【今週はこれを読め! エンタメ編】女子たちのつながりを描く連作短編集〜山内マリコ『一心同体だった』

文=松井ゆかり

 同性だろうが異性だろうが、気が合う人とは合うし、合わない人とは合わない。それはそうなのだけども、女子同士であればある種のトピックに関しては即座に理解し合えるということはある。

 昔はそんなことができるとは考えもしなかった。私はけっこうな人見知りだったし、自分とまったくタイプの違う女子たちとは緊張してうまく話せなかった。自分以外の女子たちには悩みなどないように見えたせいもある。いまのコミュニケーションスキルが当時の自分に備わっていれば、もっといろんな子と話ができたのにと悔やまれる。

 『一心同体だった』は、次々に年代と語り手が移り変わっていく連作短編集。本書で書かれている30年間はほぼ平成という時代と重なっていて、社会風俗の移り変わりを思い出しながら読むのも一興。短編の主役たちは同じ年に生まれていて、私とは一回り以上年齢が離れているのだが、彼女たちの悩みや不安といったものは自分が経験したのとほとんど変わりないような気がする。例えば千紗が10歳だった頃には、体育の時間に誰とペアになるか、2人の友だちのうちどちらを優先するかが大問題だった(「女の子たち」)。例えば青柳が18歳の春、高校時代の友情がどれだけ大切なものだったか、大学進学で上京する友だちの北島宛の手紙に書くことで来るべき新生活に向けて自分を奮い立たせようとする(「写ルンですとプリクラの青春」)。登場する女子たち全員に共感する部分が見出され、こわいくらい。女子を取り巻く状況にも変化はないというわけだ。

 圧巻だったのはやはり、最終話の「会話とつぶやき」。東日本大震災が発生して間もなくTwitterを始めたのは、そのひとつ前の短編「エルサ、フュリオサ」で東京の本社から地方支店営業に異動させられた小林里美が担当エリア内のショップ店長として出会った大島絵里。小林に「こういう人がこんな街の、こんな代理店に埋もれてるなんて、もったいなさすぎる。国の損失とさえ思う」と言わしめた人材だ。しかしながら大島の方は自身をそこまで高く見積もってはおらず、再婚した相手との子どもを産み、結果的に専業主婦になる。大島のツイートがひたすら並ぶ短編は、短い文章で構成されていることによって、かえって彼女の心の内を鮮やかに浮かび上がらせている。子どもに恵まれなかったことが原因での最初の夫との離婚、「生活と人生の安定のため」に子どもを欲しいという思い、出産直後の興奮が過ぎ去った後に子育てで疲弊していくこと...。その時々でがんばってきたり幸福を求めたりしただけなのに、結果として女子たちの心はすり減らされてしまうということがひしひしと伝わってくる。

 それでも、孤立してしまいそうな彼女たちを救うのもまた、同じようなしんどさを抱えた女子なのだった。大島が頼りにしたのは、同じ2歳児の母であるSNSの相互フォロワー。生活圏が近そうだと見当を付けた「相互さん」に自分の方からDMを送り、リアルで会うことに。待ち合わせ場所に現れたのは、「怒りに満ち満ちた、切れ味の鋭いフェミツイートを連発している人とは思えない」という印象の母親。「正直言って、昔なら絶対に話さないタイプ。同じクラスにいても、友だちにはならない」との感想を抱く。しかし、初対面から「夫と話すときはいつも無意識にセーブしてる部分が、一気に全開になる」「腹の底から本音が溢れ出す」という思いを味わえたのだった。そうして、お互いの家の中間地点で会って話をすることを日課にしていた大島と相互さんだったが、2020年に入り新型コロナウイルスが蔓延し始める。しばらく会うのをやめようということでいったんの区切りとした日は、相互さんの家で会うことに。全国一斉休校ということで家にいた小4の相互さんの娘は、クラスの女子との人間関係がこじれていたため休校はかえって歓迎らしい。母親が心配してかける言葉も、娘にはいまひとつ響かない様子。大島も自分の子どもが女児であるだけに、他人事とは思えない...というのがリアルに感じられた。実際のところ、親が心配したところで子どもの方では「こんなこと何でもない」という態度をとってしまうというのも、我ながら身に覚えがあることだ。

 この先、大島と相互さんが再び日課を復活させるかについてはなんともいえない。それでも、子育てでいっぱいいっぱいになっていたときに助け合った記憶はこの先もふたりを支えるだろう。私自身、一時期はあんなに仲がよかったのに、もう何年も何十年も連絡を取っていない友だちの方が多い。さみしい気持ちではあるが、一方でしかたのないことだとも思う。みんな、あのときはありがとう。ほんとうにありがとう。またどこかで会えたら、そのときはたくさん話そう。

 女子という共通項はあれど、ひとりひとりまったく違う人間。だけど悩みはとても似通っている部分が多く、だから実は理解し合える。ベタベタと馴れ合う必要はないけれど、いざというときすぐに手を取り合えうことは可能なはずだ。

 この本は、女子だけでなく男子たちにもぜひ読んでもらいたい。女子が望み通りに生きられるようになることは、男子が自分たちを萎縮させるものに対して声をあげやすくなることにもつながっていくだろうから。

 表紙になっている素晴らしい刺繍作品は、本書にぴったりだと思った。女子たちの連帯を表現しているという意味でも、物語の構造としても。つながれ、私たち。

(松井ゆかり)

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