【今週はこれを読め! ミステリー編】マクファデン『ハウスメイド』の破壊力を見よ!
文=杉江松恋
最も破壊力が強いのは、最も単純な構造のミステリーである。
という格言があるかどうかは知らない。結構いろいろな人が言っているような気がする。
フリーダ・マクファデン『ハウスメイド』(高橋知子訳。ハヤカワ・ミステリ文庫)は、全米で200万部を売り、すでに映画化作品も完成しているというベストセラーだ。マクファデンは本邦初紹介で、脳外科医として働きながら、2013年に自費出版の小説でデビューを果たしたという経歴の持ち主である。
この小説の構造が単純極まりない。
登場人物表で紹介されているのはわずかに五人だけ。主人公のミリー(ウィルヘルミナ)・キャロウェイはハウスメイドで、彼女を雇うのがウィンチェスター家のニーナという女性である。彼女の夫はアンドリュー、娘がセシリアで、これで四人だ。あと、庭師のエンツォという男性がいる。五人。以上、終わり。
短いエピローグの後、ミリーがニーナの面接を受ける場面から話は始まる。ミリーが手にしているのは「ばれないよう慎重に嘘を書きつらねた履歴書」だ。ほじくり返されると困る過去がミリーにはいろいろあるのである。読んでいるとすぐに、彼女には住む家がなくて現在は車上暮らしであることがわかる。切羽詰まっているのである。
ウィンチェスター家は豪邸だ。どのくらいすごいかと言えば、一階に特大サイズのテレビがあるというのに、二階には本格的なホームシアターがあるくらい。うっとりするような家だ、とミリーは思う。彼女が住みこむために準備された屋根裏部屋を見るまでは。
屋根裏部屋はそれまでの豪壮さとは打って変わって貧相だ。あるものは「小さなシングルの寝台と背の低い書棚と小さなドレッサーで、明かりも天井から裸電球がふたつぶらさがっているだけ」だ。こんな部屋を受け入れるからこそ雇用機会も掴めるのだ、とミリーは自分に言い聞かせるが、どうしても「みぞおちあたりに恐怖の小さな塊を感じさせる何かがある」という思いを振り払いきれない。セシリアに紹介されると「人の心が読めて、悪魔を崇拝していて、トウモロコシ畑かどこかそんなところに住んでいる不気味な子どもたちが登場するカルト集団の映画」を連想する。
つまり直感が、この仕事は辞めておけ、と叫んでいる。
でも受けてしまう。他に選択肢はないから。車上生活をしていて、履歴書では触れないほうがいい人生の空白があるとすれば絶対にそうだろう。こうしてミリーはウィンチェスター家で働き始める。
ミリーの空白が何によって生じたものかは物語の序盤で明かされているし、だいたい登場人物表にも書かれている。今それに触れずに序盤のあらすじを書いたのは、予備知識なしで読み始めることが可能な小説だからだ。物語の幹が太いので、枝葉を顧みることなく先に進んでいけるのである。
気の進まない仕事に就いてみたら、やはりというようなことが起きる。
序破急の序にあたる部分はそういう話である。ミリーとニーナの関係はうまくいかない。これが自分だったら、と思って胃がきりきり痛くなってくるほど面倒なことばかりが起きる。はっきり言って、ニーナはハウスメイドの雇用主としては最低の部類に入る。でもミリーは他所に行くことができない。その選択肢がないからだ。
若くて美しいが力のない女性が謎めいた部分のある邸宅に住み始め、日々起きる出来事に悩まされるようになる、というのはゴシック・ロマンスの定型だ。もっとも有名な作品はダフネ・デュ=モーリア『レベッカ』(新潮文庫)だろう。ミステリーではこれを使った名手の一人にコナン・ドイルがいる。『シャーロック・ホームズの冒険』には「まだらの紐」「ぶな屋敷」と二篇もこのパターンの作品が入れられている。女性を見舞う事態は、超自然現象によって引き起こされているか、何者かの悪意によって生じているかのどちらかだから、慣れた読者であれば展開が予測できるようになる。
そこが実は問題なのである。先が読めるということが。話が進むにつれて、物語が向かおうとしているところが見えてくる。なるほど、そういう狙いか、とミステリー読者は思うだろう。これが最大の罠で、そうした予測を読者が立てるというところまで、おそらく作者は物語設計に折り込み済なのだ。そのことがわかる瞬間が到来すると、物語は大きく姿を変える。
幹が太い、と先に書いた。枝葉の部分を気にすることなくどんどん読み進められるので、ページをめくる手は加速していく。名古屋の百メートル道路みたいなもので、まったく渋滞しない。折り返し点で待っている変化も、こせこせしたことがなくてわかりやすいものである。でも太い筋がぐんと曲がるので迫力がある。単純なものの力とはそういうことだ。そこまでが物語の表だとすると曲がり角からは裏が語られるようになる。この技法は定番のものながら、それまで豪快一途に見えていた物語運びの中に、実は入念な下準備がされていたのだということがわかり、感心させられる。ゴシック・ロマンスだと思っていたら意外にも現代的な要素があることがわかり、また頷くことになる。
こんな具合の小説だ。なるほど、ベストセラーになったというのもわかるというものである。マクファデンは読者の気持ちを手玉に取るのが上手い書き手だ。思考過程をわかりやすく書くことで登場人物に感情移入を促し、すれた読者がその裏をかこうとすれば先回りしてさらに裏の裏を準備する。自分の文章がどう受け止められるか計算して書いているのだろう。プロレスの技は変によけないで受けないと怪我をするというが、それと同じ。マクファデンの剛腕に身を任せて、おとなしくスリーカウントを聞こう。
(杉江松恋)