【今週はこれを読め! エンタメ編】佐藤正午7年ぶりの新作『冬に子供が生まれる』がすごい!

文=高頭佐和子

 7年ぶりの佐藤正午作品である。やっぱりすごかった、ということをまずはお伝えしておきたい。で、どんな話なの?と聞かれるととても困る。佐藤氏の小説はいつもそうなのだけれど、あらすじを説明するのが大変に困難なのだ。肝心なことを語らない登場人物たち。食い違いまくる証言。何が重要で、誰が主要なのかわからない。自分の読み手としての能力に何か問題があるのかと、不安になる。意味のわからない登場人物の動きに、イライラする。そして気がつくと、完全に物語の虜になっている。

 丸田君という男性のスマホに「今年の冬、彼女はおまえの子供を産む」という謎のメッセージが届く場面から物語は始まる。全く身に覚えのないメッセージだ。翌朝、テレビをつけると、丸田君の高校時代の同級生で、今は音楽シーンを牽引するカリスマとなった男が出演している。同級生・マルユウの発案でバンドを結成したのだと彼は語る。だが、マルユウは人気が出る前に脱退してしまったようだ。「有名になりそこねた」と一緒に出演している同級生たちに言われている。今は結婚して野球のコーチをしているらしい。高校時代にマルユウと呼ばれていたのは丸田君自身だ。が、バンドを結成したこともなく、結婚も野球のコーチもしていない。一体どういうことなのか。

 次のシーンは葬式だ。佐渡理という男性が、小学校時代からの友人である丸田誠一郎(マルセイ)の葬儀に参列している。参列していた数名の高校の同級生たちが噂話をしている。故人は素行に問題があったようで、親族とは絶縁しているらしい。高校の同級生だった妻は、妊娠しているらしい。通夜には子どもたちが参列していたが、少年野球のコーチをしていたらしい。「有名になりそこねた」ことが不運の始まりだったと彼らは言う。不思議なのは、彼らも故人のことを「マルユウ」と呼んでいることだ。亡くなったのは「マルセイ」であり「マルユウ」ではないことを佐渡は知っているが、彼らの間違いを正すことはしない。

 冒頭の20ページほどで、すでに私の頭は混乱してしまった。「マルセイ」と「マルユウ」は同じ高校にいた別の人物のようだ。いくらなんでも、誰も彼もがあだ名を間違って覚えているなんてことがあるのだろうか? それは人違いだと把握しているはずの丸田君と佐渡が、それぞれなんだかモヤッとした態度であることにも違和感がある。丸田君(マルユウ?)に送られてきたメッセージはなんなのか? そもそも、時々登場する語り手らしき「私」って誰?

 人に言えない不思議な出来事と記憶のねじれに、登場人物たちは翻弄されている。あちこちに散らばった奇妙な形のかけらを、一つずつ拾い集めていくように読んだ。集めたかけらを組み合わせていき、ようやく形らしきものが見えてきたと思ったら、どこにも当てはまらなさそうなパーツが出現して困惑させられる。後半に突入したあたりからは、もうページをめくる手が止まらなくなった。

 人は自分の人生を俯瞰することも、起きた出来事を全てを合理的に説明することもできない。不思議な出来事に振り回されてきた登場人物たちも、読んでいる私もそれは一緒なのだと思う。最後まで読み終わった時、「あなたは自分の人生を生きているのか」と物語が私に問いかけてきているような気がした。読んでいる人によって、違う問いを投げかけてくる小説ではないかと思う。気になるなあと思った方は、ぜひ手に取ってみてください。

(高頭佐和子)

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