【今週はこれを読め! エンタメ編】やりたいことを貫く女性たちにしびれる!〜平山亜佐子『明治大正昭和 化け込み婦人記者奮闘記』

文=高頭佐和子

  • 明治大正昭和 化け込み婦人記者奮闘記
  • 『明治大正昭和 化け込み婦人記者奮闘記』
    平山亜佐子
    左右社
    2,200円(税込)
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 3児の母になった後離婚。新聞社に入社して人気記者になり、複数の社員と浮名を流した後、重役といい仲に。態度が大きくなりすぎ、重役の愛人ともモメて首になり、ブチ切れてもらったラブレターを雑誌で暴露!その後代議士や小説家と再婚。百貨店で子供服のプロデュース、パリで日本料理店の経営も。なぜか大統領のパーティーで踊ったり、モーターショーに出演したり......。

 彼女の名は中平文子。なんと、明治生まれの実在女性である。上記のうち一つでも経験したらお腹いっぱいだよと思うが、ここまででもまだ人生半ばなので、呆れるしかない。驚くべきことに、この本には彼女に負けないくらい超エネルギッシュでお騒がせな女性が他にも登場するのだ。

 著者は、パンチの効いた生涯を送った女性たちを次々に探してくるということにかけては、第一人者である平山亜佐子氏だ。紹介してくれるのは、志高く尊敬できる......というよりは、発想がユニークで欲が深く、同時代に生きる人からは眉を顰められたりもしていたであろう(そして今読んでもかなりブッとんでいる)女性たちである。平山氏が今回がテーマとしたのは、「化け込み婦人記者」という職業だ。明治から昭和にかけての時代、狭い門戸をなんとかくぐり抜けて新聞社に入社しても、女性には家政記事や有名人のお宅訪問しか任せてもらえなかった。そんな中、女性の記者が素性を隠して女給や奉公人になりすまし、カフェーや個人の家に入り込んで内実をすっぱ抜くという企画が人気を呼び、新聞の売り上げ増加につながったのだという。

 行商人に化けて上流の家庭の玄関先を訪問し、家庭の事情やら奥様の感じの悪さを書き立てたり(超迷惑行為......)、当時流行り始めていた芸者や仲居の派遣業に潜入して内幕を暴いたり(男装の麗人も登場!)と、下世話な興味をかき立てられる記事もあれば、カフェーの女給になりすましたものの、ついつい溢れ出てしまう知性に魅了された学生たちに執着されたり、入社一日目に化け込みを命じられ、上野公園にナンパされに行って連れ込み宿に閉じ込められそうになったりなど、身の危険と引き換えにした取材に驚かされる記事もある。

 上からは「女性向け」の仕事ばかりを押し付けられ、危険な目にあっても自己責任なこの感じ! 彼女たちが活躍した時代から百年経った今も珍しくないことだよね、とイラつきつつも、歴史の授業には出てこない普通の人々の暮らしぶりや、名前を聞いても意味のわからない仕事(電話消毒婦とかヤトナとか)を知ることができるのが滅法面白い。そして何より、婦人記者たちの奮闘と根性、世間の常識に巻き込まれず、やりたいことを貫く生き方がすごいのだ。

 最初に紹介した中平文子のド派手さにも迫力があるが、私が心打たれたのは北村兼子という記者である。英語もエスペラント語もドイツ語もできて、複数の新聞社からスカウトされるほど優秀だったと言う。男性記者と同様の仕事も与えられていたが、化け込み取材でも得意の語学を生かしたり、キモいやり方で迫ってくるエロオヤジを柔術で撃退したりと活躍した。エッセイや論文が認められたが、突出した能力を持つ若い女性に対する世間からの嫉妬と理不尽な攻撃は凄まじかった。言いがかりのような書評や手紙にも真摯に対応したが、根も葉もない記事を捏造され、中傷されたという。これはムカつく‼︎ 百年後だったらお前らが完全にアウトだぞ! 21世紀からタイムトリップして、微力ながら援護射撃をしたい!という気持ちにさせられる。

 新しい夢に向かう途中で、若くして亡くなったという兼子、へこたれずに仕事に取り組み続けた婦人記者たち、そして、三味線弾き、女中、寄席の係員、ダンサー、百貨店店員など、多様な職業で地道に働いた女性たちがいたからこそ、人生の選択肢が増えた2023年を、私たちは生きることができている。彼女たちの努力を無駄にせず、次の時代に繋げるのだという気持ちを、忘れないようにしよう。

(高頭佐和子)

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