【今週はこれを読め! エンタメ編】増幅する孤独感と怒りとやりきれなさ〜西村亨『自分以外全員他人』
文=高頭佐和子
自分以外全員他人って、当たり前だよ。まずはそう思った。その当たり前のことを、全面を使って主張してくる表紙が、妙に心に引っかかるのはなぜだろう。津村記久子氏や今村夏子氏を世に出した太宰治賞受賞作であることにも、興味を惹かれた。
主人公の柳田は、マッサージ店で個人事業主として働いている。長く恋人もおらず、親しい友人もいない中年男性だ。クセが強く自己中心的なスタッフたちや、偉そうな客たちと対峙する日々に疲弊している。退職したいと思ったことは何度もあるが、オーナーに引き留められて仕事を続けてきた。
こういう設定から、明るい物語を描く作家もいるだろう。気が合わないと思っていたスタッフとわかりあえたりとか、常連客の言葉に励まされたりとか、ムカつく相手にも事情があったことを知ったりとかで、主人公自身が変わっていき、ささやかな幸福をみつけるような......。そういう温もりを欲している時には、おすすめできない小説であることをまずはお伝えしておきたい。
柳田は生真面目で、周囲に対し気を使う性格なのだが、他人のマナーの悪さや身勝手さに対し、尋常でない怒りを覚えてしまうことがある。元々敏感な性質であったが、コロナ禍にも追い詰められて精神が不安定になり、いつか犯罪者になってしまうかもしれないと思い込むようになった。迷惑をかける前に死にたい。しかし、母親や姪たちには少しでもお金を残したい。そんな気持ちから、自殺でも死亡保険が下りるようになるまで、あと一年半は生きたいと思っている。
自転車という趣味を見つけてからは、穏やかに過ごせるようになっていた。長年の顧客で、癌を患っている岡本さんにだけは心を開いて話すこともできている。だが、職場の人々や迷惑客への苛立ち、母親とその再婚相手への複雑な感情、駐輪場での小さなトラブルなどが重なってしまう。孤独感と怒りとやりきれなさは増幅し、次第に感情の制御ができなくなっていく。
主人公を追い詰める出来事の、一つ一つがリアルだ。過去に私も経験したいくつもの出来事を、重ねずにいられない。多くの人がささいなことと思うような出来事に、少しずつ心が削り取られていく。柳田は私だ、と何度も思った。
同時に、柳田を追い詰めた無神経で身勝手な人々と、柳田を心配する岡本さんにも、私自身の影を見つけてしまう。刺々しい感情も、意図せず傷つけてしまった後悔も、袋小路に入り込んでいる知人に対するもどかしさも、覚えのあるものだ。いい人でありたいと思っていたはずなのに、思わぬ方向へと進んでいく柳田に対し、どんな言葉をかければいいのだろうか。
誰もが「自分以外全員他人」の世界で、それぞれに壊れやすい心を持って、生きている。そのことだけは、忘れないでおこうと思った。
(高頭佐和子)