【今週はこれを読め! ミステリー編】家や町が丸ごと消える!〜北山猛邦の消失トリック作品集『神の光』

文=杉江松恋

  • 神の光
  • 『神の光』
    北山 猛邦
    東京創元社
    1,980円(税込)
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 すごく消えるよ。

 当代随一のトリックメーカー・北山猛邦の新作『神の光』(東京創元社)は、五篇を収めた作品集である。

 収録は発表順で、巻末の「シンクロニシティ・セレナーデ」だけが書き下ろし、巻頭の「一九四一年のモーゼル」は二〇〇四年の作品だから、これだけが二十年以上前に書かれた短篇ということになる。

 真ん中に収められている「未完成月光 Unfinished moonshine」は、千街晶之氏とやっている短篇レビューのYouTube番組「短いのが好き」で取り上げたことがある。初読時に深く深く感心した記憶が蘇ってきた。

 大学で英文学講師をしている〈私〉が作家の藤堂に呼び出されることから話は始まる。しばらく音信普通だった旧友は、会うなり意外なことを言いだした。エドガー・アラン・ポオの未発表直筆原稿を入手したというのである。藤堂は一時期ニューヨークに住んでいたことがあったが、あるとき家屋が取り壊される現場に出くわした。そこで発見した原稿が、未完成作品「灯台」と同じ用紙に書かれていること、取り壊されていたのが彼の遺産管財人が住んでいた家であったこと、といった傍証から藤堂はそれがポオのものであると確信していた。原稿は「灯台」と同様、未完成である。ポオと同じ幻想小説を手がけるものとして、なんとしても続きを書いて完成させたい。

 だが、それを阻む事情があった。紙に記された物語には驚くべき展開が含まれていた。主人公は山中で山小屋を見つけるのだが、それが一夜にして跡形もなく消え失せてしまうのである。この奇怪な現象の謎を解けなければ、続きを書くことはできない。〈私〉が探偵小説好きであったことを知る藤堂は、真相を推理させるために彼を呼び寄せたのだった。

 この消失の謎が綺麗に解かれるのが小説として読みどころである。主要な手がかりは実に洒落た形で示されている。あ、それは知識として自分も持っていたはずなのに、と後から気づけなかったことを悔しく思った。全体がエドガー・アラン・ポオ小論にもなっていて、作家について知っているとより深く楽しめるというおまけつきである。

 本篇を読んだとき、これはいつか作品集に収められるのだろうな、楽しみだな、と思ったのである。いざそれが実現して驚いた。五篇すべてが、消失トリックを用いた作品だったのである。しかも人や凶器といった小さなものではない。いや、それが消えるだけでもすごいことなのだが。「未完成月光」や巻頭の「一九四一年のモーゼル」では家が丸ごと一軒消える。表題作の「神の光」ではもっと規模が大きく、町が丸ごと消える。消えるったら消える。一つの消失だけでも驚きなのに、それを連続でやられると衝撃のあまり脳が麻痺してくる。四篇目の「藤色の鶴」はもっとも手のこんだ構成になっており、過去、現在、未来と、三つの時制で消失が起きる。それらが一つの原理で解明されるというのだから、もう驚きを通り越して全面降伏状態になってしまう。参りました。

 最も発表時期が早い「一九四一年のモーゼル」は、第二次世界大戦下のレニングラード(現・サンクトペテルブルク)が舞台となる短篇だ。戦後、町には「英雄」という酒場ができた。猟師や軍人など、銃を愛する者が集う店である。そこで若者が老人から奇妙な話を聞かされる。老人は戦時中狙撃兵だったのだが、スコープの中にあった館が一夜のうちに消失したというのである。館の中にはピョートル一世がドイツ皇帝ヴィルヘルム一世から贈られた硝子の間という秘宝が安置されていた。それを略奪しようとするドイツ軍と、獲られるくらいなら破壊してしまおうという赤軍との間で睨み合いになっていたのである。ナチスの工作兵を狙撃せよという命が下された後に、その消失劇が起きた。

 トリックとしては五篇中で最も切れ味が鋭いのがこの作品だろう。一度読んだだけでは呑み込めず、何度か咀嚼してみてその着想の素晴らしさが理解できた。なんということを考えつくのだろうか、と感嘆するしかない。

 こうした消失トリックはミステリー史の初期から存在したが、館を消してしまう、という壮大な規模の謎を呈示し、後続作家に大いなる刺激を与えた作品がある。エラリイ・クイーン『エラリー・クイーンの新冒険』(創元推理文庫)に収められた「神の灯」である。表題作はもちろん同作を意識している。

「神の光」は、賭博に狂ったために人生を持ち崩した男の話である。彼は人生の一発逆転を狙ってラスベガスに飛び、高レートの闇カジノの存在を知って潜りこむ。そこで見事に大金をせしめることに成功したのだが、一夜明けて気がつくと、数時間前までいたはずの町そのものが消え失せていた。奇妙な現象の謎を解くべく、再び町があった場所に向かおうとするが、不可解な出来事が起きて彼は意識を失ってしまう。

 物語の最初から真相を示す手がかりは与えられており、これも読み終えてから、なぜ気づけなかったのか、と自分を責めることになる。場所や時代背景など、すべての要素がこれしかないという形で配置されており、これも完成度の高い一篇だ。

 書き下ろしの「シンクロニシティ・セレナーデ」に関しては、極めて現代的であり、21世紀の謎解き小説であるとだけ記しておく。四篇を読んだあとでこの作品に触れると新鮮に感じるように計算されて書かれており、しめくくりにふさわしい一篇となっている。最初から本を読み返したい気持ちにさせられるのだ。真相がわかっていても繰り返し読みたくなるという事実が、本書が名作であることの証明ではないか。

 すごくすごく消えた。
 唖然としながらそう呟くしかない。
 きたやまたけくにはなんでもけせるな。すごいな。

(杉江松恋)

  • エラリー・クイーンの新冒険【新訳版】 (創元推理文庫)
  • 『エラリー・クイーンの新冒険【新訳版】 (創元推理文庫)』
    エラリー・クイーン,中村 有希
    東京創元社
    1,056円(税込)
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