。生身だったころのススムは日本で、うだつのあがらない青春を送っていた。しかし、再現度の高い人工現実に人格をアップロードする技術が実用化され、人生が一変する。多くの人間が人格をアップロードし、急速にAPが発展した。
APのなかでは自在に現実が調整できる。APに生きる人間たちは、もはやホモ・サピエンスではない。群体性情報生命とみなしたほうが良いかもしれない。章題の「半神」はそれをあらわしている。
APをハードウェアとして構成するのは、自らエネルギーを調達し、自己修復する量子コンピュータ、マアナである。マアナ初号機は地球に、二号機は水星に、三号機は月に、四号機は太陽の軌道上に設置され、五号機以降は太陽系外に設置されることになった。人類は爆発的に宇宙に進出したのである。
いま、ススムが暮らすAP(マアナ2−A7、水星にあった二号機APから分岐したうちのひとつ)は、恒星インティ軌道上にある。このAPに、他のAPから移住者が到着しようとしていた(移住といっても人格データが星間レーザーでビームされてくるのだが)。その歓迎祭のさなか、いままでに体験したことのない厄災が降りかかる......。
エスケルが戦いのなかで抱いた疑問。
ススムの平穏な日常を揺るがした大異変。
まったく独立しているかに見えるふたつの物語だが、やがて、ひとまわり大きな背景のもと、エピローグにむけて緊迫に収斂していく。かなり凝った構成で、わかりやすい物語を求めると面食らうだろうが、終盤に至っていくつもの謎がつながり、世界像の全体が明らかになる展開は、めくるめく効果をあげている。
まちがいなく森岡浩之の新しい代表作と言える傑作。
(牧眞司)