【今週はこれを読め! ミステリー編】小心者バルバロッティ警部補が気になる!『殺人者の手記』

文=杉江松恋

  • 殺人者の手記 上 (創元推理文庫)
  • 『殺人者の手記 上 (創元推理文庫)』
    ホーカン・ネッセル,久山 葉子
    東京創元社
    1,144円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HonyaClub
    HMV&BOOKS
    honto
  • 殺人者の手記 下 (創元推理文庫)
  • 『殺人者の手記 下 (創元推理文庫)』
    ホーカン・ネッセル,久山 葉子
    東京創元社
    1,144円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HonyaClub
    HMV&BOOKS
    honto

 ホーカン・ネッセルきたきた。

 ここ十年ほどで一気に刊行点数が増えた北欧ミステリーだが、最近まで名のみ高くて邦訳のなかったレイフ・GW・ペーション(『見習い警官殺し』ほか)など、全貌が明らかになっていない作家はまだまだ存在する。ホーカン・ネッセルはそうした大物の一人なのである。今回邦訳された『殺人者の手記』は、そのネッセルが2007年に発表した、グンナル・バルバロッティ警部補シリーズの第二作にあたる長篇だ。


 わたしは他の人間とはちがう。


 巻頭に置かれた一文である。なにかと思えばこれは、「ムステルランの手記」と題された文章の書き出しなのだ。手記の日付は二〇〇二年六月二十九日になっている。ムステルランというのはフランス・ブルゴーニュ地方にある岬の名で、スウェーデンのシムリンゲ出身らしい〈わたし〉はどうやらそこでバカンスを過ごすために別荘を借りた同郷出身の数人と出会い、無料で泊めてもらっているらしい。行きずりの居候である。それにしては〈わたし〉の態度は大きく、別荘に泊まっている他の五人を完全に見下しているように見える。「塵のようなものだ。われわれは、永遠に塵でしかないのだ」という一文によっていったん手記は中断され、「二〇〇七年五月のコメント」という短い文章が挿入される。そこでの〈わたし〉は物騒なことを言いだす。五年前にその別荘に滞在していたスウェーデン人を全員殺すつもりだというのである。

 書き手不明の手記とバルバロッテイ警部補視点の文章が交互に置かれる形で物語は進んでいく。本書の魅力の大部分は、この中年男性が担っているのである。バルバロッティ警部補が家に施錠して出かける場面から後者は始まる。行く先は風光明媚なことで知られるゴットランド島だ。これから彼は恋人のマリアンネと水入らずのバカンスを過ごしにいくのだ。バルバロッティは離婚経験者で、前妻との間に一女二男を授かっている。下の男の子二人は妻が引き取ったが、娘のほうはバルバロッティと暮らすことを選んだ。そのサラも十八歳になり、今は海外で自立した生活を送っている。バルバロッティとしては娘の不在で淋しくなったところに、運命の人かもしれない女性と休暇を過ごせる機会をつかんだものだから、頭はそのことでいっぱいなのである。出発直前に届いた郵便物も、後で見ればいいや、と荷物に突っ込んで出発した。島について開封してびっくり。こんなことが書かれていた。


 エリック・ベリマンの命を奪うつもりだ。
 お前に止められるかな?


 半信半疑で手紙のことを同僚に告げ、単なる悪戯であってくれと願っていたバルバロッティだが、見事に期待は裏切られる。エリック・ベルマンなる人物が刺殺体で発見されたのだ。これにて楽しい休暇旅行はおしまい。所属署のあるシムリンゲに戻り、捜査に参加したバルバロッティの自宅に第二の手紙が届けられる。


 次はアンナ・エリクソンだ。今度も邪魔はしないな?


 殺害予告をわざわざ送りつけてくる犯人と、架空の街であるシムリンゲ署の捜査官たちとの闘いを描いた警察小説である。連続殺人の犠牲者たちを結びつけている関係性を発見することが捜査の鍵となる展開や、予告状の存在が露見し、バルバロッティが新聞記者につきまとわれるサブプロットなどは定石通り。良い呼吸で「ムステルランの手記」と「二〇〇七年五月のコメント」が挿入されるので、テンポよく読み進めていくことができる。二〇〇二年のブルゴーニュで何かが起きた、という情報が登場人物よりも先に読者に呈示されるため、それをバルバロッティたちがいつ知るのだろうか、という興味でページを繰らされるのである。

 いわゆるミッシング・リンクものに属する小説だ。本書の前に訳されたネッセル作品である中篇集『悪意』(東京創元社)には、意外な犯人ものにバリエーションを付け加えた「レイン」や、書簡体ミステリーの新趣向「親愛なるアグネスへ」など、油断のならない作品が収められていた。そうした着想の冴えもあるのだが、よくもまあそんな手をぬけぬけと、という大胆な書きぶりがむしろ本書の肝だろう。ミステリーを多く読んでいる人ほど、真相を知ったときにはびっくりするはずである。裏の裏をかかれた気分になる。

 前述したように、バルバロッティ警部補のキャラクターこそが本書第一の魅力である。なにしろこの人、ゴットランド島に残してきたマリアンヌが気になって気になって仕方ないのである。時には捜査そっちのけで彼女のことを考えたりもする。娘のサラが異国の地でミュージシャンの恋人ができたと聞かされれば、瞬時にその男をとっちめたくなる。悪い虫がついたのではないか、と心配になってしまうのだ。物語終盤にはさらなる問題も持ち上がってきて、と気の休まる暇がない。そうした愛すべき小心者が、あれこれ横道にそれつつも凶悪犯と対決していくという話なのである。まだマリアンヌにも打ち明けられない彼の秘密は、半年前から聖書を読み始めていて、何か判断に困るとページを開いて神にお伺いを立てていることだ。わかりにくいお告げがあると文句を言うのがおかしい。


――[......]二十四時間あげるから説明してください。明日の夜までに説明してくれなければ、一ポイント減点しますよ。助けてくれれば、三ポイント加算。聞こえました? これ大事なことなんですよ、三ポイントです!


 シリーズの第二作なので、読者によってはやや唐突感を覚える記述があるかもしれない。入れ歯が合わないためにいつも最小限の言葉しか口にしないバルバロッティの上司、アスナンデル警部などはおもしろい活躍をするのだが、彼なども前作を読んでいるとさらに味わいが深まる登場人物なのではないかという気がする。だがもちろん、単独で読んでまったく問題はない作品だ。

 物語はたいへんにいいところで幕切れになる。むろん事件は解決する。しかし、バルバロッティのその後が非常に気になるのである。冴えないおじさんのことが、こんなに気になっちゃうなんてなあ。このへんのキャラクター演出が人気の秘訣なのだろう。ホーカン・ネッセル、後を引く味の持ち主だ。

(杉江松恋)

« 前の記事杉江松恋TOPバックナンバー次の記事 »